第25話 崩壊の予兆

 セスペデス共和国。それは大陸東側に位置する共和制国家の名だ。

 元々は東側で差別されていたり、栄達出来なかった者たちが平等や栄光を求めて作った国で王族や皇族、貴族と言った身分階級は存在せず、国を治めるのは選挙によって国民から選ばれた総統とそれを支える議会議員たちである。

 そして、その首都ヴァシーリーに構える国の中枢、総統府にて総統と大臣たちによる臨時の会議が行われていた。


 「ではこれより、王国より届いた書簡をここに読み上げる」


 会議の内容は先の共和国が王国に突き付けた講和条約案の返答に対する対応。

 つまり王国との戦争が終わるか、始まるかを決める会議だ。


 「フッ、要するに王国は講和を受け入れないことなのだな?」

 「なんと愚かしい」

 「我々の慈悲を無碍にするとは」


 王国の返答を聞いた大臣らから洩れるのはどこか緊張感に欠けた講話を拒否した王国に対する嘲笑、侮蔑の言葉だった。

 ユリシーズは共和国が元より講話をするつもりがないのだと予測していたがそれは間違いだった。

 彼らはこの馬鹿げた講和条約が締結されると本気で思っていた。


 戦争に敗北し、本来ならば国を滅ぼされても仕方がないところを我々の情けによって少しばかりの命と領土、そして賠償金済ませてやろうとしているにも関わらず、王国はその恩を仇で返そうとしている。礼儀知らずで盗人猛々しい連中だ。

 これが共和国側の主張であり、常人では理解に苦しむ独自の思考回路だった。

 

 「では皆の者らよ。この宣戦布告は受け入れるという方針でよいな?」


 そう大仰に一同は呼びかけるのは上座に座る、やたら華美な服装に身を包んだ壮年の男。

 セスペデス共和国第十九代総統アレクサンドル・ボロンボーイであった。


 「なに、案ずることはない。正義は勝つ。そして我らは正義だ!」


 絶対的な自信に満ちたアレクサンドルの科白に一同は「そうだそうだ」と賛成する。

 その様子からは自分達が勝利することに微塵の疑いも抱いていないことが窺える。

 だが、彼らは共和国の現状が芳しくないということを理解していなかった。


 共和国は元々僅かな領土を有する小国であったが侵略戦争を繰り返し勝利し続けたことで国土を広げ、たった百年の間で急速な発展を遂げた。

 しかし、広大な領土と豊かさを得た結果、共和国は内部から堕落してゆき、かつての平等を掲げた信念や強壮な軍隊は失われていった。


 富は国の上層部やそんな彼らとコネクションを持った商会などの一人握りの者たちが独占しており、癒着が当たり前になるなど両者は蜜月の関係にある。

 その影響で政治は各商会からの影響力が強く、今回の戦争も利益の拡大を狙った武器商会や民間軍事会社がけしかけたものであった。

 更に拍車をかけているのが政府内での権力闘争で各議員がそれぞれの派閥の下で次の総統の席を巡り、互いに足を引っ張り合っていた。


 こんな調子では当然、経済発展は停滞してゆき国民の生活は困窮、不満も溜まっていくが共和国はそれらを外国へ向けさせるのと自慢の食料生産で何とか誤魔化してきた。

 だが、今回の戦争でそれも意味をなさなくなるだろう。

 既に共和国はこないだの戦争で財源面、人材面ともに想定を越えた――取り返しのつかないほどの損耗を被っている。これは共和国が戦争で勝とうが負けようが変わらない事実であった。


