どうやら俺は、様々な性癖をくすぐる事が出来る自分好みの最強女子を自分の手で育ててしまったみたいだ。

二重人格

第1話

 授業が終わり、チャイムが鳴り響く。俺は昼飯を食べようと、自分の机の上に弁当を広げる──すると、弁当を持った男友達が近づいてきた。


「どうしたんだ?」と話しかけると、友達は弁当を俺の机に置き「なぁ、郁登いくと。聞いたか? 学級委員長、隣のクラスの可愛い女子と付き合いだしたらしいぜ」


「え、マジで? 堅物だと思っていたら、やることはちゃんとやってるんだな」

「真面目だからこそ、そういう所、キッチリしてんじゃねぇ?」

「──あぁ、そういう考えもあるか」


 友達は前の席の椅子を引き寄せると、向き合うように俺の前に座る。


「俺達はもう高校二年……それ聞いたら早く青春しないと! って、焦っちまうよ」

「あぁ……そうだな」

「お前はまだ良い方だろ」

「何が?」


 友達は弁当を広げながら、「何がって、お前には幼馴染が居るじゃないか」


「あぁ、真希まきの事?」と俺は返事して、手を振りながら「ないない、あり得ないよ。だってあいつ。昔から、男子に超人気があるんだぜ? ぜってぇ誰かと付き合ってるって!」


「ふーん……じゃあ誰かを紹介して貰えば?」

「それが高校になってから、疎遠なんだよね」

「勿体ねぇ」

「悲しくなるから、勿体ねぇ言うなよ」


 ──そこで会話が途切れ、俺達は黙々と弁当を食べ始める。


「そういえば郁登の家、両親とも恋愛相談所をやってなかったっけ? そっち関係で紹介してもらう事はないの?」

「あぁ……そういえば聞いたことなかった」

「今度、聞いてみたら?」

「そうだな。今度、さりげなく聞いてみるよ」


 ※※※


 その日の夜。自分の部屋で勉強していると、コンコンとノックの音が聞こえてくる。


「はい、どうぞ」と、俺が返事をすると、親父は何か嬉しい事があったのかニヤニヤしながら入ってきた。


「ニヤニヤして、どうしたんだよ?」

「え? あ~、何でもないよ。ところで郁登、お前バイトする気ない?」

「バイト? ──まさか恋愛相談所を手伝えと?」

「当たり」

「──無理だな。ハッキリいって俺、恋愛経験ないし出来る自信ないわ」

「いや、案外できるから大丈夫なんだって」

「何でそう言い切れるんだよ?」

「俺も高校の時、まったく恋愛経験ないのに、親父の手伝いでやってたからさ」

「へぇ……」


 だったら俺でも出来るかな?


「──で、いくら貰えるの?」

「お、興味を持ち始めたな。そうだな……今回は特別に1回千円でどうだ?」

「1回?」

「お前に手伝って貰うのは、一人に絞ろうと思ってな。そのお客さんは長々と話すつもりはないし、金曜日の15分だけと指定してきているんだよ」

「へぇ~……嫌になったら、すぐに辞めて良い?」

「あぁ、構わないよ。まぁ、絶対にそんな事はないと思うけどな!」

「どういうこと?」


 俺がそう聞き返すと親父はハッとした表情を浮かべ「いやぁ、何でもないよ。じゃあ詳細はまた後で話すから」と言って、そそくさと部屋を出て行った。


 何だか怪しいけど、辞めて良いと言っていたし、大丈夫だろう。


 ★★★★★


 金曜日の夕方となり、俺は約束通り親父がやっている恋愛相談所へと向かった──。


 恋愛相談所の広さは人が二人、ようやく入るぐらいの広さで、そこに木の机と向き合うように椅子二つが置かれているから、かなり狭い。


「これか……」


 最近、親父がプライバシーに配慮して、淡いピンクのカーテンを付けたらしい。人によっては開けたままで良いらしいけど、今回の客は顔を見られたくないから、絶対に開けないで欲しいとの事だ。


 どんな客が来るのか興味があったから、ちょっと残念だな。俺はそう思いながらカーテンを閉める。


 ──さて、時間までまだ数分あるし、SNSでも見て時間を潰すか。俺は椅子に座り、制服のズボンから携帯を取り出す。


 ──ふーん、こんなこと言われて興奮することもあるんだぁと眺めていると、恋愛相談所のチャイムが鳴る。


「はーい。開いているので、どうぞお入り下さい」


 俺は出迎えることなく、その場で声を掛ける。するとカチャとドアが開く音がして、香水? のような匂いが漂ってきた。

 

