第115話 完全決着
オークジェネラルよりも動きは速いが――ヴェノムパイソンよりかは遅い。
振り下ろしてきた斧を回避しつつ、俺はぶっとい腕に鋼の剣を突き立てた。
スキルのせいもあり、剣で突いた感触は岩のようだったが……。
俺は全ての力を細身の剣に一点集中させ――剣を打ち抜ききった。
「うぐゥあアああアッ!! う、腕が……うぐぐうグ。――な、なんでだ! 【外皮強化】に【肉体向上】! 【要塞】まで発動させたんだぞ!!」
「ぐちゃぐちゃとうるせぇな。早くかかってこい」
塗りたくっていた鋼の剣の毒や俺に付着した毒は全て、戦闘前に綺麗に洗い流したため、毒によって動けなくなるとかはないはず。
それなのだが――。一発斧を振り下ろしただけで、ジリジリと後退し始めているグリース。
……まさかとは思うが、腕を一発貫かれただけで戦意を喪失したのか?
「なに下がってんだ。まだまだ戦闘は始まったばかりだぞ。早くかかってこい」
「…………う、うぅ。腕が、腕が痛ぇんだよぉ!!!」
泣き言を漏らし全く攻撃を仕掛けてこないグリースに、俺は呆れつつも……追撃にかかる。
突きを顔面に放つと見せかけると、グリースは斧を地面に落とし、両手で顔を覆った。
武器を捨てて完全なる無防備となっているその姿に失望しつつも、俺は即座に右の太腿に狙いを切り替え、鋼の剣を打ち抜いた。
「あぎゃアああアあああ!!」
悲鳴に近い叫び声をあげると、勢いよく頭から突っ込むようにして沼地へと転がったグリース。
沼地に顔をうずめながら、腕と太腿の傷に悶え苦しんでいる。
…………くだらないな。本当にくだらない。
こいつこれまで、自分より確実に弱い相手だけと戦い、強力なスキルによって身を守ることで、身を削られるような戦いをしたことがなかったのだろう。
だから極端に痛みに弱く、腕を一発貫かれただけで心が折れてしまった。
俺やラルフもヘスターも、腕と太腿を貫かれたぐらいじゃ――決して戦意を喪失したりしない。
戦闘前に脅し過ぎたせいもあるだろうが、正直もっと良い戦いができると思っていた。
その上で、今ままでの分の借りをジワジワと返していこうと考えていたのだが……。
この様子じゃ、グリースはもう戦うことはできないだろう。
「お前、本当にプラチナ冒険者か? よくこの程度の実力で、あんな大見栄を切っていたな」
「う、うぐぐぎぎぎ! ――い、痛い。腕も足もいてーよぉ!! だ、誰か……た、助けてくれえええ!」
痛みで俺の声なんて届いていないのか、呻きながら沼地を転げまわるグリースを見て、俺はため息をついてから背を向けてラルフとヘスターの元へと向かう。
「……クリス。終わったのか?」
「いや、まだだ。――悪いが、二人は先にオックスターに戻っていてくれないか?」
「嫌ですよ! まだグリースのパーティメンバーは元気ですし、クリスさんが襲われたら――」
「大丈夫だ。グリースの下についていた連中だ。そのグリースを圧倒したところを見て、俺に何かしてこれるはずがないし……。してきたとしても、これっぽっちも負ける気はしない」
「だとしてもよ、俺達も最後まで付き合わせてくれ。俺達は一蓮托生だろ?」
「もう十分付き合ってもらっただろ。ここから先は見せたくない部分だ。ラルフ、ヘスター理解してくれ」
俺は頭を下げて二人にそうお願いした。
グリースをこれから殺す。
――二人に俺の黒い部分を見せたくないという、勝手なお願いだ。
「…………分かった。クリスが頭を下げてまでお願いするなら、俺達が拒絶する理由はない。絶対に生きて帰ってこいよ。――そして、帰ってきたらみんなで大パーティだ!」
「ねぇラルフ、それでいいの? もしクリスさんが――」
「いいんだよ。ヘスター行こう」
ラルフは未だ納得のいっていない様子のヘスターを連れ、インデラ湿原からオックスターへと先に帰還した。
二人の背中が見えなくなったのを確認し、俺は再び転げ回っているグリースへと視線を移す。
……ここからなのだが、グリースはヴェノムパイソンに殺されたことにするため、グリースのパーティメンバーにも確実な証言を出させないといけない。
俺が殺したということが広まれば、折角グリースを処理しても、オックスターに居られなくなるからな。
「おい。お前らも覚悟できているんだろうな」
