第83話 インデラ湿原の戦い

 

 ヘスターの放った【ファイアアロー】は俺の真横を抜け、その熱風が俺の頬を撫でる。

 そのまま勢い止まらず、一直線で一匹のオークに向かっていくと土手っ腹に直撃した。


 【ファイアアロー】を受けたオークは沼地を駆けていた足を止め、痛そうに膝を地面につけたが……絶命とまでは至っていない。

 それから二射目、三射目と膝をついたオークに直撃していったが、それでも倒れることはなく、体毛を焦がしながらもゆっくりと立ち上がると、一歩一歩こちらに歩みを始めた。


 一方的に攻撃できる状況でも倒すことのできない――同等、または格上の相手。

 その不気味とも思えるオークの執念を目の当たりにし、ヘスターの手が止まってしまった。


「ヘスター! 魔法を打ち続けろ! 殺すことは考えなくていいから、横一列に並んでいるオークの足取りを乱すことを考えて狙え」

「は、はい。分かりました! 【ファイアアロー】」


 一番まずいのが、十匹以上のオークが一斉に沼地を抜けて囲まれること。

 膝をつかせることができるなら、オークの動きをバラバラにさせて、なるべく数的有利の状況を作らせないようにすればなんとかなる。


「一番先頭のオークはこのまま行かせます! 対処お願いします!」

「それでいい。適度に沼地を抜けさせるイメージで魔法を放っていってくれ」

「クリス! 二人で一気に片付けよう! 攻撃を合わせてくれ」


 先頭を走る通常種のオークが、沼地を超えて平原へと足を踏み入れた。

 俺とラルフが考えることは、如何に素早くオークを倒すことができるかだ。


 まず飛ぶように駆けて行ったラルフの動きに合わせて、俺は背後から隠れるようにオークへと近づく。

 不意を突いて一撃を入れることができれば、通常種オークならば即倒すことができはずだ。


「こっちだ、オーク! 【守護者の咆哮】」


 前を行くラルフはオークの視線を引き付けると、更に追加で【守護者の咆哮】を発動させた。

 【天恵の儀】で授かった、通常スキルの【守護者の咆哮】。


 対象の敵の注意を引き付けることのできるスキルで、その効果は絶大。

 以前、俺とヘスターが打ち合っている中で試したのだが、目の前で打ち合っているヘスターを無視し、思わずラルフの方を向いてしまうほどの強烈な存在感のようなものを発するスキル。


 スキルを使うことを分かっていて、尚且つ目の前に別の相手がいるにも関わらず、俺が視線を奪われたほどの効果だ。

 スキルの存在を知らず、目の前にいる敵が使っていたとしたら、背後にいる俺のことなんてオークの頭からは消しとんでいるはず。


 木製のこん棒を振り下ろしてきたオークの攻撃を、ラルフは盾で弾き飛ばし――。

 その一瞬の隙をついて前へと飛び出た俺が、心臓目掛けて突きを放つ。


 オークは皮の鎧を身に着けていたのだが、威力を一点に集中させた俺の突きをどうこうできる訳がなく、鋼の剣は完璧にオークの心臓を貫き、オークは顔から倒れ込むように地へと伏せた。

 ……ふぅー。

 無事に一匹屠ることができ、大きく一息つくが、もう次のオークが迫ってきている。


「ラルフ、集中を切らすなよ。もうすぐ次のオークが来るぞ」

「分かってる! 次は……一気に二体かよ! どうするクリス!」

「次は一人一体で各個撃破。最初から全力で時間はかけるな!」

「了解!」


 俺とラルフは二手に分かれ、新たに平原へと足を踏み入れたオークの下へそれぞれ向かう。

 ラルフは通常種で、俺はオークソルジャー。

 

 通常種のオークが茶色の毛で武器がこん棒なのに対し、オークソルジャーは赤みがかった毛の色をしており、手に持たれている武器は鉄のロングソード。

 筋肉も通常種よりも若干発達しているように見え、通常種オークの上位の存在だということが分かる。


 ……といっても、冒険者ギルドから出されている討伐推奨ランクはシルバーランクで通常種と変わらない。

 焦らず戦えば、即殺すことができる。


「グオおおオおオッ! グアアア!」

 

 雄たけびを上げながら、俺に斬りかかりにきたオークソルジャー。

 対して、こちらが狙うは太ももの一点のみ。

 

 武器がこん棒から剣に変わったところで、技術のないただの大振りならば大差ない。

 力任せに振ってきた攻撃を回避し、その回避がてらに膝上部分を外側から突き刺した。


 軽く蹴られるだけでも痛みで動けなくなる箇所を剣で貫いたことで、オークは悲痛な雄たけびを上げながら、剣を持ったばかりの素人のように闇雲に剣をぶん回している。

 こうなってしまったら、後は剣を回避しつつ心臓を射抜くだけの簡単な作業。


 正面からもう一度膝を突くと見せかけ、一気に背後に回ると――背中から心臓部目掛けて貫いた。

 先ほどのオークと同様に、一撃で絶命したオークソルジャーは顔から地面へと倒れる。


 ……やっぱり、オークソルジャー如きなら相手じゃないな。

 ペイシャの森にいたあのオークの方が強かったし、俺もあの頃よりも強くなっている。

 この細身の鋼の剣も使いやすいことから、俺が負ける道理がない。



 正面のオークがまだ来ないことを確認してから、隣で戦っているラルフを確認すると……予想以上に苦戦している様子だった。

 ラルフの空間の幅を最大限使った攻撃に、オークは全くといっていいほど対応できていないのだが、針のように硬く小指ほどの太さのある体毛。

 その下には分厚い脂肪に、脂肪の下には自然界で鍛え抜かれた筋肉の鎧がある。


 体力と耐久力は俺並み――いや、俺以上に高いラルフだが、筋力に限っていえば高いとは決して言えない能力値。

 その上武器もただの鉄剣では、致命傷までは与えることができずに、一方的ではあるものの倒し切れないといった状況。

 

 ラルフの早く倒さなくてはいけないという焦りも見え始め、さらにオークの狙いがカウンター狙いに切り替わったのが動きから分かった。

 まずいと感じた俺は、すぐにラルフの手助けに向かおうとしたのだが……。


「ラルフ! 急がば回れ。だよ! 落ち着いて一点狙い!」


 魔法を連射し、沼地のオークの足止めをしながら、ラルフに声掛けをしたヘスター。

 その言葉でようやく冷静になれたのか、一度距離を取ると、再び空間を自由に駆け回り確実な攻撃を加え始めた。

 ――ただ、先ほどまでとは違うのは、オークのこん棒を持つ右手の手首を集中して狙い始めたこと。


 一撃では致命傷を与えられない攻撃でも、二度、三度と同じ個所に攻撃を加えることで、徐々にオークの手首は真っ赤に染まり始めた。

 そして、力が入らなくなったのか、こん棒を滑らせるように地面へ落とした瞬間にラルフは懐に潜り込むと、鉄剣を目へと突き刺した。


 唯一、毛に覆われていない目を深く突き刺したことで、脳にまでダメージがいったのか、オークはそのまま地へと伏せて動かなくなった。

 手首、そして目と、オークの弱点をしっかりと狙った冷静な立ち回り。

 一瞬だけ危ないと感じたが、ヘスターの声掛けからよく立ち直ったな。


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