 石鹸のような良い匂いで、俺は好きだ。相手は女性? いや、男性でも香水をつける人は居るからな……俺は黙って様子を見る──相談相手は黙って俺の前に座った。


 Oh……カーテンの隙間から、二つの大きな胸の膨らみと、うちの学校のものだと思われる赤リボンのセーラー服が見える。視線なんて分かりはしないのだが、何だか恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。


「えっと……ご予約の方で宜しいですか?」

「はい!」と、アニメのヒロインの様な可愛らしく元気な返事が聞こえてくる。俺好みの良い声で、聴いただけで癒されてしまう。


「すみません。プライバシーの関係で父から何も聞いていないんです。差し支えない程度で、自己紹介をお願いします」

「はい、分かりました。〇高に通っているカオリです」


 やっぱり同じ高校か……でも先輩? 後輩? それとも同級生だったりして。


「カオリさんですね。俺は高2の郁登です。今日は何を相談しに来たんですか?」

「えっと……私、同じ学校の同学年──」とカオリさんは言い掛けて、すぐに「あ!」と声を上げると、「気になる人が居るんです……」


 慌てた様子から察するに、もしかして同学年は言うつもりが無かったのかな? 何だか天然系の匂いがして、ちょっと微笑ましく思う。


 とりあえず俺は聞かなかったふりをして「──そうなんですね。その彼とは仲が良い方なんですか?」と、続けた。


「仲は……良いも悪くもない感じです。だからもっと一歩踏み込んだ会話をしたくて、相談に来たんです」

「一歩踏み込んだ会話ねぇ……」

「何か良い案ありますか?」

「うーん……」


 俺は腕を組んで考えてみる──そうだ! さっきSNSで見かけたあのセリフ、言って貰うか!


「あの……突然ですが、『ざぁこ』って言ってみてください」

「え! ざ、ざぁこ?」

「はい。今度は俺を煽るように、『ざぁこ』と二回言ってみて下さい」

「えっと……ざぁこ、ざぁこ?」


 初々しさが残って、なんか違う気がするけど、カーテンの裏で困惑してそうで、これはこれで可愛らしい。


「はい、良いですね~。じゃあ最後に、『私に話しかけられるだけでキュンキュンしちゃうなんて、ざぁこざぁこ』と言ってみてください」


「あぁ、そんな感じで使われるものなんですね。分かりました」と、カオリさんは言って、深呼吸をする。そして「──私に話しかけられるだけでキュンキュンしちゃうなんて、ざぁこ♡ざぁこ♡」


 お、おぉ……これは気を付けないと、俺の性癖が犯されてしまうッ! 


「どうでした?」

「凄く良かったです。じゃあ──」と、俺が更に要求しようとした時、携帯のアラームが鳴ってしまう。


 チッ、もう時間か。これだったら15分は短すぎる。俺がそう嘆いていると、カオリさんが「時間になってしまいましたが、ちょっとだけ時間良いですか? 料金はその分、払いますので」と、聞いてくる。


「料金そのままで、構いませんよ」

「ありがとうございます。何で行き成り、あんなセリフを?」

「あぁ……ざぁこはたまたまです。例えばこんなセリフを普段の会話の中に混ぜる事で、相手が楽しく思ってくれたら、グッと近づいてくれるって事もあるんじゃないかな? って、思ってやって貰ったんですよ」

