第5話 派閥

「――金城かねしろ君」


 名前を呼ばれ、立ち止まり、振り返る。

 こちらに小走りで近寄ってくる、宮本みやもとさんの姿が俺の視界に映った。


「おはよう」


 俺の前で足を止めると、宮本さんは少し切れた息のまま、笑顔で俺に挨拶をしてきた。


「おはよう。そんなに急がなくても、別に待ってたのに」

「うん。ごめんね」


 照れ笑いを浮かべる宮本さんの息が整うのを待ってから、二人で学校に向かう。


「今日は早いんだね、金城君」

「まぁ、俺の場合、家出る時間が適当だから」


 今日を入れて、宮本さんと一緒に登校したのは全部で三回。後は、俺の方が宮本さんより後に登校している。


「そっか。じゃあ、今日はラッキーな日なんだね」

「ラッキー? なんで?」

「え? それは……」

「?」


 俺の問いに対し、なぜかうつむく宮本さん。謎だ。


「そういえば、宮本さんはウチの学校に親衛隊があるの知ってた?」


 このままでは当分宮本さんが復帰しそうにないので、全く関係ない話題を振ってみる。


「あ、あれだよね。如月先輩の」


 渡りに船とばかりに、宮本さんが勢いよく顔を上げる。


「そうそう。俺も昨日初めてその存在を知ったんだけどさ。凄いよね、あの人。そんなものまで作られちゃうなんて」


 ホント、俺の知っているきー姉とはまるで別人みたいだ。


綺麗きれいだもんね、如月先輩」

「そうだね」

「その上、頭も良くて、運動も出来て、性格もいい」


 そう言った宮本さんの表情は暗く、学園のアイドルや憧れの先輩を語る生徒のそれとは明らかに懸け離れていた。

 個人的に、何か思う所でもあるのだろうか?


「でも、今宮本さんが口にした特徴っていうのは、所詮表面上のもので、本当の意味での如月先輩の魅力じゃないと思うんだよね」

「本当の、魅力?」

「そう。例えば、宮本さんはよく気が利くし、人の立場になって物事を考えられる。笑顔が素敵だし、自然体な所もポイント高いよね」

「え? あ、うん。ありがとう……」


 俺の言葉を受け、再び宮本さんが俯いてしまうが、構わず続ける。


「そりゃ、他人は表面上の特徴でその人の事を判断するかもしれないけど、他人の評価より大事なのはその人の周りにいる人の評価なんじゃないかな? 友達、とか、仲間、とか。ね?」

