第八話 闘技場奴隷
それから月日は流れ、巨大な嵐ののちに麗らかな春が訪れた。俺がこの異世界に転移してきてから、約一年が経ってしまったのだ。
未だに、元の世界へ帰る方法に見当は付いていない。正直、珊瑚に会いた過ぎて頭が狂いそうだ。
「二ノ瀬、ずっと思っていたんだが、それは何をしているんだ? 戦いの前にはいつもそうしているよな」
俺が決闘前の準備をしていると、不意にクロノが話しかけてきた。
この一年で、俺も大分こちらの言語がわかるようになってきている。彼とのコミュニケーションも充分できていた。
「ああ、前に話しただろう。地球にいたころ結婚していた女性がいてな、彼女のことを思い出しているんだ。毎日考えているが、決闘の前は必ずこうしている。彼女が、俺を応援してくれているような気がするんだ。気がするだけだけどな」
手を合わせていると、日本の風景を思い出すんだ。そして日本を思い出すとき、必ずそこには珊瑚がいる。一年経とうとも、彼女への想いがすり減ることはなかった。
「……そうか。やっぱり、地球には帰りたいのか? 正直、お前がいない生活なんてのは考えられない。二ノ瀬のおかげで、俺たちの生活は随分楽になっているよ」
彼らは俺が来るまで、とんでもない生活を送っていた。
戦い、戦い、その傷が癒されることはなく、ただ戦いの中で生きていた。それは女子であっても関係はなく、また男女混合で戦わされることもある。
ただしその場合、多くは一方的な試合を望むギャラリーの趣味だ。
結果として、怪我をする者が後を絶たない。
それが、俺が来てからというもの、随分負担が減っているらしいのだ。
というのも、俺には戦いの才能があった。ギャラリーが望む最高の試合を、俺は演じることが出来た。ゆえに、非戦闘員が戦わされることは少なくなっている。
奮闘の甲斐あって、クロノたちが患っていた謎の病気も、皆回復傾向にある。
結局、何が原因であんなに感染が拡大していたのかは分からないが、彼らの戦闘が激減したことで、皆体調が良くなっていた。
今日も、俺は今までより強い相手と戦うのだ。どんな魔法を持っているのか、どんな戦い方をするのか、情報は一切ない。それでも、俺が勝ち続ける限り、彼らは戦わないで済む。
「帰りたいさ、地球に。実はな、俺と珊瑚は結婚してまだ2か月も経っていなかったんだ。新婚旅行に行こうとしていた、まさにその時だった。……けど、それはクロノの目的を果たしてからさ。一秒でも早く帰りたいが、地球へ帰る方法はまったく見つかっていない。なら、お前の目的を手伝うことも問題ないだろう」
「それは……ありがとう。お前の協力があれば、近いうちに実行できる算段が付いている。そう時間は掛けさせないさ。……さあ、行ってこい!」
クロノに後を押され、俺は闘技場へと入っていく。今日の戦いも絶対に勝つのだ。クロノたちのために。
『さあ、本日もやってまいりました、闘技場奴隷決闘の時間でございます! 都市国家トーノの代表は、もちろんこの男! ジャック~~~~~~!!!』
高らかな呼び声とともに、俺は闘技場の中心へと歩いて行く。
この国はトーノ。俺はこの国における、代表選手になっていた。
『対するは、都市国家タナタリからやって参りました。炎の使い手、イグノ~~~~!!!』
俺の正面から、まっすぐ真っ赤な髪の大男が入ってくる。
俺の身長は175cm。この世界では充分大きな方だが、それでも奴は、俺より巨大な身長を持っていた。
「よぉ、初めまして、トーノのジャック。俺の名はイグノ。さっき紹介にあった通り、炎系魔法の使い手さ。聞くところによるとお宅、属性魔法が使えないんだって? 可哀そうになぁ、これからいたぶられるのを、こんな大勢に見られるんだから」
俺がチンコまで丸出しの全裸なのに対し、敵は皮鎧まで身に着けた正規兵だ。
まったく不平等。まったく不条理。これが、闘技場奴隷の姿だ。
