第114話 一騎打ち


 北の山を下り、インデラ湿原の道中。

 前方に馬鹿デカい声で、笑いながら話をしている五人組の姿を視界に捉えた。


 一際大きな背中の人物は、間違いなくグリースだろう。

 飛び降りるのに迷いがなく、飛び降りたであろう推定位置に死体が転がってなかったからそうだろうとは思っていたが――やはり生きていたか。


「真ん前にいるのって……。ぐ、グリースだよな」

「だろうな。やっぱり追いつけたか」

「とうとう始まってしまうのですね。……クリスさん、私達は何をすればいいでしょうか」

「基本的には何もしなくていいが、グリースの手下が動いたら足止めを頼みたい。手下は殺さなくていいからな。……まぁ、グリースに付き従ってる連中に、手出しなんてできないだろうけど」


 俺はそう呟き、一歩一歩近づいていく。

 相当鈍いのか、それとも一切の警戒もしていないのか――近づく俺に気が付く様子を見せないグリースとそのパーティメンバー。


 さて、どうするか。

 このまま一気に背後から、鋼の剣を突き刺せば終わりなのだが……それじゃ色々と後が面倒くさくなる。


 ラルフとヘスターは巻き込むつもりはないが、グリースの取巻き達は巻き込まないといけない。

 まずは……そうだな。正面から啖呵を切って脅してやろうか。

 

「おい。こっちを向けよ、グリース」


 一定の距離まで近づき、俺がそう声を掛けると……体を一回跳ねらせ、まるで機械のようにぎこちなく振り返ったグリースとその取巻き。

 楽しそうに談笑していたのだが――俺の顔を見た瞬間、一気に表情を強張らせた。


「て、て、てめぇ……。なんで生きてやがる!! あそこから……あの状況からどうやって逃げ出した!!!」

「逃げ出した? なんで逃げ出す必要があるんだ?」


 顔を引き攣らせながらそう言葉を返してきたグリースに、俺はヴェノムパイソンの舌が入った袋を投げた。

 袋に入った舌は、沼地に着地すると袋から勢いよく投げ出される。


 グリース一行はその袋の中身を凝視し、それが紛れもなくヴェノムパイソンの舌だと分かると……小刻みに体を震わせ始めた。

 ――こいつらは俺のスキルを知らない。


 【毒無効】を持っていれば、ヴェノムパイソンはただの推奨討伐ゴールドの魔物なのだが……。

 それを知らないこいつらからすれば、推奨討伐プラチナのヴェノムパイソンを六匹を同時に――それも時間をかけずに倒したと思い込むはず。


「討伐してきたんだよ。お前達がなすりつけてきた分も含めてな。――なぁ、グリース。ただのシルバーランク冒険者がお前に楯突くと思っていたのか? 俺はお前よりも強いから楯突いてるんだ」

「う、う、嘘を吐くな!! ど、ど、どうやった! ど、ど、どうやってヴェノムパイソンを……!!」

「今まで散々コケにしてくれたな。今日までの行いは水に流してきたつもりだが……。今日のトレインは明確に俺を殺そうとしてきた行為だよな? ということは――お前は俺に殺される覚悟があるってことでいいか?」


 そう宣告すると、ガタガタと震えていた四人の取巻き達は、武器を投げ捨てて沼地に頭を突っ込んで土下座し始めた。

 それから、口々に命だけは助けてくださいと懇願している。


 ……やはり力に屈する奴は、すぐに力に屈するんだな。

 実際に俺と戦った訳でも、俺の戦っている姿を見た訳でもないのに、心が折れるのがあまりにも早すぎる。

 まぁグリースへの信頼が、それほどまでになかったことの裏返しでもあるんだろうが。


「お、お前らふざけんじゃねぇ!! ハッタリだ! ハッタリに決まってんだろ!! 立て、立ってあいつに攻撃しろ!!!」

「ハッタリだと思うなら、お前がかかってくればいい。……グリースッ! 俺は本気でお前にキレているからな」

 

 確かに俺はヴェノムパイソンにやられる可能性は低かった。

 だが、ラルフとヘスターは違う。


 毒に耐性がない二人は、少しでも間違えれば命を落としていた危険が高い。

 怒りで今すぐに首を撥ね落としたい気持ちをグッと堪え、俺はグリースを挑発する。


 この状況下で、俺が一対一での勝負を望んでいることから、グリースもただのハッタリではないことに気が付いてるようだが……。

 小さく醜いプライドが邪魔をしているのか、体を震わせながら一歩一歩踏みしめながら前へと出てきた。


「安心しろ。後ろの二人は戦闘に参加しない。俺とお前との一騎討ちだ。六匹のヴェノムパイソンを楽々屠ってきた俺と、四匹のヴェノムパイソンをなすりつければ殺せると思ったお前。――戦わずとも勝敗は決しているだろうがな」

「う、うるせぇ!! は、ハッタリだ! 俺が絶対にこ、殺してやる!!」


 グリースは担いでいた斧を構え、俺へと向けてきた。

 ……やっぱりこうやって向かい合うと分かるが、グリースは強い冒険者ではある。


 スキルも複数持っていたし、まともな精神状態で戦えば、ギリギリの戦いを強いられたであろう強者。

 ……ただ、俺のハッタリに完全に惑わされ、戦う前からびびってしまっている奴に勝ち目なんて一分もない。

 これまでの分の借り、全て返させてもらおうか。


「【外皮強化】【肉体向上】【要塞】!!」


 能力を向上させるスキルを発動しまくり、俺へと向かってきたグリース。

 ――こうして、俺とグリースとの決着をつける戦いが始まったのだった。


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