第92話 追跡
スノーパンサーの十八番である、氷属性攻撃だ。
牙や爪に氷を纏わせ、斬撃ダメージに加えて冷気によるダメージも加えてくる。
厄介なのは攻撃をまともに受けなくとも、冷気によるダメージが積み重なっていくこと。
それに俺の盾は皮性だ。防いだ瞬間に、腕から一気に体温を奪われていくだろう。
攻撃面はラルフに全て任せたかったが、氷結攻撃を仕掛けてきたのであれば、俺も攻撃しなければやられてしまう。
掴んでいた剣を引き抜き、いつでも斬り返せる準備を整えた。
じっくりと距離を詰めていたスノーパンサーは、一気に飛び出し、氷の纏った牙で噛みつき攻撃を仕掛けてきた。
この攻撃を待っていた俺は、スノーパンサーの更に下に潜り込む。
そこから下顎を突きあげるようにして盾で噛みつき攻撃を防ぎ、腹目掛けて剣を突き立てた。
そのタイミングで、背後に隠れていたラルフが俺を追い越すようにして飛び出た。
大きく旋回するように動くと、脇腹を刺されて動けずにいるスノーパンサーの背中を狙い、ラルフは思い切り剣を振り下ろす。
これは確実に致命傷となる――ラルフはもちろん、傍から見ていた俺もそう思ったのだが、スノーパンサーは牙と爪だけに纏わせていた氷を、全身を覆い隠すように一気に纏わせた。
背中から角が生えたかのように突き出た氷柱に、ラルフの振った剣は弾かれてバランスを崩す。
その転倒し掛けた隙をつき、スノーパンサーは爪で切り裂こうとしてきたが――。
俺がなんとか間へと割り込み、剣で爪での切り裂きを防ぐ。
……このスノーパンサー、相当戦いを重ねているな。
それも人間相手との戦闘に長けている――俺は咄嗟の判断力からそう感じた。
「ラルフ、一度下がれ。ヘスター!」
「【ファイアアロー】」
俺の言葉を発すると同時に、後ろで控えていたヘスターは【ファイアアロー】を放った。
今度は真っすぐにスノーパンサーの下へと向かい、勢いそのままに直撃したのだが……威力が弱い。
さっきの強烈な魔法ではなく、昨日見せた命中重視の弱めた魔法。
確かに、相手が格上ならばここは外してはいけない場面なのだが、この弱気は駄目な弱気だ。
すぐにでも注意したい気持ちが出てきたが、俺はグッと堪えて戦闘に集中する。
ヘスターの【ファイアアロー】が直撃し、大きくよろけたスノーパンサー。
全身を覆っていた氷も一部溶け始めたため、俺はその部分を狙って剣を突き刺した。
腹に加えて、首元に近い位置への突き。
この二撃目の突きは深い位置まで刺さったことから、もうかなり弱りかけのはず。
後は、もう一度攻撃を仕掛けてきたところに合わせ、カウンターを入れることができれば、仕留めきれる――そう思っていたのだが……。
スノーパンサーは俺達に背を向けると、よろけながら一気に先ほど下りてきた傾斜へと逃げ出した。
野生の魔物が、まさか背を向けて逃げ出すとは思っていなかった俺は、反応が遅れてしまい逃走を許してしまった。
「【ファイアアロー】」
ヘスターの追撃の【ファイアアロー】も空を切り、傾斜を駆けあがって行ったスノーパンサー。
くそっ、あと一撃ってところで逃がしてしまった。
「すまねぇ、ラルフ。俺がバランスを崩したから」
「反省はあとだ。――今は後を追うぞ。ここまで来て逃がしてたまるか」
「クリスさん、見てください! 血痕が残っていますよ。この血の跡を追っていけば、スノーパンサーに辿り着くはずです」
ヘスターの指さした方向を見ると、確かに血痕が点々と残っていた。
脇腹と首元に突き刺した傷から、血が垂れ出したのだろう。
「血痕を辿って後を追おう。二撃目はかなり深く刺さったから、もう瀕死のはずだ。そう遠くには行けないだろう」
「そうだな。すぐに追いかけよう!」
俺達は地面に残っている血痕を頼りに、スノーパンサーの後を追うことに決めた。
これで山頂付近まで逃げられてたら最悪なんだが、あの傷では遠くに行けないと思うんだよな。
そんな願望に近い考察を交えつつ、スノーパンサーが駆け上がって行った傾斜を登り、残された血だけを頼りに追跡する。
血を追っていくにつれ、流れ出る血液の量が増えているのか……点々としていた血液は線のような跡となっていた。
「この辺りじゃないのか? 体を引きずったような跡も残ってる」
「本当だ! こりゃ確実にスノーパンサーの体毛だぜ」
「……クリスさん、あの洞穴じゃないですか?」
傾斜となっている場所を登りきった先の、スノーパンサーの痕跡が多く残っていた現在地。
その更に奥のヘスターが指さした場所には、確かに小さな洞穴があった。
血もその洞穴へと続くように残っているため、あの洞穴に隠れていることは間違いないだろう。
読み通り、遠くに逃げていなかった安堵と、洞穴という狭い場所に潜んでいるという面倒臭さ。
ただ、警戒して洞穴の前で足踏みしている訳にもいかないし、中へは絶対に入らないといけないな。
大きく深呼吸してから覚悟を決めた俺は、スノーパンサーが逃げ込んだと思われる洞穴へと入った。
今日は俺がタンク役ということで、先陣を切って暗い洞窟の中を進んで行く。
洞窟の中は酷い獣臭が充満しており、その獣臭に混じって血の臭いもしてきている。
この奥に確実にスノーパンサーがいる。
気配を探りながら、俺は洞窟の中をゆっくりと進んで行ったのだが……。
一向に魔物の気配を察知することができない。
スノーパンサーは、気配を完璧に消すことができるのか?
そんなことが頭を過ったが……正面に倒れているスノーパンサーが目に入った。
先ほど戦ったスノーパンサーと同種の魔物で、大きさや毛色などが完璧に一致している。
後ろの二人にハンドサインを送ってから、俺はタイミングを図ってから一気に近づく。
襲い掛かってきたら、盾で防いでから――心臓目掛けて突きを放つ。
そんな心構えで近づいたのだが、スノーパンサーはこちらに顔を向けることはなく、触れる距離にまで近づいたのだが、それでも動く気配がない。
「……死んでいるな」
俺はその姿を見て、ボソリと小さく呟く。
どうやら巣穴まで戻ってきたはいいものの、ここで力尽きてしまったらしい。
あの場で死んでくれよとは思わないでもないが、こうして死体を見つけることができたのなら……まぁ結果オーライか。
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