「炎系魔法の使い手……。なるほど、今回は魔法アリのルールか。名前は……何と言ったか。まあ、今からぶちのめす相手の名前なんて一々覚えてられん。掛かってこい。のしてやる」
基本的に、俺は敵の名前など覚えてやるつもりはなかった。
このトーノ内部で戦わされることはあるが、それ以外の場合基本的には奴隷相手ではなく、正式な騎士や衛兵が相手である。なら、相手は俺たちを使役する側の人間。憎むべき仇なのだ。
「キサマ……! そのつもりなら、容赦はしないぜ。お前たち闘技場奴隷は、所詮使い捨ての道具に過ぎない。俺たち騎士団の強さを際立たせるための、装置でしかないのだ!」
特に開始の合図もなく、向こうから仕掛けてくる。騎士団が相手の時はいつもこうだ。こちらのことなど何も考えてはいない。公正公平など奴らの頭の中には何もないのだ。
俺を狙ってまっすぐに飛んでくる炎の渦。それは、通常の動きでは絶対に避けきれない。これを喰らえば、間違いなく俺は大やけどを負い、ともすれば死に至るだろう。
「……身体強化魔法」
しかし、その炎が俺に当たることはなかった。炎が過ぎ去るころには、俺は既に闘技場の端まで移動している。
魔法というのは本当に意味不明なものだが、これが扱えるようになると便利だ。
こんな風に、明らかにヤバい攻撃も簡単に避けることができる。
「……情報にあった通り、足が速いんだなぁジャック。だが、このフィールド全てを埋め尽くすほどの炎を出したらどうだ? お前は避けきれるのか?」
相手は皮鎧を着ている。普通に拳を当てる程度では、倒れてはくれないだろう。
ん? コイツの話? 頭に入ってきているはずはない。どうでも良いのだ。こんな奴の言葉など。
「さあ行くぞ、ジャック! 極炎魔法!」
敵を中心に、超広範囲が炎で包まれていく。逃げる先は、もう場外以外にない。
でなければ、この業火を喰らって死ぬだけである。
「めんどくさいな。正規兵などとまともに戦ってやるつもりなんかない。結局ギャラリーは、勝ったか負けたか。それだけを求めている。話のネタが欲しいだけだ。なら、こんな魔法に付き合ってやる必要はない。身体強化魔法、火炎耐性」
俺を極大の炎が包んでいく。凄まじい熱量だ。目や鼻の粘膜すらも乾燥していくのを感じた。だが……。
「やっぱ効かねぇよなぁ。クロノとあれほど特訓したんだ。効くはずねぇよ」
渦巻く業火の中、俺はまったくの平静であった。炎の熱さも、圧力の変化も、まったくと言っていいほど感じはしない。この程度の炎で、俺の身を傷つけることなど出来はしないのだ。
視界を遮る炎の中、俺はその発生源へ向けて走る。俺の走力を持ってすれば、奴の元へ辿り着くのに一秒もいらない。ウサイン・ボルトもびっくりのスピードだ。
まずは胴体に一撃。まっすぐ右拳を叩きつける。しかし当然、皮鎧に防がれ衝撃は浸透していかない。
「なッ!?」
続けざま、バウンドを利用して右拳を跳ね上げ顎を叩く。同時に、丸出しの喉仏へ左拳を放った。
本当はこのまま、返す右手で金的も貫くのだが、あいにく皮鎧に守られていて弾きようがない。
であれば、今度は足技に繋げるだけよ。鍛え上げたつま先でストレートに顔面を穿つ。
おっと、足元が狂った。間違えて眼球に入ってしまったか。
「しかし、正中線三連突きからのサイドキック。俺の身体能力と合わされば……」
敵はぐたりと倒れ伏す。反撃のチャンスなど、俺の連撃にかかれば一瞬たりとも存在しない。
「クロノもアカネもシアンも、まだ実力を表に出すわけにはいかなくてな。正規兵には悪いが、俺の引き立て役になってくれ。俺が目立てば、彼らに注目が集まることはない。それを達成するにはどうすればいいか。反撃の機会さえ与えず一方的にのす。俺にはその程度のことしか思いつかなかったよ」
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