「あー……そういう事」


 カオリさんはそう返事をして立ち上がり「ありがとうございました」


「いえいえ」

「ちなみに郁登君は、あぁいうの好きなんですか?」

「え!? ──あ、いや……嫌いじゃないかな?」


 てか、今日言われて気付いたが、むしろ好きかも。


「ふふ、そうなんですね! じゃあ、いっぱい練習してみます!」

「う、うん。頑張って」

「では失礼します」

「はい、またお願いします」


 ──バタンッとドアが閉まる音が聞こえ、とりあえず「ふー……」と溜め息をつく。悪い子じゃなくて良かった……それどころか、これから楽しくなりそうだ。


 俺はカーテンを開くと、通学鞄を持って立ち上がる──。


 一歩踏み込んだ会話か……俺にそれが出来ていたら、真希と疎遠にならなくて済んでいたのかな? ──まぁ終わったことをウダウダ考えていても仕方ないか。


 ★★★★★


 次の金曜日──カオリさんが時間よりちょっと早く恋愛相談所にやってくる。


「ごめんなさい、少し早かったですね」

「大丈夫ですよ。気にしないでください」

「へへ……この日が楽しみで、早く来ちゃいました」


 可愛い事を言ってくれるじゃないかと、思っていると、カーテンの隙間から白くてスッと長い綺麗なカオリさんの手が伸びてくる。


 その手には、青のリボン付きのクッキーが入った透明の袋が握られていた。


「これ、もし良かったら食べて下さい」

「あ、作ってきてくれたんですか? ありがとうございます」

「か、勘違いしないでくださいね! あなたの為に作ってきたんじゃないんだから──家庭科……そう家庭科の授業があって、いつもあなた弁当が少ないと嘆いていたから、仕方なく持ってきてあげただけですからね!」


 え? 俺は行き成りそう言われて、口を開けたまま固まってしまう──カオリさんは手を引っ込めると「えっと……私のツンデレ、どうでした?」


「あ、あぁ……そういうこと」


 ビックリした……カオリさんが考えたセリフだったって事ね。マジで弁当が少なくて嘆くことがあるから、クラスメイトかと思ったわ。


「良かったと思いますよ! 可愛いなって思いました」

「え、そう!? 良かった……ふふ。何だかこういうの、楽しいね!」


 明るくそう言ったカオリさんの笑顔を、カーテン越しで想像すると、自然と笑みが零れるぐらい嬉しくなる。


 たった二回、話しただけの関係なのに、不思議とカオリさんなら、もう少し心を開いても大丈夫な気がした。


 ★★★★★


 そんなこんなで俺は、ネットで拾った性癖をくすぐる様なセリフをカオリさんに言って貰って、楽しい時間を過ごす──そんなある日。


「ねぇ、郁登君はデートってした事ある?」

「ある! って、言いたい所だけど、残念ながら無いんだよね」

「私も! 周りにはありそうな雰囲気を出して話したりする事あるけど、実は一回もないんだよね」

「へぇ……」


 今まで雰囲気から一瞬、意外……って、思ってしまったけど、考えたら好きな男に話しかけられなくて、悩んでるぐらいだからな。意外ではないのか。


「郁登君。じゃあさ、今日はデートごっこしない?」

「デートごっこ?」

「うん。お互いの会話だけで想像しながらデートを楽しむの」

「あぁ、お互いの練習になりそうで良いね」

「でしょ!? じゃあ行くよ」


 カオリさんはそう言って人差し指と中指を立て「ガタン、ゴトン……」と動かし始める。どうやら電車に見立てて動かしているようだ。


「ポッポー……あ、いま電車に乗ってるところね」

「う、うん」


 分かっているよ。あと、ポッポーって、それ機関車じゃないかな? 俺はそう思うが、楽しそうにやっているカオリさんを黙って見守る──。


 それにしても……カオリさん、お母さんになったら、こうやって子供と遊んでそうで、何だか微笑ましいな。そんな姿を想像すると可愛すぎてキュンキュンしちゃうぜ。


「ねぇ、郁登君。海に着いたら何して遊ぶ?」

「そうだな……水の掛け合いしちゃおうかな~」

「やだ~」と、カオリさんは言いつつ、何だか楽しそうだ。


「スイカの形をしたビーチボールを持って来たの。一緒に遊ぼうよ」

「いいね。やろうか」

「うん──あ、目的地に着いたよ。降りよう」


 カオリさんはそう言って自分の手と手を握る。きっと手を繋いでいるシチュエーションなのだろう。まったく、そんな事をしなくても──と、俺は黙ってカーテンの隙間から手を差し出した。

 

