第15話・美優の復讐一人目

「日向輝香に、怨みを晴らすなら」


 美優は呟いた。


「あの子が小学校の時からわたしにしていたように、じわじわと、ゆっくりと、苦しめて、苦しめて……でも、そのためには、彼女一人を痛めつけただけじゃダメ。周りにいた、あいつらを……」


 美優は歯を食いしばる。


「あの時、わたしが飛び降りるのを見ていた男子六人……最低でも、あいつらはわたしが、わたしの手で、地獄に突き落としてやりたい」


「六人を仕留めてから、最後の一人を、という方針でいいのか」


「うん」


「では、まず最初に誰を狙う?」


「小寺由紀夫」


 決めていた一人目は、あの動画を捕られた時。大事なところに異物を突っ込んでくれたヤツ。


「あの時と……同じ気持ちを味わわせてやる……」


 生きていれば、ギシ、と歯が音を立てただろう。それくらい彼女は復讐を誓っていた。


 そればかりを思って生きてきて、死んで、彷徨っていたのだ。


「あいつらに……!」



     ◇     ◇     ◇



 小寺由紀夫は、いわゆる「市の有力者」の息子である。


 即ち、地元にいる限りは、人間の一人。


 輝香が由紀夫を取り巻きに引き入れたのも、その名前を見込んでのことだろう。


 事実、美優の自殺騒動の時、その場にいたはずの輝香たちがそれほど厳しく追及されなかったのも、由紀夫の存在が大きい。


 「小寺さんの息子さんが悪いことをするはずがない」というフィルターを、本人も、仲間も、最大限に利用していた。


 そして、今も。



 高級マンションの一室。


「うっ……うっ……」


「あーうっとーしー。さっさと消えろよ」


 ばさ、と紙幣を投げつけて、由紀夫は煙草に火をつける。


「ゆっとくけど、そん中に中絶料も入ってっかんな。あとで子供ができたって家に押しかけても、その金は払ったって追い返す。てゆーかさっさと消えろ。ここは俺んちだから」


 ぼそり、と女の声が聞こえた。


「呪ってやる……!」


 かかか、と由紀夫は笑った。


「残念だけどな、俺、呪われねーの。目の前で女一人死んでるけど、何にも起きてねーの。呪いなんてのは自分じゃ何にもできない負け犬の遠吠えなの。わーったら失せろ」


 女は服をかき集めると、そのまま出て行った。


「おーい金忘れてんぞー。俺がやった金を無駄にすんなよなー」


 女は振り返らず出て行った。


「呪ってやる、か。そんなもんこの世にゃねーんだよ」


 煙を吐き出して、由紀夫は呟いた。


「そんなんなら、俺が真っ先に呪われてらーな」


 絶望の表情でゆっくりと何もない後ろに寄りかかるように落ちて行った女の顔は今も覚えている。


 あのゲームはなかなか良かった。頭である輝香は大原美優という少女の何をそんなに憎んでいたかは分からないが、とにかく酷い目に遭わせることに情熱を注いでいた。あの動画もその酷い目の一つ。


 今時の女子高生なのに案の定処女だった美優に、おもちゃを突っ込んで動かしてやった、あの時の楽しさは今も忘れていない。


 女を好きになぶれるという快楽。何をしても輝香のせいにできるという責任転嫁。そして自分だけじゃないという集団心理。何重にも守られた安全さ。


 輝香は美優を散々自分たちにもてあそばせた挙句、自殺を強要して、美優はその通りに屋上から身を投げた。一瞬柵の外へ押し出した自分たちが悪いのではという恐怖を覚えたが、「あたしらは止めようとしたの。そういうこと」と平然と言ってのけた輝香のおかげで、自分たちは罪に問われることもなくこうやって好き放題している。


 もっとも、たった一つ残った傷と言えば、女を弄ばずにはいられないという性癖ができてしまったのだが。


 一応婚約者はいる。同じく名家のお嬢様だ。だが彼女にその歪んだ性癖を押し付ければ、自分の立場が悪くなるだけ。彼女を弄ぶには、時間をかけて調教しなければ。


 とりあえずの性癖は、通りすがりの女などで満たしている。


 普通の性交ではないと分かっているから、相手には多めに金を渡している。強欲な女には痛い目に遭ってもらうが、こちらは性欲を満たせる。あちらは金を手に入れる。ウィンウィンではないか、と由紀夫は本気で思っていた。


 煙草を一本吸い終わって、ガラスの灰皿に押し付ける。


「ま、いらねってんならやらねーよ」


 振り返って、紙幣を拾う。次に招いた女に拾わせるか、とも思ったが、性欲が満たされている今はすぐに女を入れる気はない。仕方ない、拾うか、と面倒くさく思いながらも由紀夫は立ち上がった。


「あ~あ。今時パパ活してもこの額手に入んねーぞ?」


 珍しく金を拾わず去っていった女の顔を思い出そうとしたが、ついさっき抱いたばかりだというのに思い出せない。


「ケッケ。俺、さいってーの男だよな」


「本当にそうね」


 女の声? どこかで聞いたような……幻聴?


「やれやれ、頭だけじゃなく耳までおかしくなったかな」


 呟いて、金を拾い集めて顔を上げる。


 窓から覗く女の顔。


 え?


 慌てて目をこすって窓を見直す。


 窓にはカーテンがかかっていて、外からの視界をシャットアウトしていた。


「……だよな、カーテン全部閉めたもんな」


 でも、あの一瞬見えた、姿が。


 頭が半分潰れたような女を、一度見たことがある。


 慌てて階段を駆け下りてグラウンドに降りて、そこで見た。


 足から落ちればよかったのに、頭からグラウンドに叩きつけられて、無残な姿になった美優。


 あの顔が見えたような気がしたが。


「……いやいや。前のことを思い出しただけだ」


 ぶんぶんと由紀夫は首を振る。


「さて、次は」


 ベッドの下に隠したオモチャ各種を見て、彼は呟く。


「どれを使って遊んでやろうかな」


 そんな姿を、美優は部屋の隅から見つめていた。

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