第13話 幼少期編13 奴隷

 ルディとの衝撃的な出会いから数日。

 僕は再び街に繰り出していた。

 目深にフードを被っていても、照りつけてくる日差しは目に毒だった。

 僕は眠気まなこを擦って、欠伸をする。


 「坊ちゃん? 寝不足かなんかか?」

 「あー、はい。そんな感じです」


 声をかけてきたのは髭面のおっさん、バルザークである。街に出かけるのに、貴族の子息が護衛なしというのはありえない。もっとも、悪魔付き扱いされてる僕も同じ扱いでいいのかはよくわからないんだけど。

 大方、過保護なコルネリアの指示なんだろうなと思う。


 「坊ちゃん、睡眠は重要だ。しっかりとな」

 「うー、気をつけます」


 バルザークの小言に生返事をする。

 仕方ないじゃない。だって、あれからルディは来るんだから。


 自分で言うのもなんだが、僕はかなり忙しい。朝早くから近衛軍に混じって訓練をして、午後は魔術に教養の勉強である。日中に暇な時間はない。

 となれば、ルディとの時間はいつになるか。それは夜である。

 連日の睡眠不足は、このルディとの精霊術の訓練によるものだった。

 まあ、僕も精霊術という新しい知識に触れてテンション高くなってしまってる面もあるんだけど。


 「坊ちゃん、あそこだ」

 

 雑踏を進む、僕はバルザークの言葉に顔をあげた。彼の指が指していたのは一際に立派な建物である。高級感漂うお店。それを見て僕は自身の目的を思い返した。


 僕は今日、奴隷を買いに来たのだ。






 「いらっしゃいませ、グレイズラッド・ノルザンディ様」


 出迎えたのは中年の男だった。身なりはしっかりとしているが、ふくよかなお腹の出っ張りは隠せていない。

 第一印象は胡散臭い男、あるいは悪そうな男という感じである。


 「お出迎えありがとうございます」

 「これはこれは、ご丁寧に。私はドーベルド・フランケンと申します。気軽にドーベルドとお呼びください」


 胡散臭い笑みを浮かべながら、ドーベルドが手揉みをする。

 すごい。めっちゃ悪徳商人って感じだ。

 でも、奴隷を扱ってるなら悪徳商人で間違いないのかな? しかし、この国では奴隷は合法っていうし……。


 「辺境伯夫人より、お話は伺っております。同年代の側仕えを御所望だとか」

 「そうですね」

 「他ならぬノルザンディ家からのご依頼ですから、当商会の総力を以ってご用意致しました。存分にお選びいただければ幸いです」

 「……」


 ここにきて、僕は疑問に思った。この男は僕の目が気にならないのだろうか?

 自分でも忘れそうになるが、僕は忌み子あるいは悪魔付きと呼ばれる存在だ。金色の目の伝承は平民にも広く伝わっていると聞く。商人である彼がその話を知らないはずがないのだ。僕はフードを被ったまま、彼に目線を向ける。

 彼はにこりと口端を釣り上げると。


 「目のことをお気にされてるのでしたら、大丈夫、とだけ言っておきましょう」

 「……そうですか」


 どうやら、話は通してあるらしい。

 偏見がないのか。あるいは、商売となれば関係ないのか。その真意はわからない。

 だが、気にしないというなら、僕も気にするのをやめよう。

 僕はフードを外した。


 「では参りましょうか」


 ドーベルドに商会の奥へと連れられる。一際大きな扉を開けた先には何人もの人間がいた。その全てが僕と同年代くらいの男女だった。

 首には無骨なデザインの首輪が取り付けられており、まさしく奴隷のような風貌である。

 唯一想像と違ったのは彼らの身なりは非常に綺麗なことだろうか。前世での奴隷に対する印象が先行していたため、少しばかり面食らう。


 「如何でしょうか? 算術や武術、マナーなど。あらゆる教養を教え込んだ一品級の奴隷たちでございます」


 ドーベルドの言葉を聞きながら、僕は彼らに目を向けた。

 確かに、身なりはよく、上品な印象を受ける。奴隷にとっては顔も重要だ。男、女問わず、顔だちにも気品があった。


 一目見たならば、とても彼らは奴隷には見えない。

 いいところの坊ちゃん、あるいはお嬢様に見えるだろう。


 だけど。

 ああ、なるほど。彼らはやはり奴隷なのだ。


 彼らの目、そこにはなんの光もない。

 汚泥のような澱んだ目だ。そこから読み取れる感情は諦観、ただそれのみ。


 ……奴隷、という言葉を甘く見ていた。

 彼らは人として扱われない。どんなに身なりよく着飾ろうと、彼らは平民にすら劣る存在として扱われるのだ。


 「……」


 この世界において奴隷は当たり前の存在だ。

 だから、今の僕の心に湧き上がるこの感情は前世の記憶による弊害だ。


 奴隷という存在に対する嫌悪。前世の常識を今世に持ち出すのはどうかと思うが、感じてしまうものは致し方ないことだと思う。だけど、彼らを見た僕は嫌悪よりも先にした。僕が彼らの立場でないということに対する安心感。