 ──カオリさんは照れているのか、全然、俺の手を握ろうとしない。黙って様子を見ていると、カオリさんは「ねぇねぇ、郁登君。私の水着、どうかな?」と口にした。


 ガーン……飛ばされてしまった。俺は泣く泣く手を引っ込め、気持ちを切り替え「おぉ……眩しいぐらい純白のビキニが似合ってるぜッ!」と、テンション高めに返事をする。


「ちょッ! 私に何を着せようとしているんですか!」

「ダメ?」

「ダメ──じゃないですけどぉ……お腹周りが気になるので、頑張る」

「お、おぅ……」


 思わぬ可愛い返答に、こっちが戸惑ってしまった……。


「じゃあ最初は水の掛け合いだっけ?」

「うん」

「──おっと、その前に日焼けオイル塗らなきゃ」


 カオリさんはそう言って、ボトルを置く仕草をする。


「あぁ。じゃあ俺は、海に入って待ってるよ」

「あ、ちょっと待って!」

「どうしたの?」

「背中……塗る?」


 おぉ……攻めてくるねぇ。この子、慣れてくるとガンガン行こうぜになるタイプなのかも。


「もちろん塗りまーす」

「じゃあ手を出して」

「は~い!」


 俺がその場で手の器を作ると、カオリさんはその場で注ぐ仕草をした。


「き、期待しないでね。私、スベスベお肌じゃないから」

「そんな事ないだろ」と、俺は言いながら、その場で塗る仕草をした。するとカオリさんは「んッ……くすぐったい」と、セクシーな声を漏らした。


 マジかッ! と、テンションが上がったところで──残念な事に終わりのアラームが鳴ってしまった。


「え~……これから良い所だったのに!」

「残念だったね」

「本当、残念でしかない」

「じゃあ、またいつかこの続きをしようよ」

「うん」


 カオリさんは俺の返事を聞くと立ち上がる──俺はカオリさんがドアを閉めるまで、黙ってその場で見送った。


 ──それにしても、今日はヤバい時間だったな。ヤバいしか出て来なくて、語彙力を置き去りにしてきてしまったみたいだ。本当……また続きがしたいよ。


 ※※※


 更に一週間が経ち、次の金曜日になる。


「ねぇねぇ、郁登君。今回はヤンデレを練習してみたの! 聞いて、聞いて」と、カオリさんは恋愛相談所の椅子に座るなり、余程、自信があるのかテンション高めでそう言った。


「分かった」

「いくよ……」と、カオリさんは言って深呼吸をする。そして「あなた、廊下で女子と話していたでしょ?」と、ドスの効いた声で言った。


 ──けど、それだけ言って黙り込む。少し様子を見ていると、カオリさんは囁くように「ほら、続けて」


 あぁ、俺の返事待ちだったのか。えっと……。


「あの子はその……単なる友達だよ」

「嘘言わないでよ……単なる友達でボディタッチまでする? あなたもデレデレしちゃって……」

「デレデレなんてしてないよ」

「──私……あなたを取られたら、その子を殺して……あなたも殺して……私も死んでやるから……」


 カオリさんの演技が上手過ぎて「いや、いや、いや。ヤンデレというより、ホラー、ホラー」


「あ、やっぱり? ちなみにこれ、カッターの刃を出しながら言っている設定ね」

「怖い怖い、それヤバすぎるでしょ!」

「ふふ……でも私ね、ここまで好きになれるって素敵な事だなって思っているよ──郁登君はさ。こういうの重いって思う方?」

「どうだろ?」


 俺は腕を組み少し考えてみる──。


「正直、さっきみたいなのは行き過ぎだと思うけど……そこまで想ってくれてる一途な彼女が居たら幸せだろうなって思うよ」

 

