66.強敵現る!
乗り込んで扉が閉まれば早々に馬車は動き出した。
すんすんすんすん。
くんくんくんくん。
すんすんすんすん。
すん?
「どうした、セイディ?気分が悪いか?」
膝に抱えられたセイディは、扉が閉まってすぐにジェラルドにヴェールを取って貰った。
それから懸命に鼻を吸っている。
泣いているようではないけれど、ならば身体に異常が起きているのか。
今になって慣れぬことの疲れが出たか。
心配になったジェラルドはセイディを横向きに抱き直して、その顔をよく見えるようにした。
抱えられることに慣れているセイディは、自然にジェラルドを見上げ。
その顔色が悪くなかったことに安堵したジェラルドは優しくセイディを見詰め返す。
「おはなはかおりちがいます」
「ん?」
脈絡のない突然の切り出し方はとても子どもらしく、ジェラルドは番がより愛おしくなった。
自然頬は綻ぶが、そんなジェラルドに向けてセイディは懸命に説明する。
「くさもかおりちがいます。ぴーまんのかおりはすきではありません」
今日この馬車の中でピーマンの話だと?
「そ、そうだな、草花はそれぞれに香りが違う」
ピーマンはそれほど憎き敵だったか。
もういっそこの世から排除してやるか?
勇者らしく剣を持ってピーマン畑を薙ぎ払って見せるか?
動揺したジェラルドは、つい先ほどまで人間の敵が目のまえにいたことを忘れ、強敵に立ち向かいそうになっていた。
「はいっ!だからうそつきさんもかおりちがいますか?」
ジェラルドの目が大きく開く。
今しがた忘れ掛けた存在が、敵の中でも位を上げた。
「嘘吐きさんの香りがしたのか?」
おい、聞いたな。
ついに尻尾が出たぞ。
ジェラルドは内心を悟られぬよう十分に気を付けながら、セイディに改めて確認した。
されどセイディは首を傾げる。
すんすんすんすん。くんくんくんくん。
嘘吐きさんとは誰か。
それが正しくセイディの記憶の中のその相手なら、ここでセイディが怯えを見せなかったこともまた大きな成長と言えるだろう。
本当によく心を取り戻してくれた。
そしてよく成長した。
ありがとう、セイディ。
感慨深く、セイディが手中にあることのすべてに感謝していたジェラルドであったが、なお動きを止めたセイディの様子を心配そうに窺っていた。
記憶を辿っていたのなら、嫌なことを思い出してしまったかもしれないと憂いたからだ。
だがセイディはいたって冷静だった。
「ないないです。かおりはどこですか?」
すんすんと息を吸って、はぁーっと息を吐いて、セイディは不思議だと首を捻った。
香りがずっとは残らないことも、遠く離れれば嗅げなくなることも、セイディはたった今学ぶ。
草花の香りはよく嗅いできたけれど、その残り香を追い掛けて遊んだことはなかったから。
ジェラルドはふっと息を吐いて、それから笑った。
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