「そっか……。そうだよね。如月先輩があんなに素敵なのは、きっと私が言ったもの以外のものをたくさん持ってるからで、そっちの方が大事、なんだよね?」

「少なくとも、俺はそう思う、かな」


 人それぞれ考え方は違うから、何とも言えないが。


「じゃあ、もっともっと頑張らなきゃ」

「ん?」

「金城君の言ってくれた、私の魅力をもっと磨いて、更に増やしていかないと」

「宮本さんは、今のままでも十分素敵だと思うけど?」

「あうう……」


 みょうな声を挙げ、宮本さんが自分の両頬を押さえ、三度俯いてしまう。


「……金城君って、ずるいよね」

「……よく言われる」


 自分ではなぜそんな事を言われないといけないのか、全然意味が分からないのだが……。




「ちょっと顔貸しなさい」


 放課後、校舎を出た所で見知らぬ女生徒に呼び止められる。しかも、相当古くさい言い回しで。


 女生徒は長い髪を高い位置で二つに縛っていた。背は低め。顔は幼く可愛いが、勝ち気そうな顔つきがそれを台無しにしている。目付きは鋭く、気の弱い人間なら射殺せそうだ。


「人違いです」


 とはいえ、俺の気は別に弱くないので、冷静にこの場を切り抜ける。


「は?」


 俺の切り返しが意外だったのか、女生徒がきょとんとした表情を浮かべて固まる。


 よし。今だ。

 俺は足早にこの場を後にしよう――


「いやいやいや、逃がさないから」


 として、腕を掴まれる。


 ダメか。


「アンタが金城雅秋まさあきだって事は、写真で見て確認済みなんだから」

「俺に何か用?」


 逃走を諦め、女生徒と向き合う。目の前の彼女が先輩の可能性も当然あるが、状況が状況だけにえて敬語は使わない事にした。


 女生徒が手を離す。


「私は如月親衛隊第三位、長峰ながみね利由りゆ。それだけ言えば、用件は分かるでしょ?」


 如月親衛隊第三位? 三位って何? 隊長と副隊長以外に階級があるのか? というか、親衛隊って女子メンバーもいたんだ。


「ふふふ。恐怖のあまり声も出ないようね。姫紗良様にもう二度と近付かないというのなら、見逃してやってもいいけど」


 俺の絶句を違う意味に捉えたらしい女生徒が、勝ち誇るように胸を張る。


 不味まずい。昇降口の前で変な奴と話していたせいで、少しづつ注目を浴び始めている。


「ここは他の生徒の目も多い。場所を変えないか?」

「え?」


 女生徒が辺りを見渡す。自分達が注目を浴びつつある事に気付いたようだ。


「いいわ。どこに行くの?」

「俺の行き付けの喫茶店がある。そこに行かないか?」

「敵のテリトリーにわざわざ足を踏み入れろと?」


 敵って……。


「コーヒ代は俺が出そう」

「そういう問題じゃ――」

「デザートも付ける」

「……仕方ない。そこまで言うのなら、行ってあげなくもないわ」


 その喫茶店は学校から歩いて数分の所にあった。ちなみに、きー姉の家からも歩いて数分の場所だ。


 外装はお世辞にも綺麗とは言えないが、木製の造りが味を出している。人気のない小道にある事も手伝って、常連さんからはお洒落しゃれな隠れ家のように言われているが、そもそも隠れているので店を訪れる客は少ない。


 扉を開けて店内に入る。相変わらず客は少ない。というか、いない。現在の店内の客数はゼロ。皆無だ。


「いらっしゃいませー」


 カウンターから、間延びした柔らかい女性の声が聞こえてくる。彼女は高城たかしろ百合ゆりさん。この店の店長だ。以前店長をしていた実の祖父が数年前に亡くなり、急遽自分のしていた仕事を辞めてここを継いだらしい。


 年は二十代後半らしいが、実は高校生だと言われても信じられるくらい若い。顔つきはほんわかとしており、後ろに控える長峰さんとは対照的だ。

 上は白い長袖のシャツと袖無しの黒いベスト、下は黒いパンツルックとバーテンダーを彷彿ほうふつとさせる格好をしている。髪は茶色く、ポニーテールにした長い髪をバレッタで留めてフルアップにしている。


「あら、雅秋君」


 週に数回、一人になりたい時によくここを訪れるので、もう百合さんとはすっかり顔馴染みだった。


「珍しいわね、女の子を連れてくるなんて。その子が例の――」

「あー!」


 余計な事を言い掛けた百合さんの言葉を、慌てて自分の声で遮る。


「長峰さん、奥の席に行こう。その方が話しやすいでしょ?」

「えぇ……」


 俺の突然の大声に驚きながらも、長峰さんは素直に俺の提案に従う。


 奥の席に向かい合う形で座った俺達は、程無くして水とおしぼりを持ってきた百合さんに注文を済ませ、ようやく一息く。


「……いいお店ね」

「ありがとう。百合さんにも伝えておくよ」


 俺がにこりと微笑むと、長峰さんはお礼を言われ慣れていないのか恥ずかしそうに視線を俺から逸らした。


 注文した物が届き、百合さんがカウンターに戻ると、長峰さんが口を開く。


「で、どうするの? もう姫紗良様に近付かないと誓うの? それとも……」

「誓わないとどうなるんだ?」

「それはもう大変な事になるわ」

「具体的には?」

「それはもう大変な事になるわ」


 同じ事を二回言われた。


「つまり、具体的には何も考えていないと」

「うっ。というより、私がどうという話じゃないのよ」

「どういう事だ?」

「……如月親衛隊には大きく分けて三つの派閥があるの。一つは隊長の佐々木君を慕う主流派。二つ目は副隊長の高田君を慕う運動部派。そして、私を慕ってくれる女子チーム」


 そんな風になっているのか、親衛隊は。意外と奥が深いんだな。


「私達は女子という事もあって、姫紗良様の恋愛についてはそれ程問題視してないの。もちろん、姫紗良様に分相応な男なら反対するけど、そうでなければ当人同士の問題だと割り切ってるわ」

「そうなんだ……」


 親衛隊というぐらいだから、みんながみんな恋愛には否定的なのかと思っていた。


「で、答えは?」

「……悪い」

「そう。ちなみに、姫紗良様とあなたは付き合ってるのかしら?」

「付き合ってないよ」

「ふーん。分かった。とりあえず、私達はあなたに何かするつもりはないから。他は知らないけど」

「ありがとう」

「――ッ!」


 再び顔を背ける長峰さん。やはりお礼は言われ慣れていないようだ。

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