第37話 猿が去る

 前線の右側、ジャポニカン軍のいる所では、みんながサルの悪魔の呼び寄せたモンスターどもと戦闘している。そこへ、サルの悪魔が走って戻って来る。

「あれ、サルの悪魔が戻ってきますよ」かおりん。

「マジかよ!」すぺるん。

「コニタンよ、起きろ!」杖で殴る大臣。

「……」反応なしのコニタン。

「大臣様、殴ってはいけません!」かおりん。

「すまん……」大臣。

 ちょうどモンスターを全て倒し終えたところだった。アインとカベルが身構える。しかし、サルは大きくジャンプして、ノダオブナガの方へ向かって、二人の頭上を飛び越える。サルはノダオブナガを攻撃しようと両腕を振り下ろす。ノダオブナガは左腕の盾の前で剣を斜めに構えて、サルの悪魔自体を受け止める。サルは剣に当たらないように上手くかわして盾を引っ掻いた。盾にはひびが入った。

「軽い攻撃じゃが、鉄の盾にひびが入るほどの威力か」国王。

 そこへ、マジョリンヌが走ってきて、サルに殴りかかる。しかし、サルは素早くかわして距離を取る。

「おい、誰か笑わせろよ」すぺるん。

「ネタ切れや」アホ雉。

「俺でよければ、脱ごうか?」ハリー。

「お前が脱いでもどうにもならんわっ!」すぺるん。

「じゃ、わしが脱ごうか」国王。

「脱ぐな、おっさん!」杖で殴る大臣。

「ほげぇ!」顔が歪む国王。

「ウキッウキッ」サルが笑う。

 全員がガッツポーズ。

「わしの扱い……」悲しそうな国王。

 それを後ろで見ていたゲソ長老が、手に本を抱えて、サンドロ大臣に話しかける。

「大臣様、これは、北東の県のミャー族に伝わる滑稽こっけい本ですじゃ」ゲソ長老。

「滑稽本?」大臣。

「そうですじゃ。原題は、“オワラナイオワライ” といいますのじゃ。あの悪魔に渡してみてはいかがかと思いますのじゃ」ゲソ長老。

「なるほど。読むかもしれませんな」大臣。

 サンドロは本を一冊受け取って、サルの悪魔の方へ放り投げる。

「ほれ、笑いの本じゃ」大臣。

 本はサルの側に落ちた。サルは警戒しながらも、興味ありそうに本を拾い上げて、表紙をめくって読み始めた。全員がそれを見守る。

「ウキッウキッ」笑うサル。

 全員がガッツポーズ。


 そこへ、ゴンが飛んで来た。マルテン、アマザエ、ポンジョルノを乗せて。サルの悪魔はゴンのことをちらっと見たが、大して気にしていない感じで、本を読み続ける。

「国王様、大臣様、至急の用件です!」マモル。

「何じゃ?」大臣。

「まず、こちらのお方を。水の森王国のマルテン国王です。回復魔法をお願いします」マモル。

「ん? ほう、これは……」何かを感じ取るメイジ。

「おおっ、マルテン殿か。どこでどうしておったのじゃ」国王。

 メイジが回復魔法を唱える。

「回復魔法!」

 マルテン、アマザエ、ポンジョルノの体力が全回復する。

「お久しぶりです。ノダオブナガ国王」マルテン。

「ずっと行方不明で、皆、大変心配しておりましたぞ」大臣。

「ボッチデス湖の小島の教会で負傷されているところを発見しました。海賊と争っていたようです」マモル。

「ハルマキドンの教会か」大臣。

「そこでなぜ海賊と?」国王。

「……私たちは……取り返しのつかないことをしてしまった」

 マルテンは傷が治ったとはいえ、罪の重さに押しつぶされそうなくらいテンションが低い。

「ふぉふぉふぉ。落ち着いて話して下され。マルテン国王」メイジ。

「地獄の門を予定よりも早くひらくことに力を貸してしまった」マルテン。

「何ですと!?」大臣。

「どういうことだ?」国王。

「私たちは、パイレーツ・オブ・トレビアンに協力してしまったのだ」マルテン。

「パイレーツ・オブ・トレビアン?」国王。

「海賊だ。遥か西にあるフレグランス共和国の元国王アルチュールが率いる海賊の一団だ」マルテン。

「アルチュール?」メイジ。

「おそらく、虹の都王国の近海で目撃された海賊でしょうな」大臣。

