夏の始まりは始まるのか
数多 玲
本編
何年ぶりになるだろうか。
小学3年生のときに引っ越して以来なので、11年ぶりになるだろうか。
特に親戚がいるわけでもないが、気づけば懐かしさを求めてふらっと来てしまった。
大学2回生の夏休みというのは、人生でいちばん時間がある期間なのかもしれない。もう少しバイトのシフトを入れれば良かったと思いつつ、ちょっと孤独感とノスタルジーを感じたいと思って一人旅に出ようと思った結果、まず最初に足が向いたのはかつての地元だった。
引っ越してから数年は、当時親同士も仲の良かった女の子と文通じみたこともしていたが、中学生になってどちらからともなく途絶えてしまったっけ。
よく探偵ごっこなどをしていた、数カ所の渡り廊下で繋がった4棟あるマンション。
今思うと、マンションの廊下を走り回っていたから迷惑極まりなかっただろうと思うが、子供の頃はここがダンジョンのように入り組んでいると思って遊び場にしていた。
次に思い出深かった、敷地内にあった駄菓子屋はすでに閉店していた。
ただ閉店したのは最近だったようで、「店主体調不良のため」という比較的新しい貼り紙があった。
買い物に来るたびによく話をしてくれたのを憶えているが、体調は落ち着いただろうか。
僕のことを憶えてくれている可能性がある最有力の候補だったので、とても残念だ。
その貼り紙をひととおり読んでしばらくシャッターの前で思い出に浸り、その場を離れようとした瞬間、
「え? 須藤くん?」
突然声をかけられた。
反射的に振り向くと、そこにいたのは早坂美空だった。
「久しぶり。けっこう見た目は変わったけど、なんか雰囲気ですぐ分かったよ須藤くん」
早坂は、雰囲気こそ大人になったものの、当時クラスを2分3分するほど人気のあったあの頃の面影は色濃く残っていた。
ほのかに抱いていた恋心が思い出補正でよみがえったのか、もしくは今なお残っているのか自分では分からなかったが、それでも11年ぶりに見た幼馴染の姿に僕の心臓は高鳴った。
「早坂さん久しぶり、今もここに住んでるの?」
それを気取られまいと、精いっぱい落ち着いた声を出す。
「もう住んでないよ。大学が夏休みで、なんとなくここに来たい気持ちになって、たまたま来たの」
そうしたら須藤くんがいてびっくりしちゃった、という早坂の笑顔は、僕の心を乱すには充分だった。
「僕も夏休みで、ちょっと一人旅がしたくなって、なぜかまずはここからスタートしよう、っていう気になったんだよ」
早坂が目を丸くする。
「え? 私もなんとなく一人旅がしたくなって、スタート地点をここにしようと思ったんだけど。後出しの二番煎じみたいに思われそうでイヤだけど」
別に夏休みの初日などではないこの日を2人がたまたま選び、全く同じ経緯でここで会ったというのは偶然にしてはできすぎている、と思った。
しばらく他愛のない話が続く。文通が途絶えてしまったのは、文通の間隔が開くほどにたまった事柄が長文になってしまい、だんだん書くこと自体にエネルギーが必要になってきたからだという。出さないと、と思いながら気がつけば1年が経過しており、逆に出しづらくなってしまったとのことだった。
ふと会話が途切れて1分ほどの沈黙のあと、よし、と言わんばかりの仕草で顔を上げた早坂が、
「……須藤くんは、いま彼女とか、いないの?」
男としてはちょっと嬉しくなる一言を発した。
「……いないよ。早坂さんは?」
「昨日、別れようって言われた」
「昨日?!」
声が裏返りそうになった。何でも、別れそうな雰囲気はもうかなり前からあったらしいが、なんとなく続けていた関係が昨日崩れたらしく。
「他に好きな子ができたんだってさ。……まあ分かってたけどね」
そう言って笑った早坂の顔はとても儚く、でもそれでいて魅力的だった。
「あのさ、もし良かったら、明日も会ってくれないかな。ちょっと寂しいんだよね」
そうつぶやく早坂の憂いを帯びた顔を見た僕の心臓の音が、前にいる本人に聞こえそうなほど早く、大きくなる。
「……えっと、僕でいいの?」
「うん、須藤くんがいいの」
聞けば、ここに来ればなぜか僕に会える気がしたから来たのだと早坂が言う。
僕も思えば、早坂に会いたくてここに来たようなものなのかもしれない。何せ11年も経っているから、全く期待はしていなかったが。
「……会うだけじゃなくて、このまま2人でどこかに行かない?」
そう言う僕を見つめながら、言い終わる前に「行く」と笑顔を弾けさせた早坂を見て、僕は落ち着いた演技はもうできないと確信した。
今年は楽しい夏になりそうだ、というところで目が覚めた。
やべえあと30分でバイトだわ。
(おわり)
夏の始まりは始まるのか 数多 玲 @amataro
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