17 "かみ"は存在しない

 未来というのは誰にも分からない。

 だから面白い。

 故に怖い。


 不確定で不透明なのは当たり前。それが常識。普通。


 にも関わらず、ただの1人だけ未来を観測できる者がいた。

 その者が口にする言葉は必ず的中する。


 その予言は、ある出来事が起こったあとで、さも事前に見通していたかのように見せる事後予言でも、まして予言を受けた者が予言通りに従って行動する自己成就予言でもない。


 だからこそ、皆みなが恐れる。

 1999年に日本が大騒ぎしたように、あるいはその倍の規模が、たた震えながら生きなければならない。何もしなくても、どうせ訪れる死という本能的な恐怖に。


 一度も外さず、そして具体的で細かい予言は、聞く者全てを絶望させた。


 しかし、予言の中には希望も含まれていた。

 かのパンドラの箱のように、好意的な解釈では、禍のみが世を統べらず、運命に選ばれし者がいずれ世界を救うだろう、と。








   ▽








 一日ほど時間を使った結果、ようやく見つける事ができた。


 世界に向けて放った8000000000のボール。全ての人間を監視する事ができるだろうと、安易にも考えたわけだが、一部地域のみ付近に寄ることさえできなかった。


 その国の名は、ニホンにしてニッポン。二つの呼び名を持つ摩訶不思議な国だ。

 つまりここ。


 いやそれにしても、何で呼び名が二つあるのか?

 答えは簡単だ。

 政府が検討を加速させまくっているせいで決まっていない、ただそれだけだ。

 いや、加速させる事を加速させているのか?

 もしや加速する事を検討させているのか?

 またまた、検討する事を検討しているのか?


 おおっと脳内が加速して変な方向にそれてしまった。






 閑話休題






 さてさて思考を戻そう。


 日本を分割した都道府県の中でも、その県だけは異様な雰囲気を醸し出している。面妖と言うか、怖いと言うか······。


 その県の名は、やく県。


 名前のイメージだけで30分くらい語れる県だ。 

 鬼という漢字もだいぶ怖いが、平仮名の「やく」の意味の方がもっと恐ろしい。

 将来について互いに取り決めをするという意味と、燃やしてなくす焼く・・という意味がある。

 絶対に物騒だ。妄想だけで小一時間くらいできてしまう。


 更に区切った市町村の名前は安全だ。一目見て安心できる。


 その市の名は、浄土市。


 浄土とは、一切の煩悩や穢れを離れた清浄の国土であり、仏の住む世界という意味だ。

 何でそんな名前なのかは知らないが、鬼とか焼くとか聞いた後だと安心できるワードだ。


 さあ、予言者が降りた地に、レッツゴー。


 ノリと勢いで空間を歪ませ、俺はその地に足を踏み入れてしまった。


 間違いだった。

 何でこんな馬鹿な過ちを犯してしまったのか、現在進行形で反省するばかりだ。

 もっと情報を集めていれば、もっと慎重になっていれば、いくら後悔したところで時間が戻ることはない。




 手っ取り早く核心に触れよう。


 老若男女問わず、ほぼ全ての人々がハゲになっていた。

 眉毛や睫毛、髭こそ生えている人はいるが、頭には一切の毛がない。

 どうやらこの市は、まるはーげ帝国に支配されているようだった。


「へ~い!そこの髪の生えたお兄さん!」


 髪の生えた······。俺か。

 呼ばれた方向に首を向けると、髪の生えた人がいた。所々だが、俺と同じように髪の毛がある人もいる。でも、あの人達は何か違和感がある。

 俺を呼んだ人は、アロハシャツにチャック全開でジャンパーを着ていた。ま、他人の服装なんてどうでもいいからツッコミなんてしないが。


「シャンプー!!」


 でかい声で叫びながら、盛大に転けた。


 シャンプーとは毛髪や頭皮の汚れを落とす清潔で綺麗な状態を保つ洗浄系化粧品だ。

 ここに含まれるのは、あくまで毛髪。つまりハゲていない人にとってシャンプーは不必要という固定観念が生まれてしまっていた。

 この人は頭にすら土汚れが付着する事で、ハゲにもシャンプーは必要なのだと訴えているのかもしれない。


「「ぷっ」」


 その様子を見ていた観光客らしい二人組の女性が吹き出した。


 そして、頭にあった髪が空を飛行する。どうやらズラだったらしい。

 そんなに必死にハゲ頭を隠そうとするなんて、しかもバレてしまうなんて、憐れだ。

 ズラが地面に落ちて、土で汚れてしまうのも実に悲しいことだ。

 彼の頭に神が舞い降りることを願わずにはいられない。


 ま、それはそれとしてズラは拾わないし、手も貸さない。

 なんか関わると不味い気がするし、純粋に怖い。それに知らない人に話しかけられると身がすくむ。

 早々に立ち去ろうとした。


 でも、出来なくなってしまった。


「チッ 二人だけか」


 聞いてしまった。確かに、耳に入れてしまった。


「きゃあああああああ髪がああああああ」

「イヤァアアアアアアアアア」


 抜け落ちた。頭に生えていたやたらと長い髪の毛が······。

 その姿はまるで見るに耐えない。地面に落ちた髪の毛を拾って頭に押し付ける光景は何とも無様だ。


「嫌だ······髪が、私の髪の毛が·········」


 見てて辛いな。

 リミーは髪の毛がなかったから、手入れや伸ばす苦労なんてこれっぽっちも知らないが、お洒落な黒髪を手に入れるのに時間をかけたのだろう。髪は女性の命、なんて言葉があるくらいだ。

