第12話 幼少期編12 精霊術

 「精霊術ってさあ。求められる魔力の質が高いんだよね。こういうの根源に近いっていうんだけど……わかる?」

 「わからんね。聞いたこともない」

 「ええ! 人間ってやっぱり遅れてるのかなあ。魔力に関しての知識がなってないよ!」


 そう言って頬を膨らませているのは、神のごとき造形美を持つアールヴの少女――ルディである。

 

 「さっきも言ったけど、人間の魔力って質が悪いんだ。根源から遠い存在だからね。だから人間には精霊術は使えないの。人間はどうにかして、自分達の魔力を使うために魔術を生み出したんだよ」

 「……つまり、魔術は質の悪い魔力で、精霊術に似た力を使うための技術ってことか」

 「そゆこと! だから威力も低いし、余計な陣を多く使うの。だから、効率もそこまでよくない」


 捲し立てるように説明する彼女の言葉は、僕の中の魔術の常識を壊すような内容だった。

 噛み砕いて説明をすれば、魔術というのは精霊術の下位互換、つまりデチューンしたような学問っていうことなのだろう。正直ちょっとショックだ。


 「グー君は属性の問題もあるんだけど、魔力の質がぼくとか精霊にんだよね。だから、魔術の陣がグー君の魔力に耐えられずに自壊しちゃうの」

 「……ガソリンとハイオクみたいなものか」

 「がそりん? なにそれ?」

 「いや、なんでもない」


 コホン、と僕は咳払いする。


 「んで。根源っていうのは?」

 「んーと。根源はねえ。ぼくもよくわからないんだけどねえ」


 うーんとルディが唸る。困り顔も可愛いんだから、美少女っていうのは本当に得だなと思う。


 「全ての魔力の元、って言えばいいのかなあ? 精霊は根源にとても近い存在なんだ。ぼくみたいなアールヴも人間に比べればずーっと根源に近いの」

 「うーむ、よくわからないけど、わかったような、なんというか……」

 「あはははは! ぼくも感覚的なものなんだよねえ。たぶん龍とかも根源に近い存在なんだと思う」

 「うーん、じゃあエルフとかは?」 


 彼女に見た目の似ているエルフも根源に近い存在なのだろうか?

 しかし、僕の疑問にルディは首を振った。


 「エルフは人に近い存在だからねえ。根源からは程遠い存在だよ。たまに精霊術が使える子もいるみたいだけど、すっごく稀だね!」

 「ふーん? てっきり、親戚みたいなものなのかなって思ってたけど」

 「うーん。存在としてはかなり遠いと思うよ? それに、正直ぼく、エルフ苦手なんだよねえ。やたらとぼくらを神聖視してくるし、偏屈だしー」


 ルディはうへえっと嫌そうな顔をする。なにか嫌なことでもあったのだろうか。


 「まあ、話を戻すとね。グー君はなぜか人間なのにぼくらに近い魔力の質を持っているから、精霊術との相性はいいと思うの。でもグー君の属性がわからないから、とりあえず精霊の力を借りてやってみよう!」


 ワクワクとしながら手を突き出すルディ。それに釣られて「おー」と僕も手を突き上げた。

 

 「えっと、精霊の力、だよね?」

 「うん。この辺りにいる光たちが精霊だよ。君の近くにいる大きい子たちも精霊!」

 「じゃあ、スイ、アイ。力を貸してくれる?」


 僕がそう言うと、二人がもちろん! とでも言うように明滅した。


 「じゃあ、僕はこの子たちの力を借りるから……って、ルディ? どうかした?」


 なぜかルディが唖然とした顔をしている。何か驚くことでもあったのだろうか。


 「ルディ?」

 「……! あ、ごめ。えっと、そのスイとアイって?」

 「ん? この子たちの名前、だけど?」


 僕の言葉にスイとアイがくるくると僕の周りを回る。そうだよーとでも言ってるのだろうか?

 呆然としたルディは、ハッとなったように首を振る。そして、少し真剣な表情になった。


 「グー君。精霊の名付けがどれほど大変なことかわかる?」

 「? えっと……大変なことなの?」

 「うん……。まあ、精霊の存在も知らなかったならわかるわけないよね……」


 呆れたようにルディはそう言う。


 「えっとね。精霊の名付けって命に関わるのよ」

 「え」

 「名付けによって精霊は魔力を得るの。でね、その魔力は名付けた存在から供給されるんだ」

 「ん? えっと、つまり?」

 「精霊の名付けに使う魔力は人間の魔力量では到底補えない」


 だから、とルディは続けた。


 「普通は人間が精霊に名付けすると、存在が消し飛ぶのよ」


 …………。

 ん?