転げ回るグリースを一度スルーし、土下座した状態で固まっている取巻きにそう声を掛けた。
グリースが即座にやられる一部始終を見ていた四人は、体を一層ガクガクと震わせながら、謝罪と懇願を繰り返している。
「俺が……俺のパーティメンバーを先に帰らせたのは、お前ら全員を殺すためだ。逃げ出したければ逃げ出せばいい。――まず、そいつから殺すけどな」
「ひ、ひいいいいい! ごめんなさいいいいい!! お、俺達はグリースに付き従うしかなかったんです!! ど、どうか命だけは……命だけはお助けください!!」
「な、なんでもしますから!! 今までしてきたことも全て謝罪しますので……どうか、どうか許してください!!」
いい大人が涙と鼻水まみれにさせながら、俺にそう命乞いをしている。
虫の良すぎる話に反吐が出そうになるな。
本当はこいつらも殺したいぐらいだが……。
「――分かった。俺がお前達を見逃してやる条件を一つだけ出してやる」
「ほ、本当ですか!? な、なんでもやります!!」
「い、命だけは助けてください!」
「そ、その条件はなんでしょうか!!」
死の淵に垂らされた一本の糸。
そのか細い糸に四人のグリースの取巻きは、一目散に飛びついてきた。
そんな四人に俺が提示する条件は――。
「…………お前達で、あの転がっているグリースを殺せ。誰か一人じゃなく、必ず四人で殺すんだ。――そうしたら命だけは助けてやる」
俺が突きつけたのは、グリース殺害の指示。
こいつら全員に業を背負わせることで、グリース殺害の完全なる隠蔽を図る計画。
誰か一人でも口を割らないようするには、この方法が一番だと思っている。
「ぐ、グリースさんをぼ、僕たちが殺すんですか……?」
「ああ、そうだ。別に嫌ならいいぞ。全員口封じであ世行きにするだけだからな」
「や、やります! やらせてください!」
「そうか。……やるなら見逃してやる。手足を中心に斬り続けろ。――分かったならさっさとやれ」
目の色を変えて、そう宣言したグリースの取巻き達に俺はそう指示を送る。
投げ捨てた武器を各々拾い上げると、転げ回っているグリースの下へと歩き、謝罪の言葉を並べながら剣を突き立て始めた。
「て、て、てめぇら! なにいいしてんんんだああああああ!! ――や、やめろ……ぅぐ、や、やめてく――れえ」
自身に付与していたスキルが切れてしまったのか、ドスドスとグリースの体に剣が突き刺さっていく。
そして、弱っていくグリースに対しての罪悪感を跳ね除けるためか……。
取巻き達は謝罪の言葉から、今までされてきたことに対しての恨みつらみへと言葉が変わり、最後の方は狂気の表情でグリースの手足を刺し続けていた。
血まみれとなり完全に動かなくなったことで、取巻き達は沼地に腰を下ろし、息を荒げながら泣き始めた。
グリースが死んだかどうかの確認をするため、俺も近づき確認してみると――恐ろしいことに、まだ息が残っている。
「………………た、す……け、て……く、れ。…………お、ま……え、の……ち、か、ら……に、な、る……か、ら」
か細い声で、この期に及んでも命乞いを行うグリース。
――ただ、グリースの最後の願いだ。その願いだけは叶えさせてやるとしよう。
「ああ。これから俺の力となってくれ」
グリースの目の前で俺はそう頭を下げてから――即座に頭に剣を突き立て、トドメを刺す。
インデラ湿原の一定の場所だけ血で真っ赤に染まり、その真ん中に醜く太ったグリースの死体が転がっている。
…………とうとう俺は人間を殺めてしまった。
ただ一切の罪悪感はなく、俺の頭にあるのはグリースの能力を奪うという一点のみ。
やはり俺はあの親父の血を引いていて、クラウスとは血の繋がった兄弟なんだろうな。
――ただ、俺に対して危害を加えてこない者には、俺は絶対に手出しはしないと心に誓う。
親切にしてくれた人には親切に。高圧的な態度の奴には高圧的に。施されたら施し返して、殴られたら殴り返す。そして――殺されかけたら、殺す。
この心情に従い、クラウスに復讐を果たすまで……俺はこの弱肉強食の世界で必死にもがき、這いつくばってでも生きていくと決めた。
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