第68話 いちゃもん
オックスターに辿り着いた翌日。
昨日着いたばかりだが、今日から早速冒険者業を再開する。
俺としては早く森の探索に行きたいところだが、今日は流石に依頼をこなすつもりだ。
昨日、冒険者ギルドの位置は確認済みだし、準備も昨日の内に整えている。
「クリスさんはシルバーランク依頼を受けるんですか?」
「うーん、なんともいえないな。ブロンズランクの依頼に良い依頼がなければ、シルバーランクの依頼を受けたいと思っているが……。個人的に、シルバーランクの初依頼は三人で受けたいと考えている」
「――なら、もう少しだけ待っててくれよ! 俺も三人で一歩を踏み出したい!」
「我儘かもしれませんが、私も最初の依頼は三人で受けたいですね」
ただの仲良しパーティにはなりたくないと思っているが、確かにパーティの一歩はキッチリと踏み出したい。
俺ははぐれ牛鳥狩りをやっていたせいで、依頼達成速度は遅かったし時折森にも籠っていたから、毎日コンスタントに指定あり依頼をこなしていた二人は、もう少しでシルバーランクに昇格するだろうしな。
「そうするか。二人がシルバーに昇格するまではブロンズの依頼を受けるわ」
「俄然やる気が出てきたぜ!」
「ですね!」
気合いの入った様子の二人と共に、俺は冒険者ギルドを目指して歩みを進めた。
ギルド通りへとたどり着き、早速冒険者ギルドの中へと入る。
外観も内装もレアルザッドの冒険者ギルドとあまり大差ない。
そのはずなのだが……。
「なんか嫌な視線だな」
「……私も感じました。歓迎されていないみたいですね」
基本的に冒険者同士は無干渉だったレアルザッドと違い、オックスターは冒険者同士の距離が大分近いような気がする。
そのせいで他所者扱いを受けている――嫌な視線も合わさって、そんな感覚があるのだ。
「そうか? 気にしなくていいだろ!」
そうお気楽に受付へと歩き始めたラルフだったが、そんなラルフの前に一人の冒険者が立ちはだかってきた。
太った三十代くらいの冒険者で、体格差もあるが見下すようにラルフを見ている。
「……なんだよ。どいてくれ」
「おい小僧。見ない顔だな。今日が初めてのルーキーか?」
フガフガと鼻息が荒く、舌足らずなせいで言葉が非常に聞き取りづらい。
体つきも非常にだらしないが、弱くはない――そんな雰囲気だ。
「いや、違う。別の街からやってきただけで、ブロンズランクだ」
「別の街から? ほぇー。なら益々、ちゃんと挨拶はしないといけねぇだろ。俺はグリース。この街唯一のプラチナランク冒険者だ」
雰囲気はあると思ったが、この男はプラチナランクなのか。
「俺はラルフ。……これで満足か?」
「満足か、だと? なんで目上の先輩に舐めた口聞いているんだよ! この街で冒険者としてやっていきたいと思ってます。なんでもしますのでよろしくお願いします――だろうがよ!!」
冒険者ギルド内に響き渡るほどの大声を上げたグリース。
その様子を見ても、他の冒険者はおろか、ギルド職員も止めようとすらしていない。
「……すいま――」
「ラルフ、謝らなくていい。もう他人に諂い、相手の様子を伺いながら生きていく必要はないんだよ。お前はもう昔とは違う」
この場を穏便に済ますためかもしれないが、謝ろうとしたラルフの肩を持って俺は止めた。
これはラルフに言っているようであって、俺自身に言っている言葉でもある。
「なんだてめぇは! 俺に無礼な態度を取った奴がどうなるか知っているのか?」
「知らないし興味がない。仮に依頼が受けられなくなるのだとしたら、別の街に移るだけだ。――もちろんそんなことはないだろうが、そうだな。仮にあったとすれば、ノーファストの冒険者ギルドにでも行って噂を広めさせてもらうけどな」
黙っているギルド職員にも聞こえるように、俺はわざとらしく大きな声でそう宣言する。
一方のグリースは、口角をピクピクとひくつかせ、俺の態度が大層気に入らない様子。