 偽善のような感情の矛盾に嫌気がさす。力ない子供の僕にとって、この感情はただの我儘だ。


 僕は思考をやめて彼らを見渡した。

 僕の目に射抜かれて、彼らは分かりやすくも動揺した。それは恐れだ。怯えるように彼らは一様に僕の目を見る。


 母の側仕えメイシア以外のメイド達も僕を見ると似たような反応を示す。忘れがちであるが、やはり僕の目は嫌悪と恐れの対象なのだろう。

 彼らから発せられるのような光を見ながら、僕は肩を竦めた。

 

 彼らへの興味はとうに失せてしまった。やはり自身に向けられる感情の変化によって簡単に変わるのだ。僕の心はそう高尚なものではない。


 「……お気に召しませんかな?」


 ドーベルドが僕の様子を見て声をかけてきた。僕は「そうですね」と返事をしようとして、口籠もった。

 例の如く空を飛んでいたスイとアイがやけに騒がしかったからだ。

 僕の方に近づいてきては、何やら床の方に光をさしている。


 (ここは商会の一階。ということは地下に何かあるのだろうか?)


 ドーベルドの方を見ると驚いたように目を見開いていた。

 どうやら心の声が表に出ていたらしい。

 そして反応的に地下に何かあるのは確定のようだ。

 ドーベルドは仕方ないとでもいうように肩を竦めた。


 「ふむ、やはり金眼の所持者は何かと数奇な運命を辿るのかもしれませんな」


 案内します、そう言ったドーベルドの顔を見て僕は思った。なんか厄介ごとの予感がする、と。




 案内されたのはやはり地下だった。

 先程の階と違ってどこか湿っぽい空気だ。

 かといって汚いというわけでもなく、一通り清潔にしているのは見てわかった。

 異質に思ったのはそのセキュリティの強固さだろうか。

 南京錠のような見た目をした巨大な金属の鍵がついた扉を2つ。それを通り抜けた先では、さらに武器を持った門番までも地下の警備を行なっていた。

 あまりにも物々しい。奴隷の逃亡を防ぐための設備なのだろうか?

 

 「ここは少しばかり曰く付きの奴隷を扱う場所です」

 「曰く付きの」

 「ええ。扱いに困る奴隷というのも中にはいるんですよ」


 ドーベルドの言葉に促された僕は、鉄格子の先にいる存在を見て目を見開いた。


 そこにいたのは純白の幼い少女だった。彼女は鉄格子の部屋の隅で蹲るように座っていた。

 先ほど見た奴隷とは異なり、服はボロボロで、顔は煤けている。とても綺麗とは言い難い様相である。

 しかし、それを差し引いても、彼女は美しかった。アールヴたるルディの美しさも人外の如きものであったが、目の前の少女もそれに負けていない。将来はルディに比肩する美しさとなるだろう。ここまで美しい少女を短期間に2人も見ることになるとは思っていなかった僕は、その容貌に対してもひどく驚いた。

 だが、僕の目線は彼女の顔の上、そこに固定されていた。それは彼女の美しさに勝るとも劣らない衝撃的なものがそこにあったからだ。

 それは――獣の耳であった。

 ツンと尖った真っ白な獣の耳。形を鑑みるに、おそらく犬か狐に属する耳だと思う。

 よく見れば、彼女のスカートのような衣類からは、真っ白な尻尾が飛び出ていた。


 「獣人族……?」


 この世界には、人間以外の種族が数多く存在する。

 その中には、半分が獣、半分が人間、という種族も存在した。それが、獣人族である。

 目の前の少女はかなり人間に近い獣人族のようである。世界が世界ならば、獣耳のコスプレと言われても仕方のない姿だった。

 ドーベルドは彼女を見て、痛ましいそうな顔をした。


 「彼女は獣人族です。それも、白い毛の一族であるなら、おそらく獣人族の中でも名のある血族に連なる者だと思われます」

 「……」 

 

 その言葉に僕は反応できなかった。

 名のある血族の獣人族がなぜこんなところにいるのだろうか?


