キミが語る冒険譚をきく
秋丘光
ダイハーンのクラーケン
もしもーし、ちゃんと聞こえてますか?
急にごめなさい。本当はずっと前からキミと話したかったんだ。
でも時間がかかっちゃた。思念話の魔法を覚えるのが、思いの外難しくって…。
キミとこうして話すのは…何年ぶりだろ。数年ぶり…くらいかな?
私のこと覚えてますか?
そう、そうです。あのとき助けてもらった村娘です。
良かった。覚えてもらってて。一安心。
懐かしいって?そうだよね…。
あのときが懐かしく感じるくらいには、時間がたっちゃったよね。
キミは今はどうしてる?
そうなんだ。やっぱりすごいね、キミは。
え、私?
私はね…。うーんと…、ないしょ。ごめんね。
気になる?
でも、ないしょ、ないしょなの!
キミが冒険を続けてれば、いつか教えてあげるよ。
うん?げんき…にはしてるよ。大丈夫、心配しないで。
あのときみたいに不治の病とかには罹ってないからさ。大丈夫。
今の話はこれくらいにしてさ。
キミのこれまでの話とか聞かせてよ。
そう、キミのこれまでの話。
恥ずかしがらないでさ、聞かせてよ。
どこから話してもらおうかな…。
キミが村人の私を助けてくれた後の話からでいいや。
その前のキミの活躍は、あのときキミの仲間からたくさん聞いたからさ。
え?たとえば何だって?
そうだね~。たとえば…たとえば…。
え?忘れてないよ、忘れてない。
嘘じゃないよぉ!ホントに忘れてない。ちゃんと覚えてるってば。
ほ、ほら。キミがこの世界に召喚されたときの話とか。
え?具体的に?
えーっと、たしか、キミは前の世界で働きすぎて精神を病んじゃった。
で、ビル…だっけ?高いところから飛び降りて死んじゃおうとした。
怖がりのキミは目をつぶってビルから飛び降りた。
でもキミが死ぬことはなかった。
どれだけの時間がたっても地面にたどり着かなかったから。
それもそのはず。この異世界のドラゴンにくわえられて、キミは空を飛んでいた。
そして、キミとそのドラゴンとの異世界冒険が始まった。
キミはドラゴンと…。え?もういい?
そういえば、そのドラゴンさんは元気にしてる?
うん。へぇ~、そうなんだ。相変わらず強いんだね。
それで、私を助けてくれた後の話は?教えてくれないの?
だよね。優しいキミなら教えてくれると思った。
たしか、あのときって隣の街のダイハーンに向かってたんだよね。
うん、うん。やっぱりダイハーンは商人の街だね。そんなに押し売りされたんだ。
で、何を買わされたの?え、魔除けの壺?
えっと、それって効果あったの?うん…?あんまり効果は…なかった…。
あはは、しっかりぼったくられたってわけだ。ごめんごめん、つい笑っちゃった。
でもキミみたいに強くて完璧でも失敗はあるんだ。なんか安心した。
他には?なんか倒したりとか、誰かを救った、みたいな話はないの?
えっ!クラーケンを倒した!?…って驚いてみたけど、その話知ってる。
その噂は私の村まで聞こえてきたもん。やっぱり倒したのキミたちだったんだ。
どう?強かった?
海から引きづりだせばそうでもなかったって、ホントに?
でもどうやって海から引きづり出したの?
うん、あー、なるほどね。やっぱりドラゴンさんの力を借りたんだ。
ドラゴンさんが空からクラーケンを海から引きづりだして、キミがそこを狩ったと。
クラーケンはかなりお金になったんじゃない?報奨金だけでもスゴイかったでしょ。
お金より味のほうがすごかった…ってどういうこと?
もしかして…、クラーケン、食べちゃったの?
へぇ。薄力粉で作った生地の中にクラーケンの身体の一部を入れて丸めて焼くと。
それが美味しかったの?ホントに…?
そこまで美味しいなら、私も食べたかったな…。クラーケン焼き。
っていうのは嘘だけど。クラーケンなんて美味しいとしても私は食べられないよ。
え?もう終わりの時間?うそでしょ、もうそんな時間なの!?
ほんとだ。キミとのお話が楽しくて、時間のことなんて忘れちゃってた。
で、あのさ。良かったらなんだけどね。また思念話の練習に付き合ってほしくて。
だから、また思念送ってもいい?
いいの…!?ほんとに!?よし、やった!
え、いや。なんでもないよ。
じゃ、また今度のときに話の続き教えてよね。うん。
今日はありがとう。またね。
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