「なぜその海賊に協力したのだ?」国王。

「……虹の都を滅ぼそうと思ったからだ……」マルテン。

「何ですと?」大臣。

「それは、どういうことだ?」国王。

「……」下を向くマルテン。

「……悪魔の力を借りて、虹の都を滅ぼそうとしました……私は、アマザエ。ウマシカの妹です」アマザエ。

 その場のみんなが驚いた。

「えっ? ナウマン教の教祖だった、あの……」かおりん。

「ウマシカ様の……」バカ犬。

「……妹……」アホ雉。

「マジかよ……」すぺるん。

「……」無言のハリー。

「虹の都王国の非道な仕打ちさえなければ、姉はナウマン教をつくることなんてしなかった。風の谷の民が苦しむこともなかった……だから……」アマザエ。

 マルテンは手を少し上げて、アマザエに向けてもう話さなくてもいいという仕草をした。

「このままでは全ての国が危険だ。何とかしたい。モンスターと戦闘している兵士たちに知らせなければと思った。だから、私たちは教会から逃げてきた」マルテン。

「ふむ……」国王。

「……アルチュールは、私が王族であること、アマザエが膨大な魔力を持っていることを見抜いて、近づいてきた。アルチュールは、予言者が書いた本を持っていた。そこには未来に起こることが書かれていた。地獄の門が開き、魔界から三大悪魔がやって来ること。悪魔が腐敗した国を滅ぼすこと。私はそれを信じて、彼の計画に協力しようと決めたのだ」マルテン。

「……うむ」大臣。

「……して、悪魔が虹の都を滅ぼしたとして、その後、他の国を襲うとは考えなかったのか?」国王。

「アルチュールが言うには、悪魔が虹の国を滅ぼした後、悪魔を魔界へ帰らせるために地獄の門を閉じればいいということだった。だから、他の国には被害が及ばないと……」マルテン。

「……」国王。

「……地獄の門を閉じる?」大臣。

「そうだ、アマザエの魔力で、門を閉じることができると」マルテン。

「やはりお主か、わしよりも高い魔力を持っておる。ふぉふぉふぉ」メイジ。

「……」アマザエ。

「で、どうやって、閉じることができるのですかな?」メイジ。

「年が明けて、新年になってから、アマザエが儀式を行えば、門が閉じると」マルテン。

「年が明けるまで、あと数日ある……」大臣。

「それまで、戦闘を続けなければならぬのか……」国王。

「その、未来の出来事が書かれた本には、いつまでの未来が書かれておりましたかな?」メイジ。

「私はその本を開いたことはない。しかし、アルチュールは、悪魔がやって来て、キイロイカネの剣が登場する場面で終わると言っていた」マルテン。

「キイロイカネの剣……」国王。

「黄金に輝き、岩山をも切り裂くことができるという剣だと言っていた」マルテン。

「それは黒刀真剣のことでしょうか?」大臣。

「その剣は悪魔とは関係があるのですかな?」メイジ。

「私には、わからない」マルテン。

 重苦しい空気の中、ポンジョルノが話す。

「俺は、その本を読んだことがあります。脳取ダムという預言者が書いた “未来予想図” という本です。最後に書かれていたのは、キイロイカネの剣が黄金色に輝いたということでした」ポンジョルノ。

「で、お主は?」メイジ。

「彼は、ポンジョルノ。パイレーツ・オブ・トレビアンの一員です」マルテン。

「海賊じゃと!?」大臣。

「彼は、私たちを逃がすために、戦ってくれました」マルテン。

「この人は、良い人です。私たちにずっと良くしてくれました」アマザエ。

「俺は、パイレーツ・オブ・トレビアンのお頭アルチュールの側にずっといました。でも、俺も、悪魔は虹の都王国の人間だけを襲うとしか聞いていませんでした。まさかこんな大事おおごとになっているなんて」ポンジョルノ。

「アルチュールはこの大陸を支配しようとしている。悪魔を呼び出して、この大陸の全ての国の兵士を殲滅し、そして全ての国を滅ぼしてから、悪魔を魔界へと帰らせる。そして、自分たちがこの大陸を支配する。それがアルチュールの目的だ」マルテン。

