14話 アンドルゾーヴォ
「んんん……!」
大きく伸びをすると、城の中庭に晩夏の涼しい風が吹きぬけた。
ブランカは隣で私の真似をして、翼をぐぐっと広げている。
この小さな子供の翼で、私を追いかけて来てくれたのだ。そう思うと胸が詰まる。
「午前中は私もあなたもぐっすりだったわね」
「グルルッ」
上機嫌に喉を鳴らすブランカは、昼食に細かく切った鶏肉と豚肉をしっかりと平らげていた。
一晩ぐっすり眠ってすっかり元気になったようだ。
(あの疲労具合なら、もう一日くらいは寝込むかと思ったけれど……。よく眠れたってことなのかしらね)
時刻は既に午後になっている。晴れ渡った空には、森から木を伐り出す音が響いていた。
私の手には、ここへ来る途中に採取した薬草や「瑪瑙石」が入ったバスケットが握られている。
動きやすいよう、乗馬服に似た格好に身を包み、髪も一つにまとめた。もちろんいずれも、宝石がちりばめられているものを身に着けている。
これから仕事が始まるのだ。準備しすぎて困ることはない。
「ミルカ嬢! お待たせしました」
現れたのはケネスさんだ。チョコレート色のドラゴンからひらりと飛び降り、ブランカをしげしげと見つめる。
「こいつがプラチナドラゴンの仔ですか。改めて日差しの下で見ると綺麗ですね」
「特に目の色が綺麗なんです。……それで、ケネスさん。私の仕事の話なのですが」
「はい! ドラゴン関連のお仕事をやって下さるんですよね! ドラゴンたちが集まっている場所がありますから、まずはそこに行きましょう」
私とブランカ、そしてケネスさんと彼のドラゴンは、徒歩で城の外に出た。
「わあ……! 随分賑わっていますね!」
城下町らしきものが広がっていて、王宮には遠く及ばないが、二十を超える店が出ていた。
昼食後でもなおそそられる香りのするミートパイ、黒い色をした飲んだことのないジュース、水餃子入りのスープといった食べ物の屋台も出ている。
行き交う人々の年齢層や賑わいは、王宮とさほど変わらないように見える。
服装は、こちらの方が少し厚手で、女性も上下が分かれている服やズボンを纏っていた。
(実用性重視、嫌いじゃない)
王宮と最も違うところは、小型のドラゴンが人に混じって歩き回っているところだろう。
大型犬ほどの大きさの、薄いグレーの鱗を持つドラゴンが多いようだ。
彼らは太い後ろ足で二足歩行をし、前足を人間の手のように突き出して歩いている。
そこまで細かい作業は出来ないようだが、林檎を掴むくらいのことは可能だそうだ。
「あのドラゴンは……?」
「あれはマゼーパと言って、この辺りで一番数が多い小型のドラゴンです。人のおこぼれを貰って生きているらしく、雑食で頭の良い連中ですよ」
「犬か馬のように言うことを聞くのですか」
「いえ、そこまでは。飛べないし、荷役もさせられないほど小さいので、言うことを聞かせても意味はないんです」
ひときわ小さいドラゴンがさっと私の足元にやってきて、挑戦的に睨み付けて来た。
爬虫類のような黄土色の目が、ぎょろぎょろと忙しく動いている。
と、横からブランカが顔を出し、警告音を発する。ドラゴンはぴゃっと飛び上がると、地面を滑るような速さで逃げ去って行った。
「何と言うか、鼠のような連中なんです。そうは言ってもドラゴンですから、なかなかプライドは高いんですけどね」
「なるほど。……あっ、あれはヴィトゥス種ですね! とても大きいです!」
道の脇にある発着場で、赤い鱗を持つヴィトゥス種のドラゴンが、緩やかに翼を畳んでいた。
彼の腹にはネットが張り巡らされており、そこには木箱や荷物が放り込まれていた。ああやって貨物を運搬するのだろう。
さらにそのドラゴンは、背中に乗客も乗せていた。
