第03話 : チートな特典

「大丈夫か?、お主」


 大丈夫なわけがない。なにしろ、自分の根底を揺るがす事実を告げられたのだ。俺は今ここにいるのか…それとも誰かの頭の中で弄ばれているのか…。何一つ思考が定まらない。


「…一つ聞いていいか?なんの為にこんなことをしたんだ?」


 俺は自分の存在意義を問うように、アナナキへ言い放った。


「それはもちろん、面白いからに決まっておるじゃろ?」


 アナナキは悪びれもなく、当たり前じゃろ?という顔で言い返した。


「NFAはわしが開発したものなのじゃよ。5年ほど前に完成してな。勢いでフェザーヤードに出したんじゃが、誰も買わんくての。思いついた実験も兼ねて開放してみたのじゃ」


 自分はただの「おまけ」だったとでも言うのだろうか。


「じゃあ、俺はこれからどうすれば良いんだ?」


「じつは、お主に是非やってほしいことが一つあるんじゃよ。NFAを使った新しいシミュレーターじゃ」


 アナナキは右手をかざし、惑星図のようなモデルを宙に出現させる。そこには地球そっくりの惑星と、その周りを取り巻く【赤色】、【青色】、【黄色】、【白色】の4つの月が存在していた。


「地球と…4つの月?」


「この地球とほぼ同じ仮想惑星【ヨルド】を調査してほしいのじゃ」


「なんで今さら地球のシミュレーターなんぞ…」


 地球のシミュレーターは、エレツのシステムに1000フェザー支払うことで誰でも所有できる。大勢の人がサバイバル生活や原始生活を実況配信している。


 ちなみに、動画配信での報酬もエレツのシステムが再生数によって支払っていて、結構な収入になるらしい。


「NFAを使ったシミュレーター、と言わんかったかの?」


「それだけか?ちょっと追加設定した地球シミュなんて、手垢まみれだろうに」


「…ここに映し出した仮想の惑星【ヨルド】は、言わば『魔法の世界』なんじゃ」


 大きなため息をつきながら、アナナキはモデルを操作する。4つの月のうち赤い月が拡大され、その断面図とともに映し出された。断面図を見ると、赤い月の内部には大きな装置が埋め込まれていた。


「この巨大な装置はNFAなんじゃ。これとおなじように、他の3つの月にもNFAが埋め込んである」


「なんで魔法の世界に、機械があんだよ…」


「まあ待て、説明を聞くんじゃ」


 そういってアナナキがモニターを操作すると、残り3つの月が拡大され、その内部が表示された。


「これら4つの月は等間隔でヨルドの周りを公転しておる。ヨルド全体にNFAの影響が行き渡るようにの」


「じゃあ、ヨルドのどこでも魔法が使えるのか?」


「そういうことじゃの。この仮想の惑星は、『魔法のある世界だと人類はどう進歩するのか』を見るために作ったんじゃ。これらの月とNFAも、初期設定でわしが置いたものじゃ。それともう一つ」


