第93話 生殺

 

 早く左耳を剥ぎ取ってから、この洞穴を後にしよう。

 ――そう思って、スノーパンサーの顔の付近に回り込むと、スノーパンサーのお腹の辺りから、小さな鳴き声が聞こえた気がした。


「クリス。どうしたんだ? 立ち止まって!」

「さっき戦ったスノーパンサーは死んでいるが、もう一匹いるかもしれない。ちょっと手伝ってくれ。ヘスターは灯りを頼む」

「分かりました! 【ファイア】」


 俺は少し離れて待機している二人を呼び、スノーパンサーの死体をどかしてみることにした。

 確実にお腹の下辺りで、鳴き声がした気がするんだよな……。

 二人がかりでスノーパンサーの死体をどかしてみると、スノーパンサーの死体に包まれるようにされていた子供のスノーパンサーが姿を現した。


「小さくて可愛いですね。このスノーパンサーの赤ちゃんでしょうか?」

「……恐らくそうだろうな」

「クリス、この赤ちゃんスノーパンサーはどうするんだ?」


 全長は二十センチほどで、まだ生まれて間もないのが分かる。

 体毛もまだ青い斑点はなく、真っ白で綺麗な体毛だ。

 牙や爪も鋭さを感じず、放置したら一週間と持たずに死ぬのは明白。


「…………殺すしかないだろ」


 ここで放置したところで、短い未来に死ぬ可能性が高い。

 例え運よく生き残ったとしても、この親のスノーパンサーと同様に害を成す存在となる。

 だったら、今ここで殺すしてあげた方が、辛い思いは最小限ですむはず。


「あの……生かしてあげるのは駄目ですかね?」

「生かしてどうするんだ。餌を取れずに苦しんで死ぬのが九割九分だぞ。可愛いからって生かしておいて、このスノーパンサーに良い未来はない」

「なら、頂上付近に送り届けてやればいいじゃん! 頂上付近なら、わざわざ冒険者が狩りこないだろ! それに、他のスノーパンサーが助けてくれるかもしれないし」


 この赤ちゃんスノーパンサーを生かしてあげてくれと、必死に訴えてくるラルフとヘスター。

 確かに親を殺したのは俺達だし、どうにかしてやりたいって気持ちがない訳ではない。

 ……だが、どうにもできないのが現実だし、助けるという行為は俺達の偽善だ。


「ここで生かしたとしても、辛い未来が訪れるのは分かるだろ。お前達が一番な」

「……………………ですが、私もラルフも諦めずに生きたからこそ、こうして毎日が楽しい人生を過ごせています!」

「そうだ! だから生きていれ……ん? 俺達が育てればいいんじゃないか? このスノーパンサーの子供をさ!」


 また訳の分からないことを言い出したラルフ。

 人を襲う魔物を育てるとか、頭がおかしいとか思えない。


「育てられる訳がない。成長した姿のスノーパンサーとは、さっき戦ったばかりだから分かるだろ」

「成長して襲ってきたら、放してやればいいじゃん。……俺達がこいつの親を殺したんだ。クリス、言ってただろ? 施されたら施し返すって!」

「別に施されてないだろ」

「クリスさん。私からもお願いします! 駄目なことなのは重々承知した上で、育ててあげたいです!」


 …………くそ。変なことになってしまった。

 殺すのが正解なのは言うまでもないが、二人の言うように罪悪感がないかといえば――。


 迷っている俺を見つめながら、小さく甘えるように鳴いたスノーパンサー。

 その後、おぼつかない足取りで俺の足元まで近づくと、頭をこするようにして擦り寄ってきた。

 ――クソッ。


「……………………分かった。ただし、何かあった場合の責任は二人がとれよ」

「三人で――だろ! クリスも承諾したんだからな!」

「どうやって連れて帰りますか? 鞄の中に入るかな?」

「ーーは? 連れて帰るのか? ここでたまに様子を見に来るとかじゃなくてか?」

「何かあったら心配だし、連れて帰った方がいいだろ」


 どんどんと訳の分からない方向へと進んで行く。

 魔物なんて飼ってるのを、誰かに知られたら終わりだ。

 そもそも宿屋でなんて飼える訳がない。


「本当にどうなっても知らないぞ。俺は一切関与しないからな」

「了承してくれてありがとな! 俺の鞄の中に入らないかな? ……ちょっと大人しくしておけよ」

「おっ、入りましたよ。これで完璧じゃないですか?」


 ラルフの背負うような鞄から、頭だけ出しているスノーパンサーの赤ちゃん。

 確かに可愛いのは可愛いが、今後同じような場面になった時、また連れて帰ると言いださないかが非常に心配。


 こいつにとって、俺達は親を殺した仇となる。

 そのことをいつか理解した時、殺しにかかってきたらと思うと……ため息しか出てこない。


「もう一つ約束してくれ。……今回は本当に特別な事例だ。次、同じような場面に出くわしても俺は問答無用で殺すから、それだけは頭に入れておいてくれ」

「……分かったよ。こいつが最初で最後ってことだな」

「私も理解しました。この気持ちにケリをつけるためにも、この子だけはしっかりと成長させて逃がしてあげたいと思います」


 しっかりと約束させた上で、二人がスノーパンサーを連れて洞窟を出て行くのを見守る。

 二人が完全にいなくなったのを見計らい、俺はスノーパンサーの左耳を剥ぎ取ってから、深くまで穴を掘り、そこに死体を埋めたのだった。


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