 「……えっと? 僕は生きてるけど?」

 「だからグー君はおかしいのよ! 面白い人間だなあって思ってたけど……グー君本当に人間なの?」

 「正真正銘の人間だよ!」


 訝しげな視線を向けてくるルディに僕は反論する。

 そもそも、人間が名前つけるだけで消し飛ぶ、とか言われても現実味がなくてよくわからない。僕自身もこうして生きているわけだし。


 「本来なら、精霊の名付けなんて龍とか大精霊とか、根源に近い存在の中でも特に力のある者が行えるはずなんだけどなあ。ぼくでも結構慎重にやるんだよ? 名付けって」

 「そ、そうなんだ?」


 と言われましても。やってなんともないなら問題ないのでは? と思わなくはない。

 なんとなく自分の手を開いたり閉じたりしてみる。でも、これといった不調もなにもない。

 実感がないものをすごいと言われてもいまいちよくわからない。


 「うーん……? 不思議だなあ、グー君は」

 「と、言われてもねえ」


 右往左往しながら僕を覗き見るルディ。

 でもすぐに飽きたのか、「まぁいいか!」と肩をすくめた。

 いいのか。よくわからないけど。ルディがいいなら、いいか……。


 「じゃあ、グー君、一緒に精霊術やってみよう!」





 「精霊術もね。発動方法はほとんど魔術と一緒なんだ。違うのは精霊の魔力を借りるか、あるいはそれに近い魔力を使う必要があるってところなの」

 

 ルディは僕、そしてスイ、アイに目を向ける。

 

 「グー君の仲良しの子は水と風の精霊だから、今回は風の精霊術を見せてあげるね」


 そう言いながら、ルディは虚空に向かって声をかけた。


 「――エアル、ちょっと力を貸して欲しいな」


 ルディの言葉が終わるのと同時、突如突風が部屋の中に吹き荒れた。

 闇夜の風の音がいっそう大きくなる。風に煽られて屋敷全体が揺れるのを感じた。

 感じるのは巨大な重圧。息苦しくなるほどの圧力が、部屋の中を満たした。

 そして僕は見た。小さな緑の小人のような存在を。迸る光の強さは月をも凌駕して、その圧に体が震えるのを感じた。


 「じゃあ、見ててね」


 そんな中、ルディは重圧をものともせずに軽くそう言うと。


 【inquam.Magnum affer nobis ventum originem.】

 

 聞いたこともない言語が彼女の口から流れた。


 【Ventus, ventus, ventus a fonte.】

 

 それはまるで歌うように。僕には単なる音の羅列にしか聞こえない。されどその言葉には確かな意味がある。


 ハッとして外を見れば、はるか空の彼方に。月を覆い尽くすかのような巨大な光の束が見える。

 それは魔術を使う際に現れるあの幾何学模様に似ていた。

 しかし、その大きさと描かれた模様の複雑さは、かの陣とは比べ物にならない。

 

 【Ventus qui regit caelum】


 陣から発せられる緑色の光はその強さを増していく。それは臨界点に達するが如く眩く光り輝く。

 そして僕は気づいた。月の光が消えたことに。

 いつの間にか空を巨大な雲が覆っていた。月も星々も、その全てが暗雲へと飲み込まれる。

 ただ奇怪に輝く緑の光だけが、世界を照らし。

 そして。


 【Habeo omnes potestates in manibus meis――Ventus spiritus, rege tempestatem!】


 ルディの歌うような美声と共に――全ての雲が消し飛んだ。

 真っ暗な世界が月に照らされて元に戻る。星々の煌めきは先ほどよりも強い。


 「どう? 精霊術ってすごいでしょ?」


 楽しそうにそう言うルディに対して僕は反応できなかった。

 ただ呆然と、空を眺めて。

 それはあの母に初めて魔法を見せてもらったあの時以上の衝撃だった。


 スイが楽しそうに部屋中を駆け巡る。

 風の精霊術に呼応したかのように、今までにないくらいにはしゃぎまわっていた。


 それを横目に僕は思ったのだった。


 精霊術、やばくない?、と。

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