41話 タリの成果


「よう、タリ」

「あらケネス。こんな時間に珍しいわね」


 北方辺境領主邸――要するにヴォルテールの屋敷の地下、使用人用のキッチンで、タリはケネスと出くわした。

 時刻は深夜、主であるヴォルテールは相変わらず仕事に忙殺ぼうさつされているかもしれないが、他の使用人はほぼ眠りについている時間だ。


「こんな遅くまでどうしたの」

「そろそろ湖を渡って狩人や貴族たちがやって来るだろ。その受け入れ準備をやってた」

「犬ぞりで来る人もいるから、犬舎を用意しないといけないものね」

「他にもホールを整備しないといけないからな。男手総動員だぜ。それでもカイルのおかげで、ドラゴンたちに力仕事をしてもらえるから、結構早く進んでるけどな」


 ドラゴンは基本的に、人間の言うことを聞かない。

 ヴィトゥス種のように、命令が入りやすい種族もいるが、外は基本的に人語を解さないし、そもそも人を食糧だと思っている種族もいる。

 だが冬じたくを行う北方辺境は常に慢性的な人手不足で、まさにドラゴンの手も借りたいといったところ。

 そこでヴォルテールのドラゴン、カイルの力を借りて、野生のドラゴンに協力を求めたり、ヴィトゥス種以外の力自慢のドラゴンに、力仕事をお願いしていたのだ。

 報酬は馬肉と牛肉。悪い取引ではないらしい。


「でも細かいところは人間がやらないとだもんね。お疲れ。ワイン飲む?」

「ウィスキーの方が良いな」


 タリはにやりと笑うと、パントリーの方に引っ込んだ。

 やがて彼女は、琥珀色の液体と丸い氷が入ったグラスを二つ、両手にたずさえて戻ってくると、ケネスの前に置いた。

 二人は静かにグラスを合わせると、ちびちびとそれを飲んだ。


「んあー、仕事終わりのお酒は最高ね」

「一か月偵察任務だったんだろ。余計に染みるだろうな」

「まーね。ひっさしぶりに本気で仕事したもんだから、肩凝っちゃって」

「デザストル商会はどうだった」

「どうもこうも。収穫はほとんどなかったわ。連中、新しいドラゴンなんか一頭も買っちゃいない」


 タリの言葉に、ケネスは意外そうに目を丸くした。

 ヴォルテールは、デザストル商会がドラゴンによる戦団を作っているという予想を立てていた。

 北方辺境領主の予想が外れるなど、珍しい事態だ。


 ケネスは次の言葉を待った。だがタリは、意味ありげな沈黙を選んだ。

 氷がグラスに触れる軽やかな音がし、ケネスの好奇心をくすぐる。


「……でも、その様子だと、ドラゴン以外の動きはあったんだろ?」

「んふふ。まあねぇ。この私が、手ぶらで帰るなんてあり得ないものねぇ」

「いいから、焦らすなよ。何があったんだ」

「――魔法の痕跡が、あった」


 タリの言葉にケネスは眉をひそめる。


「魔法の痕跡ったって……どうやって分かったんだ? っていうか魔法が何でデザストル商会に? そもそもお前はそれをどうやって、」

「あーもう期待通りのリアクションありがと、ケネス! ヴォルテール様ったら、最初から知ってましたが? みたいな顔で聞くから話し甲斐がないのよねー」

「良いから早く教えろよ」


 じれったそうにウィスキーを舐めるケネスに、ご満悦の笑みを浮かべながら、タリは話し始めた。


「デザストル商会に臨時のメイドとして潜り込んだまでは良かったんだけど、あの人たち結構用心深くてね。入れる場所が限られてて、なかなか情報を得られなかったんだけど」

「得られなかったんだけど?」

「魔導書みたいなものを持って出入りする人がいることが分かったのよ。どんな魔法を使っているかまでは分かんなかったんだけど」

「どうしてそれが魔導書だって分かったんだ?」


 タリは得意げに胸を張る。


「私を何だと思ってんの? 王宮の女スパイ、どんな秘密もお見通しよ。……ってのは冗談で、王宮では魔法がはやってたからね。私も魔導書を見たことがあったの」

「魔法がはやってた? どういうことだ」

「要するにさ、貴族サマのマウント合戦の一つなのよ。『うちは魔法に強い家系だった』『高名な魔術師を輩出していたらしい』『昔から伝わる魔導書が我が家にある』みたいな感じで、魔法に関する知識の多さで、家の歴史の古さをアピールしてたわけね」

「だからお前も知識だけはあるわけか」

「真偽のほどは分かんないけどね」

「……でも、魔法が途絶えてもう千年近く経つんだろ? 千年も続いている家系なんて聞いたことないぞ」

「真偽のほどは誰も知らない。確かめようがない。それなら、嘘の一つでもついておいて損はないじゃない?」


 ケネスは首を傾げた。


「そこまでして家の歴史を大層なものに見せたいかねえ」

「私たちには理解できないけどね。でもその虚栄心のせいか、メイドにも魔導書をほいほい見せてくれたのよね」


 その魔導書は大半が偽物だった。

 だが一部の魔導書は、本物ではないかとタリは思っていた。

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