第21話
フィーリスの浄化はとても美しかった。
数多の光の粒が宙を舞い、双子のフィーリスの体が淡く光り続ける。
星を散らした翼を高く高く広げ、羽の一本一本から地面へと光の雫が降り注ぐ。
雫の落ちたところから地面が波打ち、輝く波紋となって内から外へ過ぎ去って行った。
ほんの数秒、一分にも満たない、短い奇跡のような時間だった。だがその短い間に見た光景は、一生忘れることのできないであろう時間であった。
「おーい、スイ? 大丈夫か?」
ヒラヒラと顔の前で振られた手のひらに気づき、スイはビクッと体をこわばらせた。
「え、あ……。カルラ?」
「何だよ、全っ然動かねぇから心配しただろー」
いつの間にか目の前にしゃがんでいたカルラが呆れたように頬杖をついた。その横ではルトアも心配そうにスイの顔を見ている。
「ご、ごめん。大丈夫。なんて言うかその、綺麗すぎて驚いただけ……」
しゃがんでいる二人と同じ視線にいることに気づき、自分が座り込んでいたことをようやく認識する。
まだボーッとする頭で自分の足元を見つめていると、ルトアが手を伸ばしてきた。寒さで冷たくなった指先がほんの少し頬に触れる。
「本当に驚いただけですか? 具合が悪いとかはないですか?」
「うん、大丈夫。心配かけてごめん」
スイが眉を下げながら笑顔を作ると、ルトアは優しく微笑み、その手をスイの頭の上に軽くのせた。
ポンポンと労わるように撫でられる。
小さい頃、まだ両親がいた頃。こんなふうに頭を撫でてもらったことあったな……。
急に懐かしくなってゆっくりと目を閉じる。ルトアの手の重みがとても暖かく感じた。
「ま、平気ならそれでいいけどよ。浄化も終わったことだし、このデカブツの後処理でもしてさっさと帰ろーぜ」
カルラが振り向きざまに親指を巨大苔ウサギに示す。その時スイはカルラの背中の翼がなくなっていることに目を見開いた。
「カルラ、翼は? ルトアも……さっきの翼はどうしたんだ?」
慌てて立ち上がり二人の背中を確認するも、やはり翼などどこにもない。
まさか夢? そんなはずない。確かにこの目で見たんだ。でも突然現れたのだから消えるのも突然ということなのだろうか?
クアンに似たあの美しい羽をもう一度見たくて、スイはカルラとルトアの背中に手をかざしたが、そこには何もなかった。目に見えないだけでそこにある、とかではなかった。
「翼ですか? あれは普段は邪魔になるのでしまってあるんですが、見たいのですか?」
ルトアが不思議そうにしながらにこりと笑う。
「え! 見せてくれるのか!?」
「もちろんいいですよ。ほら、カルラも一緒に」
「ええー? めんどくさ……」
カルラは文句を言いながらもルトアと一緒に翼を出してくれた。バサッと羽ばたくように出現し、静かにたたまれる。さすが双子と言うべきか、まったく同じタイミングと動きだった。
先程と違うのは光の粒が出て来なかったことくらいで、夜空に浮かぶ星のように煌めく羽は何度見てもため息が出るほどに美しい。
「……本当に、クアンの羽にそっくりだ」
間近で見るとより一層同じに見える。色が違うだけで、角度を変えるとまばゆく光る美しさは、もう二度と見ることができないと思っていたクアンのものと同じと言っても過言ではなかった。
スイの呟きを聞いたカルラが眉を顰める。
「クアン? 誰だそれ」
「ああ、クアンっていうのは俺が昔拾った鳥の名前なんだけど、クアンも二人とそっくりな羽を持ってたんだ。……盗人に攫われちゃったからもう逢えないけど、俺の家族みたいな存在だよ」
スイがクアンについて説明すると、カルラとルトアは神妙な面持ちでお互いの顔を見合った。その様子にスイが戸惑っていると、真剣な表情でルトアが口を開く。
「スイ。その鳥というのは、脚に銀色の小さな指輪のようなものを嵌めていませんでしたか?」
「うん、嵌めてたけど……クアンのこと何か知ってるのか?」
「……いえ、そういう鳥がいるという話を聞いたことがあったので。スイはその鳥をどこで拾ったのですか?」
わずかに言い淀んだルトアだったが、すぐにいつもの柔らかい笑顔を見せる。
