美少女に「やり方教えてあげる」と誘われてしまった件
青キング(Aoking)
プロローグ
放課後の図書室。
右目が隠れそうなほどの前髪が陰気さを放つ細川幸也が、同じクラスの女子生徒がテーブルにトランプの束を置いて『何か』をしているのを見てしまった。
彼が図書室まで来たのは些細な所要だった。
昨夜、たまたま見ていたクイズ番組で、ノーベル文学賞を受賞した日本人の名が挙げられていた。
その名のうち最も昔にあたる受賞者である川端康成に幸也は興味を持ち、忘れないうちに著作を借りに来たのだ。
借りられないならそれでも構わなかった。著作が図書室に所蔵されているかどうかも定かでなかった。
細川が図書室の出入り口からテーブルを見つめていると、女子生徒が肩までの黒髪を揺らして細川に会釈した。
細川も会釈を返し、会話を交わすことなく小説の類が陳列されている本棚に足を向ける。
女子生徒は細川が本棚に向かうと、すぐさまテーブルの上のトランプに視線を戻した。
彼女とは同じクラスというだけで話しをする仲ではなかった。そもそも細川には学校に親しいと呼べるほどの知り合いもいなかった。
基本一人で行動し、同じラクラスの者でさえも彼が誰かと親しくしているところを見たものがいないほどだ。学校にいる誰一人も、彼の趣味嗜好を知る者はいない。
細川は著者の名前順に並んだ本棚を進み、目的の著者の書籍がある場所まで着いた。
著者が同じなら書籍はなんでもよかった。細川は雪のちらつくイメージに誘われて、『雪国』を選んだ。
書籍を持って、出入り口傍の机に置かれた空白ばかりの貸し出し利用の名簿に近づく。一応ルールに従って氏名を書き込んでみた。
女子生徒が自分の顔に視線を向けている気がしたが、気のせいだとして細川は図書室を出た。
図書室に女子生徒だけが残った。
女子生徒は先ほど出て行った細川に、同じクラスの人だという認識だけはできた。その他には何の情報もない。
たが、何故かしら妙に細川の顔が記憶に引っかかっていた。
どこかで見た顔。同じクラスなのだから見覚えはあるはずだが、学校以外の違う何かで。
しばし記憶を探ってみるとが、なかなか思い出せない。
もういいや、と女子生徒は思い出すのをやめてトランプの束に意識を戻す。
右手にトランプの束を掴み、左手を添える。
次の瞬間、トランプの束を上面を彼女の右手の指が滑らせた。
滑った一枚のトランプが左手に納まる。息つく暇もなく次の一枚が左手まで滑ってくる。
彼女は黙々とトランプを右手から左手に移動させた。
頭の中の自分だけの世界を静かに観賞しているように、彼女は一言も声を出さない。ほんとうに微かなトランプ同士の擦れる音だけが図書室に鳴っていた。
彼女が細川のことを思い出すのは、これから三日後の出来事だった。
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