多分、身体的な能力だけみたら俺よりも強いだろうが、熊型魔物に比べたら屁でもないし、こんな奴に一歩引いていたら【剣神】のクラウスには一生かかっても追いつかない。
手を出してきたら、ホルダーの有毒植物を口に叩き込んでやるつもりで構えていたのだが……。
「分かった。お前達がそういう態度なら俺は構わねぇよ。……ただ、後悔しても知らねぇからな」
ドスの効いた声でそう言うと、グリースは俺の肩をポンと一度叩いてから、パーティメンバーであろう人達を連れてギルドから出て行った。
…………はぁ。
良い街だと思っていたが、肝心の冒険者ギルドが糞だったか。
拠点を変えるのもアリだが、あの野郎のために変えなきゃいけないのは癪だな。
「――おいっ! クリス、何やってんだよ! 適当に謝っておけばいいだろ」
「あれでいいんだよ。確かに平和に楽に暮らしていくなら、適当にペコペコするのが正解だけどな……もう馬鹿らしくないか? 一回きりの人生だぞ。俺はあいつに謝罪する人生は歩みたくない」
「私も同感です! 謝罪するという選択しか取れなかった昔とは違います。もしこれでこの道が駄目になってしまったとしても、無数に道はありますからね」
「んー……むー……。まぁ俺もスカッとはしたけどよぉ」
「親切にしてくれた人には親切に。高圧的な態度の奴には高圧的に。施されたら施し返して、殴られたら殴り返す。……二人共、すまないな。俺はもう、こう生きるって決めたんだ」
もう自分の人生を他人に預けるなんてことはしない。
俺のためだけに生きる。
「なら、もういいか! また来たらぺぺっと追い返しちまおう!」
「賛成です! それじゃ依頼を受けましょうか」
俺達三人で話をまとめ、グリースの大声で変な空気となっている冒険者のギルドの空気をガン無視し、俺達は依頼受付へとやってきた。
受付嬢はかなりキョドっているが、俺は構わずに話しかけた。
「別の街で冒険者をやっていたから、依頼についてのおおよその内容は知っている。ここには依頼掲示板はないのか?」
「あ、あります。あそこの冒険者さん達がいっぱいいらっしゃるところの後ろなんですが」
受付嬢が指さした方向を見てみると、睨みつけるように俺達を見ている大量の冒険者達の奥に、依頼掲示板があった。
ここの冒険者ギルドの冒険者は、基本的に全員グリースの言いなりってことか。
「ありがとう。依頼を吟味してから持ってくる」
俺は一度受付から離れると、大量の冒険者の中を突っ切って歩き、関係なしに依頼を選び始めた。
いつ襲われてもいいように警戒だけは解かず、良さそうな依頼を手にした。
「あっ、それ。俺も今受けようとしていたんだけどよぉ! 横取りしてんじゃねぇぞ」
見計らっていたかのようにケチをつけてきた、ぬべーとした顔のグリースの取り巻きの冒険者。
相手にするのも面倒くさいため、俺は無視して受付へと戻ろうとすると、俺の肩を思い切り掴んで引き留めてきた。
「……今すぐ離したら許してやる」
「俺だってよぉ! その依頼の紙を渡したら見逃してやるよぉ!」
変な金切り声を上げていることから、どうやら俺から離れる気がないようだな。
そう判断した俺は、肩を掴んできた腕を振り払ってから、裏拳で思い切り顔面を強打してやった。
ぬべーとした顔の奴は、俺がいきなり手を出すとは思っていなかったようで、何もすることができずに鼻から血を噴き出して地に伏せた。
俺はその滑稽な様子を見てから、何事もなかったかのように受付へと戻ろうとしたのだが――。
「てめぇ! いきなり何してくれてんだ!」
「手出したのはお前からだからな! こいつを逃がすんじゃねぇぞ!」
「絶対にゆるさねぇ!」
周りでクスクスと笑いながら見ていた冒険者共は、一拍置いてから一斉にキレだすと、殴った俺へと襲い掛かってきた。
暴れ出した冒険者に流石のギルド職員も焦った様子を見せたが、すぐに仲裁に入ることはなく、俺対冒険者複数人による大乱闘が勃発したのだった。
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