 「彼女はとある犯罪組織から救い出された子です。年齢故か、あるいは他の理由があったのかはわかりませんが、彼女は丁寧に扱われていたようで、体に傷などはありません。ただ……」


 僕は彼女の姿に息をのむ。目に光はなく、汚泥のように澱んでいる。しかし、そこには確かな感情が見えた。それは絞り出すような憎悪の気配。銀色の瞳はこの世の全てを恨む、怨嗟の炎に燃えていた。

 どんな経験をすればこのような目をすることになるのか。僕には全くの検討も付かなかった。


 「……この国は獣人族との国交がないため、返還することも難しい。かと言って、人間種に比べて獣人族は軽んじられるため、下手に手放すこともできない。一商人には手に余る存在なのです」

 「……だから、僕に――いやノルザンディ家に引き取ってもらいたい、と?」

 「ええ。どうも、あなたは他の貴族とは違うようですしね」


 ドーベルドの言葉に僕は眉を顰めた。そこまで自分が買われるようなことをした記憶はないが……。

 

 「それで、どうでしょうか? この子は?」


 僕の視線に、しかしドーベルドは素知らぬ顔で問いかけてきた。

 どうでしょうか、と言われても、というのが正直な感想である。

 僕は彼女に向き直った。相変わらず彼女の目は憎悪の光に塗れていた。人間に対する明確な敵意である。

 今も睥睨するように僕とドーベルド、そしてバルザークを睨みつけていた。


 流石にここまで明確な敵意を向けられると怖気つく。奴隷とはいえ、主人を害さないとも限らない。ならばもっと従順な奴隷を購入する方がよほどいいだろう。


 この子は僕の手に余る、そう言おうとして動きを止めた。

 スイとアイがそーっと彼女に近づいていったからだ。青と緑の大きな光が彼女に近づいて。

 そして、獣の少女が訝しげにスイとアイに

 まさか。


 「見えているのか?」


 思わず問いかけた僕に、少女がこちらを向いた。しかし、すぐに、スイとアイの方向へと目を向ける。その所作は明らかに2人?を認識しているように見える。


 「……気が変わった」

 

 僕はドーベルドに話しかけた。


 「僕を檻に入れてくれませんか?」

 

 その言葉にドーベルドはひどく驚いたらしい。焦るように僕に忠告をしてくる。


 「危険ですよ。この子は小さいとはいえ、獣人族です。人の子よりよっぽど力があります」

 「大丈夫です。同世代の女の子に負けるほどやわな鍛え方をしていません」


 僕はバルザークに視線を向ける。彼は察したように小さくため息をつくと、腕を組んで壁に寄りかかった。好きにしろ、ということらしい。


 「……しかし!」

 「大丈夫です」


 言っても詮無いと悟ったドーベルドは、「知りませんからね」と言いながら静かに檻を開いた。僕が中に入ると、再び檻を閉じる。


 僕が少女に近づくと彼女はひどく困惑した顔をした。そして静かに口を開いた。


 「……あなたは、なんなのですか?」

 

 少し舌った足らずではあったが、想像よりもずっと丁寧な言葉が発せられて、僕は少し驚いた。どうやら、育ちがいいのは本当らしい。


 「僕はグレイズラッドって言うんだ。君の名前は?」

 「……」


 しかし、彼女の返答は言葉ではなかった。


 獣人の少女は睨みつけるように僕を見ると。

 瞬時に僕との距離を詰めてきた。その目に映るのは殺意という感情。

 詰め寄る速さは子供とは思えないほどに早い。獣人族ゆえの身体能力の高さ、それが為せる技だろう。

 だけど、あまりにも――直線的すぎる。


 「っ!」

 

 少女が驚きに目を見開くのを僕は見た。彼女の体が宙を舞う。

 何をしたか。

 端的に言えば、僕は迫る少女を半身で受け流して、そのまま足を払ったのである。

 2年もの間、近衛の兵士たち相手に培ってきた体の動きである。いいとこのお嬢様だと思われる少女に、僕が負ける道理はない。

 バランスを崩した彼女は背後から倒れそうになる。僕は彼女が怪我をしないように優しく抱き止めると、獣人族の少女が目を白黒させた。背中にかかるはずの衝撃が無くて動揺したらしい。


 「……えっと、大丈夫?」

 「……」


 少し躊躇いながら僕が聞くも、彼女からの返答はなかった。不機嫌そうにそっぽを向くあたり、年相応な感じがして苦笑する。

 彼女は抵抗するのを諦めたらしい。先ほどのように攻撃してくるそぶりを見せない。僕はゆっくりと彼女を地面に下ろしてやった。

 改めて近くで彼女を見ると本当に綺麗な子だな、と思った。しばらくの間、体を清めていないからか、少し獣のような臭いがするが、それはご愛嬌だ。なんなら一部のマニアには喜ばれるまである。

 

 スイとアイが纏わりつくように彼女の周りをクルクルと回る。どうやらこの二人はこの獣人の少女のことが気に入ったようだった。獣人族の少女が居心地悪そうにしている。

 やはり、この少女にはスイとアイの存在が認識できているらしい。

 

 (それに、彼女はがある)


 僕は彼女の体内から発せられる眩いほどの白色の光をみながら、僕はドーベルドに話しかけた。


 「ドーベルドさん、この子にします」

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