一般市民と思しき男女が、騎乗用ベルトを外しながら、それを大きな籠の中に放り込んでゆく。
「あれは貨物と人を運ぶドラゴンです。ここは北方辺境第一の都市、アンドルゾーヴォですが、第二や第三の都市もあるので、そこから来たのでしょう」
「第二、第三の都市ですか」
「ここほど大きくはありませんが、第三都市は国境警備の任も負っていますから、よく人が行き来していますよ」
国境警備。
そうだ、北方辺境は他国と接しているのだ。隣国とは友好関係を結んでいるとは言え、絶対に攻めてこないとは言いきれない。
「ここを、ヴォルテール様がお一人で治めていらっしゃるのですか」
「そうなんですよ! 第二の都市、第三の都市には一応代理人を置いていますが、あの人一人では到底カバーしきれないはずなのに……。睡眠も休憩も削って、それをカバーしちゃうのが、ヴォルテール様ってお方なんですよねえ」
困ったように、けれどどこか誇らしげに言うケネスさん。
「ヴォルテール様はとても頼りがいのある方ですものね。でも、従者の方からしてみれば、少しでも休んで欲しいところでしょうけれど」
「そうなんですよ! 分かります? いややっぱりミルカ嬢は見所がある……!」
「見所、ですか?」
「誰かヴォルテール様をサポートしてくれる方がいらっしゃると良いんですが。流罪人の方でも、きっと良い人材がいるでしょうし」
ちらり、とケネスさんが私に意味ありげな視線を送ってくる。なんだろう?
私はともかくとして、王宮の不服を被って流罪される人間の中には、扱いにくいが実力がある、というピーキーな人材もいそうだ。
ちなみに、人をたくさん殺したとか、放火をしたとか、そういう重罪人がここに流れてくることはない。すぐに処刑されてしまうからだ。
「そう言えば……。ここ北方辺境にいらっしゃる方は、皆流罪された方というわけではないですよね」
「もちろんです。元々この近くの山に住んでいた人間が三割、流罪人とその家族が四割、残りがここの噂を聞き付けてやって来た外国人と商売人、というところでしょうか」
「あの、差支えなければ、ケネスさんのご出身を伺っても良いでしょうか」
「私は外国人です。と言っても、元々ヴォルテール様と商売をやらせて頂いていましたので、全くここを知らないわけではなかったですね」
北方辺境の人間にとって、出自はさほど問題にならないらしい。
「大事なことは、いかに北方辺境のために力を尽くせるか、ですからね」
「そうですね。私もその通りだと思います」
「本当ですか! 良かった、さすがミルカ嬢です。俺たちが見込んだだけのことはあります」
「見込んだ……?」
「ああいえ、こちらの話です。何しろ冬は極寒で、作物の実りも芳しくないし、野生のドラゴンも出現するしで大変ですからね」
「貨物を運ぶのも大変そうですよね。一番近い都市のクイヴァニールまで行くためには、風の強い山間を抜けなければなりませんし」
側にいたブランカが、ぐる、と喉を鳴らした。
ケネスさんが興味深そうにブランカを見下ろす。
「今のは同意ですかね?」
「恐らくは。彼もあそこを単身飛んできたわけですから、大変さは身に染みているのでしょう」
「そうだった、王宮からここまで飛びっぱなしだったんですもんね! 一晩でその疲れを回復させるとは、さすが聖なるドラゴンだ」
「そんなに体力のある方ではなかったと思うのですが……」
ブランカは、王宮ではさほど飛び回る機会もなかったし、運動不足だったはずなのだけれど。
まあ、ぐっすり眠れたのだろう。それは良いことだ。
「あ、そろそろ到着しますよ。あそこがドラゴンが集まる広場です」
ケネスさんが指さした先には、驚くような光景が広がっていた。
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