Ⅳ.水色のリボン(3)
「帽子をちょうだい」
一気に、意識が覚醒する。目を見開いたところで、右手に痛みが走った。
「静かに。今、陛下が相手をされている」
耳に近いところで、チェーザレの声がする。小さく頷くと、右手を捕らえている指の力を抜いてくれた。
幼馴染の背の向こうから、冷たい空気が流れてきている。目玉だけを動かすが、チェーザレの顔と暗い部屋しか見えない。体を動かせば陛下と幽霊とを見ることができるだろうが、ジャンルカの集中力が切れてしまうだろう。
彼の身を案じつつも、これまで悪事を起こさなかった幽霊を信じることにした。近衛の隊長もいるのだ。大丈夫、と言い聞かせる。
「帽子、か。どんな帽子が良いだろうか?」
「かわいい帽子。黄色い蝶々になれる帽子」
ジャンルカが、こちらを振り向いたのだろう。前回の件で場所を覚えたチェーザレが、いまだ手つかずの荷物の山を指差した。
「あの中に、あるはずですよ。陛下の感覚で選んで差し上げれば、よろしいかと」
「ふむ、そうか」
今回は、元からろうそくを灯してあったらしい。ほのかな明かりが、部屋の隅へと移動する。ややあって、「これは、どうだろうか?」という声がした。
「レースが使われた、白い帽子だ。私が被せてやろう」
緊張していた少年の台詞とは思えない。だいたい、足だけの幽霊だというのに頭の位置が分かるのだろうか。
天井を見上げたまま疑うが、これまた意外な言葉が国王から出た。
「よし。よく似合うぞ。踊ると、服と共に帽子も舞おう。靴が、いただけないがな」
「この靴では、だめ?」
「せめて、左右が揃っていた方が良いと私は思う。ほら、これを履いてみよ。うむ。良いではないか」
ジャンルカが褒めると、軽やかな足音が3度響いた。
「ありがとうございます、陛下」
少女は、ジャンルカを認識している。今度こそ飛び起きたが、視線の先には少年の姿しかなかった。
「もう帰ったぞ、ジェラルド」
振り向いた彼は、切ない笑顔を浮かべている。
「あの幽霊は、陛下のお知り合いですか?」
「言っただろう? 今夜は、陛下がいらっしゃったから出てきたのだ」
ようやく右手を解放してくれた幼馴染の言葉に、眉をひそめる。
「なぜ? それに、左足首だけではなかったのか?」
「なぜ、という疑問には答えにくいがな」
ジャンルカが、燭台を持って近づいてくる。
「左足首だけではなくなっていた、と言うのが正しいと思う。おまえに靴を与えられ、両足を得た。チェーザレに服を与えられ、胴を得た。そして、私に帽子を与えられ、頭を得たのだ」
「では、五体すべてを得て?」
「いや。いまだ、顔と腕は無い」
少年は、言い切った。国王と幽霊のやり取りを見守っていたチェーザレに視線を移すと、同意を示すように頷かれる。
「少なくとも、もう一度ここに現れるぞ。ジェラルド」
低く、喉が鳴った。今度は、両腕を得に来るのだろうか。
考える内に一つ、おかしなことに気付いた。
「左の足首には、何があるんだ?」
幽霊の左足首だけは、最初から人に見えていたのだ。物の力を借りて、得る必要がない。つまり、請うまでもなく何かがあったということだ。
「陛下に確かめていただきたかったものとは、左足首にある何かなんだな」
疑問ではなく、確信だった。ジャンルカが、静かに口を開いた。
「今、ここでは何も申さぬ。次に現れた時に、おまえが確かめよ」
即位する前から今に至るまでの数年間、ずっと傍にいたのだ。震える声を聞き逃すはずがない。
少年の声音に、不安を覚えた。
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