不健全なことをしているが、そのうえで私のことを100%愛してください
@jack_frost_1011
第1話
「絵を持って来たんですけど。」「はい?」
芸術に興味がある、みたいなのは殆どの場合は社交辞令で、実際に何かを表現してる人に会うことは稀なのだが、彼女は例外的に実際に油絵を描いていると話していた。ネットに自分が書いた絵を展示してるけど売れたことはないと言い、私も名もなき人から絵を買うような物好きは居ないだろうねと話した気がする。
確かに実物を見たら買っても良いかもと前回話したわけだが、本当に持ってくるとは思っていなかった。海をモチーフにしたその絵は、素人目にもここまで仕上げるのは大変だったろうというもので、彼女の絵の最初の客になるならそれも良いかなって思って言い値で買った。
「引越しのためにお金が要るんです。」
彼女は地方から数か月前に東京に出てきたそうだったが、最初に住んだ物件のセキュリティの問題で引っ越ししたいらしい。地方から出てきていきなり23区に住むのも無謀だろうと思ったが、いちおうそれらしい説明だったのでそこは深くは突っ込まないことにした。後日うちで使わない家電をあげることになった。
「今、近くまで来ました。」
前回色々とニアミスがあったことと彼女の地方遠征で久しぶりの会う約束だった。土曜日の大学の社会人公開講座の授業中に電話が鳴った。こちらはまだ聴講中なんですけど。到着が早すぎるだろ、と思いながら大学近くで暇を潰してもらうように伝えた。
「クラシックコンサートに行ってみたいです。」
彼女が自分から行き先を提案してきたのは初めてのことだった。自分もクラシックコンサートとか興味はあるものの行く機会も無かったので、何事も試してみるのも良いかもと思った。近くの書店で美術本などを見ながら散歩した。唐突に「大事にして欲しい。」と言われたのが頭から離れなかった。
20年以上、創作ということをせいぜい模型や動画作成くらいしかしたこともなく、仕事と子育てくらいしかやってなかった自分のような人間からすると。休みの予定を必死に何かのイベントで予定を埋めて、常に新しいことを探そうとして、いろんな人たちと貪欲に出会い続けて社会人になっても全力で遊んで自分を表現をしている人は、ずいぶんと価値観や優先順位が違うものだなと関心するところがあった。そのエネルギーは本来は仕事や子育てとかに使われるべき体力なんじゃないのって思ったがそれは口にしなかった。
彼女の行動は破天荒で時に理解が難いものがあった。興味があることを手当たり次第やってる感じでとにかく一人でいるのが嫌なんだろう。年齢の割になかなかそんな出来事はないだろうと言うような壮絶な体験談がぼろぼろ出てきて人生2周目なのだろうかと思う一方で、いわゆる思春期に反抗期を経て親からの愛情を確認しながら成長したという体験がおそらくない。結果的に自分の存在を大切だと認識できないまま、普通は躊躇するような行動をいとも簡単にしてしまうらしい。例えば自分の生命の価値がとても低く問題が起きたら最悪自殺したら良いとか言う。そういうのは辞めてくれって伝えた。
自分を大事にするには自分に価値があると心から思えなければいけないのかもしれない。ちやほやされているように見えるが実は自己評価がとても低いのではないか。コスプレ・DJ・配信・アイドル活動、そういうのを通じて承認欲求や金銭的な報酬を得て自分の価値を確認しているのではないか。そんなことを考えていた。
「SNSって良くないでしょう。」どう切り出そうか迷った末に出てきたセリフだった。一息ついて「あなたは結婚している。」言ってしまった。どんなリアクションが返ってくるかなって思った。「僕がそれを知ってしまったことを黙っているのはフェアじゃないかなと思って。」
彼女の表情はあまり変わらなかった。アカウントを知られた時点でこうなることも予想していたのだろう。彼女のSNSのアカウントを知ったのはまったくの偶然だった。会う約束をしていた当日にLINEで病み上がりということを知らされ、その病名を何となく検索したらトップラインに彼女の自撮りの顔写真が出てきた。たまたまSNSと同時進行で連絡をしてきたことと、そのアカウントが自撮りをよく載せるアカウントだったので一目でわかった。こんなことでアカウントを知るなんて思っていなかった。
「あなたがどんなリアクションするのか、僕は読めなかった。」「知られてはいけないことを知られたってなるのかな。」アカウントを偶然特定したことをLINEで伝えてから相互フォローになって数日が経っており、この日が来るまでに何となく彼女のことで何が起こったか察することができるような自分の思考をタイムラインに垂れ流していた。「最後かもしれないだろ。だから全部話しておきたいんだ。」何の脈絡もなくシェアしておいた『ザナルカンドにて』。そういう誰に向けたかわからない隠れたメッセージを必ずチェックして自分のことだと判るだろうくらいには彼女の頭の良さを信頼していた。
「正直、結婚してることを知っても俺は何も変わらない。」「変わらないんだけど、あえて言えば、まあ、俺も訴訟される可能性があるんだっていうのは、ちょっとだけある。」
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