「海賊は何人いる?」国王。

「約100名」マルテン。

「たったの100!?」大臣。

「ええ、少人数だから、彼らはキャンディー帝国軍をうまく利用したのだ」マルテン。

「……ふむ、なるほどな」国王。

「そのような裏があったとは……」大臣。

「どうするべきか?」国王。

「ハルマキドンの教会へ行っても、何が変わるわけでもないだろうのう。今は悪魔を倒すほうが先だ。海賊退治はそれからでもいいだろう」メイジ。

「うむ」国王。

 サルの悪魔は “オワラナイオワライ” を読み終えたらしく、本を真上に放り投げた。それから、周りをキョロキョロと見回している。

「おい、まずいぞ、誰か漫才しろよ」すぺるん。

「大臣様、まだ滑稽本はたくさんありますじゃ。これが第二巻ですじゃ」ゲソ。

「ありがたい。ほれ、もっと読めるぞ!」本をサルに投げる大臣。

 サルは本を拾い上げて、読み始める。

「ウキッウキッ」

 すぺるんたちはどうしていいのかわからずに動けないでいる。

「ふぉふぉふぉ。地獄の門を閉じる具体的な手順は、どうするのですかな?」メイジ。

 マルテンは訊かれて、アマザエの方を見る。

「……私がラッパを吹けば門は閉じると、アルチュールは言ってました」アマザエ。

「では、悪魔はどのようにして門をくぐって魔界へ帰るのだ?」メイジ。

「まず帰還の曲を演奏すれば、悪魔は自ら魔界へ帰ると言ってました」アマザエ。

「それから?」メイジ。

「それから終幕の曲を演奏して、門が閉じると言ってました」アマザエ。

「ふむ。年が明ける前に、帰還の曲を演奏したら、どうなるのじゃ?」大臣。

「……わかりません……」アマザエ。

「メイジよ、試してみてはどうじゃ?」大臣。

「そうだのう。アマザエよ、帰還の曲を演奏してくれ」メイジ。

「……」アマザエ。

 アマザエは無反応だが、マルテンが少し目で合図を送ったようだ。

「……わかりました」アマザエ。

 アマザエは木製のケースからラッパを取り出して演奏する。


 パパパパパーパパーッパパパパパーパパーッパパパパパーパパーッ


 ラッパの音が響き渡る。まだ演奏の途中であるが、サルの悪魔の目つきが鋭くなっていく。それだけでなく、唇が両側に広がり、毛が逆立ち、呼吸が荒くなっていく。そして、サルの悪魔は本を投げ捨て、アマザエに飛びかかる。