 しかし、そんな事実を直視している者はこの場には一人していない――いや、気づかないふりをしているのだろう。

 ともかく最早落ち目としか言いようがないというのがこの共和国という国の現状だった。


 「総統大変です!」


 そこへ部屋の扉が勢いよく開かれ、一人の文官が飛び込んでくる。


 「何だ貴様!今は重要な会議をして――」


 「従軍した者の中から体調を崩す者が続出しています!」


 「何だと!?」


 舞い込んできた報告に取り繕おうともせず、驚愕の声を上げるアレクサンドル。


 「詳しく説明しろ!」


 「はい!王国との戦争後、不調を訴える者がポツポツと現れ始め、徐々に増加していった次第にございます。症状としては免疫疾患と見られ――」


 「何!?では以前からそういった者はいたということか?何故すぐに報告しない!!」


 「いえ……以前も申し上げましたが総統は捨て置けと――」


 「黙れ!!言い訳など聞きたくない!!」


 「はっ、はい!」


 自らの失態を恫喝ような形で誤魔化すアレクサンドル。

 しかし、すぐにみっともなかったと自覚し、冷静に努めようと息を払う。


 「……それで原因は分かっているのか?」


 「はいっ!原因の可能性が高いのは錬金術で製造された人工食物で――」


 「……今何と言った?」


 「ですから人工食物に含まれる成分が人体に影響を及ぼした可能性が――」


 「そんなわけがないっ!」


 先程までの心掛けはどこへやら。冷静さなどかなぐり捨てた態度で文官の言葉を否定する。


 「し、しかし……人工食物はまだ軍にしか普及していない上、市井からはそういった報告が上がっていないことからほぼ間違いないかと……」


 「ぐぬぬぬ……」


 反論することが出来ず、沈黙してしまうアレクサンドル。

 これが真実なら相当まずい。

 人工食物が使えないとなれば共和国軍の備蓄が不足し戦争が困難になる。

 かと言って通常食料を軍に優先すると国民の不満が爆発するだろう。


 早急に手を打たなくては――、


 「あの奴隷――21番を呼び出せ!すぐに代わりの食料を作らせるのだ!」


 あの奴隷とは無論シンのことだ。

 あの奴隷には食糧生産以前に。それ故に用済みとなっても殺さずにしておいたのだが――、


 「申し訳ありませんが……21番は先の戦争で既に死亡しており――」


 「…………は?」


 聞かされていなかった衝撃の事実にアレクサンドルの時間が停止する。

 そして、文官が事の経緯を説明するとアレクサンドルは烈火の如く怒り狂った。


 「ふざけるなぁああッ!誰の許しを得てっ、21番を勝手に連れ出したァ!?」


 「申し訳ございませんっ!申し訳ございませんっ!」


 怒りの収まらないアレクサンドルは床に縮こまる文官へ何度も八つ当たりの蹴りを繰り返す。

 それは側近らに止められるまで続いた。


 「フーッ……フーッ……今すぐその奇襲部隊隊長とやらを呼び出せえええええええええええええ!!」


 アレクサンドルがそう怒鳴ると部屋にいた全員が蜘蛛の子を散らすように退出していった。

 そして、一人残されたアレクサンドルは元の席へ座ると手を机につき、ガクンと項垂れる。


 (何もかもおしまいだ。このことがあの方に知られたら――)


 「随分と参ってるようじゃないかアレクサンドル」


 そこへ親しげではあるが、威圧感を伴った声が背後よりかけられる。


 「ヒッ!」


 震え上がりながら振り返ると、先程まで誰もいなかったはずのそこに今最も会いたくない人物がいた。


 「どうしたそんなに震えて。まさか、何かとんでもないことをやらかしたりしたのか?例えば……大切な21番を死なせてしまったとか」


 アレクサンドルは心臓を鷲掴みにされたような気分になった。

 駄目だ。何もかもバレている。もう――、


 「――というのは冗談だ。21番は王国の方で生存が確認されている」


 「…………ぇ?」


 思わず情けない声が口からこぼれた。

 その後、21番の消息の詳細を聞かされ、アレクサンドルは目から熱いものが込み上げてくるのを感じた。


 これで私は助かる――

 主は私を見捨てていなかった!


 「どんな手を使っても21番を奪還しろ。そうすれば今回の件不問とする」


 「承知しました」


 心にゆとりが出来たことで態度にも余裕が生まれ、慇懃に頭を下げる。


 「ただし――」


 そう言葉を切ると雰囲気が一変した。

 室内の温度が氷点下にまで下がった。そんな風にアレクサンドルは錯覚してしまった。


 息が詰まる、背筋が凍る、体が震える。

 月並な言葉だが、生きた心地がしなかった。


 「失敗したらその時は、どうなるか分かっているな?」


 「…………はい」


 怯懦に震えた声で搾り出すように答えた。

 総統を辞めさせられる。

 それが失敗した自身の未来だとアレクサンドルは予見していた。


 それだけならまだいい。

 だが、共和国の歴代の総統は皆辞任後、暗殺されるか逮捕され牢獄に入れられるかの憂き目に遭っている。

 アレクサンドル自身も多くの者に恨まれている自覚はあるし、後ろめたいことも多くある。

 そうなることは絶対に避けなくてはならなかった。


 「ならいい。今の言葉ゆめ忘れるなよ」


 そう言い残すと凍りついた空気が霧散する。

 アレクサンドルが頭を上げるとそこには誰もおらず、早くなった心臓の鼓動音だけが鳴り響いていた。

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