 それがいとも簡単に奪われたのだ。俺だって必死に作ったカードゲームのデッキが汚されたら泣いてしまう。対戦する相手がいるかどうかは別として、あの人の涙も少しくらいは理解できる。

 だからと言って慰めるとか余計な事はしない。そんな事したら絶対に俺の髪の毛引っ張ってくるぞ。近付きたくないな。


「フフフッ」


 テンションMAXのアロハジャンパー。原因は確実にこいつだ。 

 とは言え、何かの毒やら病原体を放ったわけでも、ハサミでチョキチョキ切り裂いたわけでも、ましてや火で焼き払ったわけでもない。

 超能力か?それも女性だけに効く?

 いや、剥げた男性はこいつ以外にもいる。

 俺と女性達で何が違うのか?


 もしや、嗤った事か?

 一見相関性がないようにも思えるが、何となく分かる。

 ここで一般人を気取る人達は、そんな事はあり得ないとか言い始めるが、俺には分かる。これは確実に超能力だ。だって中二病の感性がそうだって声を大にして叫び散らかしているのだから!


 そして恐らくだが、超能力はこのアロハジャンパーだけではない。多分だがこの能力は共有される。

 もしもこの人だけだったら、絶対にフルボッコにされているはずだ。

 それに、この量の人を嗤わせるのだって大変だ。ねずみ算で増えないと説明ができない。


 アロハジャンパーだけでなく、周りのハゲ共も二人の女性を嗤っていた。

 先に嗤ったのは女性だから当然の報いではあるが、何だか怖いな。   


 パチパチパチパチ


 拍手だ。アロハジャンパーが手を叩いている。幸せそうだな。


「いや~凄いね!お兄さん」


 この拍手は俺に対してのようだ。理由はアロハジャンパーには無理だった通過儀礼を突破したからだろうな。


「何が凄いんだ。阿保らしい」


 とは言うものの、褒められてちょっと嬉しい。


「もしかしてさ、身内に癌治療で毛が抜け落ちた人とかいる?そういう人は嗤わないんだよね」

「いや、いない。俺がなった事もない」

「まじか······。本物だよ。記念に握手してください!」

「えー」


 そこまで言われると怪しくなってくるな。

 手を握る事で能力が発動する可能性も、なきにしもあらず。


「手のひら見せて」

「嫌だな。何もないってのに」


 まるで気を悪くする様子はなく、手のひらを見せてくれた。

 針やらの小細工は全くない。


「安心してよ。馬鹿にした人だけだから」


 簡単に教えくれたな。

 嘘だったら殴り倒そう。


 手を出して握る。何かが起こる兆しはない。どうやら真実のようだ。

 もしかしたら遅効性の可能性もあるが、それは考えるだけ栓なきこと。


「ほら、何もなかったでしょ?」


 ニチャッと、不気味に笑った。

 不気味ではあるが、この場合に置いて他人の笑顔を否定するのは良くない事だ。口には出さない。


「誰が最初とか分かるか?」

「最初に起こったのは鬼やく県立浄土高校だよ。誰かは知らないけどね。あ、これ地図だよ」


 反対の手で地図をくれた。赤丸が高校だろう。


「ありがとうございます」

「ハゲなかったんだから、これくらいはするさ。関わるのは止めた方が良いと思うけど、ハゲなかったし案外なんとかなるかもね」


 俺から手を離した。


「頑張ってね」


 見送られながら、未だ響く女性達の悲鳴の中、俺は高校に向かった。




 やれ高校とは言ったものの、そこそこの在校生がいる。その中から対象を探しだすのはこの上なく面倒だ。

 ボールを出そうにも、出した時には闇に戻されるし、困ったものだ。


 そもそも、中学校の授業が終わってから俺は来たんだ。その間にもごちゃごちゃしてたし、時間帯的に考えて、高校に残っているのなんて部活動をしている文武両道やろうくらいだ。


 俺みたいに部活に入部していない可能性もあるし、今回は無駄骨だったかもな。


 中に人は残ってるんだし、ロボットは使えるし、脅せば教えてくれるだろ。本当に怪我させたらアウトだが、そのくらいなんて事ない。


 のっぺらぼうのマネキンに銃持たせて突入させれば良いか。

 俺ももう一回顔を変えてッと。正体がばれなければ何でもいいから、鼻を伸ばし、目は細く、肌は荒れさせよう。


 さてと、


「行くか」

「やった!見つけた!」


 間髪入れずに後ろを振り向いた。

 髪がないから性別は分からないが、何故か、その男、あるいはその女の接近に気付けなかった。

 あまりにも、唐突に現れた。

 こいつだ。こいつに違いない。

 幾度となく転生を繰り返し、その国々に知識と、終わりを教えた伝説。

 未来を見通す、諸悪の根元。


「お前が、予言者か」

「自分から名乗った事はないんだけど、確かによくそう呼ばれるね。そういう君こそ、何者だい?」


 予言者は、嬉しそうに笑っていた。


後書き

遂に登場!


公式ネタバレイヤー


全ての言動が今後の展開を示唆しています

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