 ──俺がそう答えると、カオリさんは何故か黙り込む。


「あの……さ。彼女が居たらって言ってたけど、郁登君は今、彼女いないの?」

「はは……居ないどころか、生まれてこの方、居た事が無いよ」

「へぇー……じゃあ好きな人は?」

「──いない……かな」

「そう……」


 カオリさんの返答が残念そうに聞こえたのは、俺の願望からだろうか? ──いずれにしても、俺達はそこから会話が弾まず、時間が来てしまった。


「それじゃ。また来週、来ますね」とカオリさんは言って、立ち上がる。俺は「うん、楽しみにしています」と、返事をして、その場でカオリさんを見送った──。


 カオリさんとの時間は、15分が凄く短く感じるぐらい本当に楽しい……でもこの関係はいつまでも続かない。俺は……カオリさんを好きになってはダメなんだ。


 ★★★★★


 次の日の金曜日になり、俺は恋愛相談所に向かった──少し待っていると、カオリさんが来て向かいに座る。


 ──だけど、いつもと違って話しかけて来なかった。何だか胸騒ぎがしたけど、俺はとりあえず待つことにした。


「──突然の話なんだけどさ」

「うん」

「私、来週からここには来ない」


 やっぱり……声に元気がないから、そんな気がした。


「そうなんだ。もしかして告白する覚悟を決めたの?」

「うん。先延ばしにしていても、悪い方に行くだけだし、郁登君のおかげで、会話を続けられる自信が持てたから……」


 先延ばしにしていても、悪い方に行くだけ……俺はその言葉の重みを知っている。だから寂しいけど──。


「うん、その方が良いと思うよ」

「ありがとう……あのね、せっかくだから郁登君に告白の言葉、聞いて欲しいと思うんだ。良いかな?」

「うん、聞かせて」


 カオリさんはスゥー……っと、息を吸い込み深呼吸をすると、「あなたとの出会いは小学校の頃。あなたは人見知りで周りと馴染めない私に声を掛けてくれた」と、昔話を始める。


 なるほど、それが恋の始まりという訳だな。


「そのおかげで中学の時には人見知りが無くなり、分け隔てなく皆と接することが出来るようになった。でも……役割を果たしたかのように、あなたは私から離れていった。とても寂しかった」

 

 けしからん! なんて勿体ない事をする奴だ!


「そのままズルズル引き摺って、同じ高校に入れたのに距離を埋める事が出来ず、あなたとは疎遠になってしまった訳なんだけど……あるキッカケのおかげで、やっと……あなたとまた話す事が出来ました」


 へへん! あるキッカケは俺だぜ! 感謝しなッ!


「あなたの事……ずっと、ずっと好きでした。私とお付き合いして下さい!」


 うぅ……やっぱりデレデレは最強だよ。自分が告白されたみたいで、涙が出そうになってしまった。


「──ど、どうでしたか?」

「バッチリ、最高ッ! まったく……彼はこんな素敵な彼女と疎遠になるなんて、どうかしてるぜ」


 ──俺がそう言うと、カオリさんは黙り込む。しまった! もしかして彼の悪口に聞こえて怒ってしまったか?

 

 慌てて誤解を解こうと口を開くと、カオリさんは「あなただよッ」と怒った口調でそう言った。


 んん!? あなた? き、聞き間違えだよな……でも何だか聞き覚えのある声がした気がする。


 俺がパニクッていると、カーテンがシャーっと勢いよく開く──そこには艶々の黒髪ショートボブに、クリッと可愛らしい二重、そしてプックリとした唇の真希が、強張った表情を浮かべて座っていた。


「おーい、聞こえていますか? あ・な・たですよ~」と、真希は言って、俺に指を差してくる。


「え、ちょっと待て……カオリさんは真希だったのか?」

「そうだよ。裏声つかって話していたとはいえ、まさか幼馴染の声まで分からないとはねぇ……」

「カァー……騙された。お前、日頃から香水なんか付けていたっけ?」


 真希は照れくさそうに髪を撫でながら「してないよ……二人っきりになるんだし、その……臭いって思われたら嫌だな……って思って付けただけだよ」


「あぁ、そう……」


 ふ、不覚にもメチャ可愛いと思ってしまった。


「じゃあさ、今までの事は全部、嘘だったって事?」


 真希は髪から手を離し、慌てた様子で「そんなんじゃないよ!」と言って立ち上がる。そして「確かに偽名は使ったけど、それ以外は嘘じゃなぃょ……」と、俺から顔を逸らした。


