本物の変態

ネオ・ブリザード

本物の変態

 

 それは、とても晴れた真夏日の昼間の事だった……



 あるビル街を、35歳くらいのキモオタデブ男が、Tシャツに黒ズボンといういで立ちで歩いていた。


 空から照りつける陽射しと、それにより熱せられたアスファルトの熱によって、大量の汗が、頭に巻いたバンダナに滴り落ちる。



 そんなキモオタデブを、道行く人々は軽蔑する目で見ながらすれ違って行く……



 特に気にすることもなく……



 一体、キモオタデブは……どこヘ向かって歩いているのか……



 一時間……二時間……



 ……そして、三時間後……



 キモオタデブは、二棟が連なって建っているビルの手前で立ち止まる。


 そのビルは、ちまたでは知る人ぞ知る有名なビルで、高さとしては、100mを少し超えていた。


 そのビルを、キモオタデブは何かを確認するようにじろじろと見つめる。そして、ビルとビルの間に移動すると、屋上を見上げるように顔を上げ、意を決したように片側のビルをよじ登り始めた。



 七分後……道行く人が、無断でビルの壁をよじ登っているキモオタデブを発見し、即座に警察に通報する。……その時、キモオタデブは、すでにビルの10mあたりをよじ登っていた。



 警察はすぐに到着、ビルの地上付近は大騒ぎになるが、それでも、キモオタデブは上だけを見つめ、一心不乱に登り続ける……



 キモオタデブの登る先には何があるのか……地上では、面白がって集まった野次馬が、スマホを片手に、キモオタデブを撮り始める。


 ……その時、キモオタデブの身体から吹き出た、大量の汗が地上に滴り落ちた。バリケードの外にいるにも関わらず、彼等はキモオタデブを



「キモイ」

「汚い」



 などと罵る。




 だが、そんな罵倒はキモオタデブに届くはずもなく、やがてキモオタデブは75メートル付近に到達した……その時だった。



 キモオタデブがぴくりと動かなくなった。地上にいる警察と野次馬たちは、地面に落ちて来るのではないか……? とはらはらしていると、突如、キモオタデブの口から何か粘液が吐き出される。その粘液は、ビルの壁にトリモチのように張り付くと、今度はキモオタデブの身体を包み込むように巻き付き、最後には、ビルの壁からトリモチ一本でキモオタデブの身体を支えるように固定された。


 それはまるで、蝶のサナギのようだった。



 その日から、キモオタデブの身体は動かなくなった。



 一日経ち……二日経っても、キモオタデブの身体は一切動かなかった。



 テレビの報道陣は、ここぞとばかりにネタを取り上げ、野次馬たちはあいも変わらずスマホで写真を撮りまくった。中には『あのサナギから何かが産まれる時、人類が滅亡する』と、謳う霊能者までいた。



 そして、七日後……



 キモオタデブのサナギに、変化があらわれる。サナギの背中部分に亀裂が入り始めたのだ。



 テレビの報道陣は、この瞬間を逃すまいとヘリコプターから撮影を試み、地上では、やはり野次馬たちがスマホ片手に世紀の瞬間を心待ちにしている。その中には『終わりの始まりじゃあー』とか『今日で人類は滅亡する』などとのたまう霊能者も混じっていた。



 そうしているうちに、サナギの背中にはどんどん亀裂が入り、中身が見え始めた。



 地上では、喜んでいるのか、悲鳴を上げているのか分からない声が入り交じる。シャッターを連続で切るような音も聞こえる。



 その間にも、サナギの亀裂からは中身が少しずつ、少しずつ出て来る。テレビの報道陣は『世紀の瞬間です!!』とか言いながら、ビルの周りを飛び回り続ける。



 霊能者は両手を合わせ、数珠を擦りながら『お終いじゃあ……お終いじゃあ……』と、祈るばかり……



 そして……サナギの中身が完全に外に出てきた瞬間……



 その美麗さに……周りの人々は言葉を失った……



 ……身体は……一糸まとわぬ……八頭身の美しい……女性の姿をしていた……



 顔も……すらりと細く……髪は肩甲骨まではえた輝かしい金髪……



 そして……背中には、蝶のような透き通った羽根が生えていた……





 完全に『変態』を遂げた元キモオタデブの美しい女性は、その透き通った羽根を大きく広げると、大空ヘ向かって、自由に羽ばたいていった……










































 ………………様子を、地上にいた数名のイケメン野次馬たちがここぞとばかりにカメラに収めているところを、隣にいた彼女に見つかり、こう罵られるのだった。




「……変態」

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