31話 由緒正しきメイド


 タリはかつて王宮でメイドとして働いていた。

 人好きのする笑み、どこか相手を油断させるようなのんびりとした動きで、主に貴族の令嬢に取り入り、情報を得ては、とある貴族に売り渡していた。

 だがとある事件でそれが露呈し、北方辺境へ流罪されたのだ。五年ほど前の話になる。


「スパイ罪でここへ流されてきた癖に、まだその仕事が好きなのか」

「当然でしょう! 相手の家に潜り込んで信頼されたところを言葉巧みにだまして、機密情報を掠めとる瞬間の楽しさったらないです!」

「そういうものか。いや、権謀術数けんぼうじゅっすうが楽しくないなどとは今更言わないが、そこまでのめり込むほどのことか? リスクと背中合わせだろうに」

「ふふ。きっとヴォルテール様がカイルに乗る時と同じ気持ちですよ」

「む。それを引き合いに出されたら、もう黙るしかないな。せめて私を裏切る時は、事前に言ってくれると助かる」

「了解です。でも当分その予定はありませんね。ここにはミルカ嬢がいますから」


 ヴォルテールは面白そうに口の端を上げた。


「お前がここに留まる理由は、五年仕えた私ではなく、ミルカ嬢というわけか」

「ええ。何しろプラチナドラゴンがわざわざ後を追って来た上に、火吹き種が乗り手に選ぶほどの逸材です。それにあの美貌と知識――正直ヴォルテール様よりも価値は高いですよ」


 だから、とタリは珍しく真剣な顔で言った。


「ミルカ嬢をちゃんと守ってあげて下さいね。あの方は聡明で、だけど自分の価値を低く見積もる傾向があります」

「分かっている。二度と彼女を不当な目にはあわせない」


 呟いたヴォルテールは、テーブルの上にあった一枚の羊皮紙を手に取った。

 王宮の紋章入りのそれは、課税率を引き上げる一方的な通知であり、北方辺境もその負担からは逃れ得ぬと念押しするものだった。

 ヴォルテールとて、王宮を敵に回したいわけではない。

 だが、この一方的な課税の背景が分からない。


「そもそも、王宮の財政はどうなっているのだ。貴族とは言え一つの家にドラゴンの費用負担を全て押し付けるなど、よほど切羽詰まっているとしか思えない……」


 北方辺境は対象にはなっていないが、王国内の領地に対する課税がさらに引き上げられたという話も耳にする。

 タリは小首を傾げて、


「第二皇子の新しい婚約者は、ひどく浪費家だと聞きます。庶民の出ですが、宝石にドレスに豪華なパーティにと、皇子に散財させているようですよ」

「たかが皇子の婚約者、それも庶民の出の娘のために、増税に踏み切るだろうか」


 かつて貴族のメイドを務めていたタリは、苦笑しながら言った。


「女が服や宝石にかける情熱は天井知らずですからね。一人の女が国庫を空っぽにしたといっても、私は驚きませんよ。とは言え、大義名分がないと庶民も増税は受け入れられませんね」

「金が女の服や宝石に化けるならまだいい。だがそれが、武器やドラゴンに費やされるとなると、話が変わって来る」


 タリはその言葉にぴんときたような顔になった。


「なるほど。ヴォルテール様は、王宮の増税と、デザストル商会が繋がっているとお考えで?」

「根拠はない。ただ一番怖いのがその可能性であるというだけだ。王宮の金が万が一デザストル商会に流れれば、連中はドラゴンを大量に入手するための軍資金を得ることになる。これが私の杞憂であれば良いが、そうでなければ早めに動きを掴んでおくに越したことはない」

「陳腐だけど、ありえなくはないか。ヴォルテール様の勘は当たるからなァ……」


 メイドらしからぬ口調で独り言ちると、タリはさっと居住まいを正した。


「でしたら王宮にも探りを入れましょうか。私の昔のメイド仲間に聞けば、内実が掴めるかも」

「可能であればそれも頼む。無理はするな。私たちは何も知らないふりをしている方が良い」

「もうじき冬ですし、いらない争いに巻き込まれてる暇はないですもんね。……了解です、明日早朝に発ちます。ミルカ嬢にはうまく言っておいて下さいね」

「分かっている。軍資金はこれを使え」


 タリは渡された小袋を手に取って頷くと、足音もなく静かに執務室から姿を消した。


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