 真希は恥ずかしくなったのか、後半をモニョモニョ言ったが確かに嘘じゃないと否定した。ん? ってことは──意味が分かった瞬間、顔がカァ……っと熱くなる。


「お前……彼氏居なかったのかよ」

「うん……私はずっとあなた一筋だったから」

「お、おぅ……」


 ストレートの返答に戸惑ってしまい、そこで会話が途切れてしまう。カチ……カチ……カチ……と、時計の音だけが鳴り響いていた──。


「あ、ちなみにさっき言ったキッカケは、あなたの事じゃないから」

「え? じゃあ誰だよ?」

「あなたのお父さん。たまたま買い物行った時に出会って、相談したの」


 あぁ……通りで様子がおかしかった訳だ。真希は黙って座り、俺をジッと見つめる。


「な、何だよ?」

「返事……まだ貰ってないんですけどぉ」

「あぁ……」


 俺は真希のこと、カオリさんの事が好きだった……だから返事はとっくに決まってる。だけど恥ずかしくて中々、言葉にできない。


「──ねぇ、郁登。ダメでも良いから返事を聞かせてくれないかな?」


 痺れを切らした真希は俺の手に自分の手を乗せ、そう言ってくる。


 そんな宝石の様なキラッキラの瞳で、そんな事を言われれば「──俺も……好きだよ」と、正直な気持ちを伝えるしかない。


 真希は俺の手から手を離し、可愛らしく両手でガッツポーズをすると「やった」と呟いた。


 そして何かを思い出したのか、人差し指を顎に当てると「あれ? そういえば……」と口にした。


 一体、何を言い出すんだ? と、警戒していると、真希は「先週、好きな人はいないって、言ってなかったっけ?」と言って、ニヤニヤする。


「意地悪な奴め……確かにあの時はそう言ったけど──」と、俺が言い辛そうにしていると、真希は手を何度かお辞儀させ「分かってるって、あの時は居ないかなって迷っている様子だったもんね」


「──うん」

「とにかく返事してくれて、ありがとう。嬉しかったよ」

「お、おぅ……」


 面と向かって、素直に言われると照れくさいぜ。それにしても「──やっぱり生は良いなぁ」


「ちょっとぉ、勘違いされる様な言い回しダメだよ」

「勘違いって?」

「もう……分かってるくせに……」

「えへへ」


 真希は手を伸ばし、カーテンを開け閉めし、開いた状態で手を止めると「確かにカーテン越しもドキドキしたけど、こうやって面と向かって会話をしている方が、相手の仕草も見えるし、生が良いね」


「だろ?」


 真希は何か考え事をしているのか、黙り込んでカーテンを見つめる──カーテンから手を離し、口を開いたかと思えば行き成り「それにしても、郁登がメスガキ系を好きだとはねぇ……」と言い出した。


「ばっ、それはあの時ちゃんとSNSで見かけたって言っただろ!?」

「ふふふ……こんなんで動揺するなんて、ざぁこ♡ざぁこ♡ よわよわメンタル~」

「このぉー……」


 上手に会話に取り入れてきやがったなぁ……あの時、練習してくるって言っていただけあって、煽り方が上手いじゃないか!


「そんな豆腐メンタルじゃ、キスも出来ないでしょ? ざぁこ♡ざぁこ♡」

「え……」


 も、もしかしてこれって……誘われてる!? 気のせいか、真希の目がトロンとしているように感じる。──いや、ここは気のせいでも分からせるしかない!


「で、出来るもん!」


 俺はそう言って、真希の両方の肩に手を置く。真希は覚悟している様で黙って目を閉じた──。


 お、おぉ……急展開すぎて、これで良いのか分からないけど……頂きます! 俺は大きく深呼吸をして──真希のマシュマロみたいに柔らかく弾力のある唇を頂いた。


 ──初めてなのに、あまり長々としていると気持ちが入り過ぎてしまう気がして、直ぐに真希の唇から自分の唇を離す。すると真希は、ゆっくりと目を開けた。


「真希、どうだ!?」と、俺が誇らしげに言うと、真希はニッコリと微笑む。


「うん、ざぁこじゃなかったね。100点満点だったよ」

「そ、そう……ありがとう」


 真希は腕を伸ばし、人差し指で俺の腕をツンっと突く。


「どうした?」

「今まで性癖をくすぐるようなセリフを言って来たけど、こんなことに付き合うのは私だけなんだからね! 覚えておきなさいよ」


 ズキューン!!! ツンデレ? デレデレ? 良く分からないが真希の言葉にハートを撃ち抜かれてしまう。


「は、はい!」と、俺がビシッと返事をすると、真希は頬杖をかいて「ふふふ……」と、小悪魔の様に笑った。


 そんな真希をみてゾクゾク……と鳥肌が立ち、妙に興奮してしまう。どうやら俺は、様々な性癖をくすぐる事が出来る自分好みの最強女子を自分の手で育ててしまったみたいだ。

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どうやら俺は、様々な性癖をくすぐる事が出来る自分好みの最強女子を自分の手で育ててしまったみたいだ。 二重人格 @nizyuuzinkaku

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