 アナナキがモニターをつつき、地球の太平洋に当たる部分を拡大した。広大な海があるべき場所のほとんどを、巨大な大陸が埋め尽くしていた。


「これは…ムー大陸?」


「その通りじゃ。わしが初期設定で設置したのじゃ」


「科学的に存在するはずがないんだったな。それで、設置した理由は?」


「まぁ、わしの趣味というのも理由の一つなんじゃが」


 質問を聞いたアナナキは、モニターを操作して一本の線を引いた。


「それは、赤道か?」


「そう、赤道じゃ。ムー大陸は赤道が通る場所に位置しておる。赤道に近い土地を増やしたかったのじゃ」


「なんでそんなに赤道にこだわるんだ?」


 アナナキがモニターを操作すると、自転する地球が現れた。


「赤道は惑星が自転するときに一番外側にくる点を結んだものじゃ。これは知っておるの?」


「ああ、一応知ってる」


「実は赤道上の地域は、惑星の自転による遠心力が一番強く働いて、重力が小さくなるという性質があるのじゃ」


 これでわかるじゃろ、といった表情でアナナキは説明を区切り、こちらを見つめてきた。


「んー…それで?」


「惑星内部からの重力の影響が弱い場所。つまり、NFAが強く効く場所なわけじゃ」


「魔法が強くなるってことか」


「それはどうか知らんが、何かしらの影響があるはずなんじゃ」


 アナナキはパンッと手を鳴らして、モニターにヨルドの世界地図を出した。


「さて、話を進めるかの。お主にはヨルドの世界に降り立って、文化や技術を体験してきてもらいたいのじゃ」


「それって、具体的には何するんだ」


「現地の人々と交流、生活、あるいは探索といったところかの」


「交流って、言葉はどうするんだ?俺らと一緒の言葉を話すわけないだろうし」


 エレツにはシステムに翻訳機能が搭載されている。この機能は、脳の言語野を読み取り、相手が話す言葉をリアルタイムで翻訳してくれる。


 相手の声そっくりに翻訳してくれるため、相手の人種は見た目以外では全くわからない。一応、言語が違う相手のときは頭上に何語かが表示されるのだが。


「大丈夫じゃ。シミュレーターからデータ収集して、翻訳できるようにデータベースに追加済みじゃ」


「…ん?そこまでできるなら、調査って何だ?」


「それはそれ、これはこれじゃ。現地調査と趣味は重要なのじゃ」


 思わずこぼれたであろう本音を隠すように、アナナキは咳払いをする。


「まあ、なんじゃ。現地からの配信もしてもらおうと思っておるんじゃ」


「あー、あれか。サバイバルとか中世の旅行とか」


「そうじゃ。お主には魔法の世界を配信して、NFAをバズらせてもらうのじゃ」


 アナナキは苦笑いを浮かべ、配信の設定画面を操作し始めた。


 ははぁ、NFAの認知が目的だったわけだな…。それにしても、魔法の世界、か…。これは100年ほど前に流行っていたらしい【異世界モノ】ってやつに当てはまりそうだ。となると…


「なあ、アナナキ。なんか特典もらえないのか?」


「んー…?なんじゃ…ああ、そういうことか」


「そう、そういうこと」


「それなら、お主自身が特典みたいなもんじゃな」


 訳の分からないことを言い始めた。なにかスキルでも持っていると言いたいのだろうか。


「お主自身がNFAによる産物じゃから、エレツに存在するだれよりも、さらにはヨルドの誰よりも、お主のNFA適正は高いはずじゃ」


「え、NFAって適正があるのか?」


「うむ。初見であの燃え盛るような炎を生み出せるのは、お主くらいのものじゃ」


 なんかやっちゃいました、ってことだったのか?


「マジで?俺は魔法使いなのか?30歳超えてないけど?」


「ワシの記憶をもっておるんじゃから、30は超えておるぞ…まあよい。お主はその自身の特性からして、自らの存在に手を加えることもできるはずじゃ」


「ん…?変身ってことか?……なあアナナキ。NFAを有効化して、そうだな…出力を6ぐらいに設定してくれるか?」


「よかろう、ちょっとまっておれ」


 NFAで生まれたから形が定まっていないってことか?だったら…


 ジェネレータのメニューを開いて、姿見を選んで出現させる。パッと目の前に等身大の鏡が現れ、19歳のフツメンが映し出された。


「この19歳男子の姿が…いつものアレに…?」


「うむ、できたぞ。何をするのか大体見当がつくがのう…」


 ムズムズと胸の内が湧き上がるのを感じ取り、NFAが有効化したことを実感した。じっと鏡を見ながら、自分自身にミリアムの姿を重ね、トランスフォームする様を脳裏に強く思い描いていく。


 にわかに視界が白みはじめ、鏡の中のフツメンも光に覆われていく。


「おっ…これは…」


 光が収まると、鏡の中に見慣れた黒髪美少女が立っていた。正確には、ディアスポラで見慣れた、であるが。


「マジで出来ちゃった…、って」


 声もちゃんと変わってるぞ…!


「うーん、尊いのう。うむ」


「ゲームでは散々受肉してきた体のはずなんだが…慣れないな」


 妙なぎこち悪さを感じ、元の姿に戻した。もったいない気もするが、変身できるのが確認出来ただけでもよしとしよう。これは一つの大きな強みだな。


「さて、そろそろ予約した配信の時間なんじゃが」


「はぁ?勝手に予約してたのか!?」


「そうじゃ。さっき設定してるのが見えたはずじゃが?」


「確かに…配信メニューは見えてたな」


 アナナキがおもむろに手を叩く。すると虚空から、【ムー大陸のどこか】とプレートのついた木製のドアが現れた。


「さあ、ゆくがよい」


「え、ちょっと待てや。どこかって」


「どこかって、どこかじゃよ。人目がないどこかに出るようになっておる」


「…まあ、いいか」


 おそらく決まっているのだろうが、答えてくれないだろうし、聞き出してもあまり意味がないだいろう。


「ドアをくぐって5分後に映像が配信され始めるからの。カメラはお主にしか見えない妖精が担当する段取りじゃ。ドアの先に準備しておる」


「なるほど、わかった。じゃ、行ってきます」


 ガチャリとドアノブをひねり、押し開いた。



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マジックストリーマー~魔法に進歩した地球を理不尽魔力で配信する~ 久国嵯附 @anatsuki

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