スイは少し気になりつつ、ひとまず今は言及しないことにした。今言えないのならばそれ相応の理由があるのだろう。
「俺が住んでた村の近くにある森の中で拾ったんだ。すごくぐったりしてて最初死んでるのかと思ったんだけど、元気になってからは病気ひとつしなかったよ」
「そうですか……」
ルトアは考え込むように視線を落とし、パッと顔を上げる。
「ありがとうございます。それではスイの初仕事で仕留めた獲物の採取をしましょうか」
ルトアは微笑みを携えながらスイを促す。口調は柔らかいが、この話はこれでお終いだと有無を言わさぬ雰囲気を感じ取った。
やっぱり今は言えない何かがあるのだろう。
今は言及しないと決めたばかりだったので、スイはルトアの提案に素直に従うことにした。いつか話してくれる日が来ると信じて、聞きたい気持ちを押し込める。
仕留めた獲物、巨大苔ウサギの採取をするにあたり大きな問題があった。単純に、この巨体を解体するだけの人手が足りなかったのだ。
チラリと後ろを見やると、遠くの草原の上でくつろぐ双子の姿があり、スイはダメ元で再び同じ質問を投げかける。
「なぁー、本当にこれ俺一人でやるのかー?」
「応援してますよー」
「さっさとしろー」
てっきり三人で作業するものかと思っていたのだが、蓋を開けてみればスイ一人でやることになっていた。早々に見学を申し出た二人は、草原をかき分けて座る場所をしっかりと確保し、これから始まるショーを楽しみにする観客のごとくのんびりとしている。
たとえ三人いたとしても結局のところ手は足りない。でも三人と一人では作業効率と作業限界に雲泥の差が生まれるのも事実で、なんだか微妙に裏切られた気分になりながらもスイは腰の短剣を鞘から抜いた。
……魔物、なんだよな。
今まで散々狩りをしてきた。苔ウサギも当然そこに含まれる。日々の糧に、主に食料として獲ってきた。苔ウサギは肉に価値があるのだ。それがいきなり魔物だと知らされた時の気持ちは何と言えばいいのか……。正直うまく言葉にできない。
ショックと言えばショックなのだろうか。だけどそれは何に対して? 魔物と知らずに食べていたから?
たぶん違う。
魔物は危険な生き物だと教えられてきたけど、苔ウサギが魔物なのだとしたら……その教え自体が嘘のように思えてくることに、これまで信じてきたことが崩れ行くことにショックを受けているのか?
新しいことを知るたびに生まれる高揚感とは別に、あらゆることに対して不信感も生まれている気がする。
俺が常識だと思っていたことはどこまでが正しいのかわからない。俺は外の世界を知らなさすぎることを二人と出逢ってから痛感してばかりだ。
考え事をしながら黙々と解体作業を続ける。胴体は大きすぎるし内臓の処理が大変だから置いて行くことにした。肉を剥ぎ取りやすそうな脚や腕を捌いていく。これだけでも十分な収穫だろう。
買ってもらった短剣は恐ろしくよく切れる。扱いには十分に注意しなくてはならないが、いくら切っても刀身の光は鈍ることがない。
そうだとしても一人でやるには骨が折れる……。
どんどん増えていく肉の塊を前に、そういえばとスイは手を止めた。
「ルトアー、カルラー。この肉って二人のポーチに入れてもらうことってできるかなー?」
二人がいるほうを見るとカルラは思いっきり寝ており、ルトアが返事をしてくれた。
「いいですけど、時々なくなるかもしれませんよー」
「え?」
時々なくなる?
「グルートンが食べちゃうかもしれないのでー」
ポーチに棲みついている妖精、グルートン。何でも出し入れ可能なのはその胃袋の不思議構造によるもので、万能かと思っていたけどそうでもないらしい。
つまり食材はなくなるかもしれない前提で入れることになるのか……。
でもこの量の肉を抱えて下山できるわけもなく、スイは一か八かでポーチに入れてもらうしかなかった。
こんなに苦労して採取した肉が全部なくなってたら失神するかもしれない、と解体作業でクタクタになった体を引きずって山を降りた。
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