「ぅぁっ!」アマザエ。

 アインとカベルが動いていたが間に合わず、サルはアマザエの左腕を引っ掻いた。

「アマザエ!」マルテン。

 すぐにアインとカベルが聖なるダガーでサルを攻撃する。

「ヴキーーッ」

 サルはうつ伏せに倒れる。それからひょこっと起き上がり、本を拾って読み出した。

「何じゃ? ラッパの音で凶暴化したのか?」大臣。

「アマザエを攻撃するとは……海賊はどうするつもりでいたのだ?」メイジ。

「教会だ。あの教会には、悪魔とモンスターは入ることができない。教会内は安全だ」マルテン。

「なるほど」大臣。

「あれ? 悪魔、帰りませんね」かおりん。

「年が明ける前に演奏したから、意味がなかったのかのう?」メイジ。

 さっきから何かを考えていたハリーが提案する。

「そのお笑いの本を、地獄の門の中へ投げ入れたら、サルの悪魔も門の中へ入るのではないですか? そしたら、魔界へと帰っていくのではないでしょうか?」ハリー。

「……ん?」大臣。

「ナイスアイデアじゃね?」国王。

「本を餌にして誘導するんですね」かおりん。

「仮に門の中へ入ったとして、再び戻ってくるのでは……」大臣。

「ふぉふぉふぉ。試してみる価値はあるよのう」メイジ。

 兵士たちも皆、うんうんと頷いている。

「本は、全部で五十巻までありますじゃ」ゲソ。

「おい、筋肉バカ、お前が本を地獄の門まで運べ」ハリー。

「お前がやれ! クズが!」すぺるん。

「やれやれ、仕方ないな。また貸しが増えたな」ハリー。

「増えるか!」すぺるん。

「セサミン、俺と本を地獄の門まで運んでくれ」ハリー。

「了解」セサミン。

 セサミンはタクシーに变化して、ハリーと本を乗せる。

「万が一のために、わしも行こう」タクシーに乗る大臣。

「おい、サルの悪魔、続きはここにあるぞ、読みたかったら、ついて来い」ハリー。

 セサミンは走り始める。

「ウキッ、ウキウキ」

 サルの悪魔は第二巻を抱えて、セサミンの後をついていく。セサミンは普通にモンスターどものいる真っ只中を通過して、走る。そして、ボッチデス湖のほとりまで来た。

「地獄の門か、デカいですね」ハリー。

「そうだな。ヤギの悪魔が通れる大きさだからな」セサミン。

「門の中は暗闇で何も見えんな」大臣。

 サルの悪魔はハリーたちの横まで来て、しゃがんで本を読んでいる。

「よし、セサミン、湖を越えて、門の前まで行くぞ」ハリー。

 サルはちょこんとタクシーの屋根の上に乗った。魔界タクシーは湖を渡って、小島に到着する。

「さてと、サルの悪魔よ、第三巻を門の真ん前に置くぞ」ハリー。

「ウキウキ」サルは門の真ん前まで来て本を拾い上げる。

「大臣様、どうしましょうか」ハリー。

「本を門の中へ投げ入れよう」大臣。

 大臣は本を一冊取って、門の中へ投げた。

「ウキッウキッ」サルは第三巻を読んでいる最中だ。

「まだ三巻を読んでるからか、反応しませんね」ハリー。

「おっ、読み終えたぞ」大臣。

「ほら、これが第四巻だ」本を渡すハリー。

「ウキッウキッ」笑うサル。

「なんか、読むスピードが速くなってません?」ハリー。

「うむ……」大臣。

 サルは第四巻を読み終えた。

「ほれ、第五巻だ」ハリー。

「ウキッウキッ」笑うサル。

「読む速度が上がっておる。人間よりも知能が高いかもしれん」大臣。

 サルは第五巻を読み終えて、セサミンに積まれた本を奪って読み出す。

「何という速さだ」大臣。

「さすがに学生服着てるだけあって、ガリ勉なんでしょうか」ハリー。

「しかし、このままでは、すぐに全巻読み終えるぞ」大臣。

「どうしましょう?」ハリー。

「一か八か、賭けるしかないかの……サルの悪魔よ、お笑いの本を門の中に入れてやる。じゃから一緒に魔界へ帰れ」

 大臣はそう言いながら、お笑いの本を次から次へと門の暗闇の中へ放り投げ始めた。

「ついでに、このバットとボールも持ってけ!」

 ハリーはバットとボールを門の中へ投げ入れた。

「ウキーーッ、キッキッ」

 サルは読むのをやめて、門の前まで来て、投げ込まれる本をじっと見ている。

「これもおまけだ!」

 ハリーはケン玉とパチンコを投げ入れた。

「サルの悪魔よ、魔界へ戻らなければ、お笑いの本を読むことができぬぞ」大臣。

「ウキウキーー」

 サルの悪魔は両手で自分のこめかみを押さえて、“オーマイガーッ” みたいな感じでいる。大臣は本を投げ入れ続ける。そしてサルは急にキョロキョロしながら、天を仰ぐ。それから、バク転しながら後ろに下がり、大きくジャンプした。

「ウッキウキーーーーー!」

 サルの悪魔は、両手でピースサインをしながら、地獄の門の暗闇の中へと消えていった。

「……帰った……のか」大臣。

「……門の中へ飛び込みましたから……帰ったんでしょうかね」ハリー。


 サルの悪魔が地獄の門へ走るのを見た兵士たちの中には、望遠鏡で様子を観察する者もいた。

「おい、サルの悪魔が門の中へ入っていったぞ」兵士。

「うむ、確かに」虎プー。

「おおっ」イマソガリ。


「国王様、サルの悪魔が地獄の門へ入って消えました」侍。

「おお、真か!」ロクモンジ。

「カクボウ様、サルの悪魔が地獄の門の中へ入りました」兵士。

「よしっ!」カクボウ。


 その情報はすぐに広まり、兵士たちの士気が上昇する。

「うおぉーーーー!」

「おおーーーーー!」

 兵士や侍たちから歓声が上がった。


 地獄の門の前で、言葉もなく佇むハリーと大臣。セサミンが声をかける。

「ハリー。おそらくだが、魔界と人間界をつなぐ通路から一旦魔界へ帰ったら、同じ通路を通って人間界に戻って来られることはないと思う」セサミン。

「え、マジか?」ハリー。

「何万年も前に人間界へ来たことのある先輩悪魔から聞いた話がある。その先輩は、人間界に来て、忘れ物をしたからすぐに魔界へ戻ったらしい。それから再び人間界へ行こうとしたら、もう通路を通れなかったって言ってた」セサミン。

「それが、地獄の門にも当てはまるのなら、良いのじゃが……」大臣。

「でも、まあ、その話を聞いて安心した」ハリー。

 ホッとするハリーと大臣。

「戻りましょうか」ハリー。

「ん? 銃声がしたような」大臣。

「私にも聞こえました。キャンディー軍がまだ使える火縄銃を撃ったんでしょうかね」ハリー。

「んー、まっいいか。戻ろう」大臣。

 セサミンはハリーと大臣を乗せて、走り出す。

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