第34話 猿の学生

 多くの兵士が、ノダオブナガがヤギを斬りつけるのを見ていた。ビクターたちもそれを見て、ジャポニカン軍の所へやって来た。

「ノダオブナガ国王、大丈夫ですか!」ビクター。

 呪いは、ノダオブナガの右腕から右上半身へと徐々にむしばんでいく。腕どころか、全身を動かせないようだ。

「ぐぬ……手から、離れぬ」国王。

「呪いを解かねばならんな」大臣。

「ふぉふぉふぉ」メイジ。

「あっ、これはメイジ大神官」ビクター。

「メイジ大神官」かしこまるアインとカベル。

「ビクターよ、慣れない潜入捜査を頼んですまなかったのう」メイジ。

「いえ、とんでもありません」ビクター。

「どれ、アインとカベルも手伝ってくれ」メイジ。

「はい」アインとカベル。

 三人は魔法を唱え始める。

「呪い解除魔法!」

 ノダオブナガの右腕は徐々に血の気がさして、ドス黒いもやが解き放たれていく。そして黒刀真剣は手から離れ落ちた。アインが杖の底の二股のダガーをうまく使って黒刀真剣を拾い上げて、カベルがそれを鞘に押し込んだ。

「ふう、まさか、呪われた武器じゃったとは……」大臣。

「すまぬことをした」国王。

「真の使い手を待たねばのう」メイジ。

「うむ、それまではモンスターを倒し続けるしかないのか」大臣。

 皆の士気に影響が出る中、ビクターと神官二人が顔を見合わせる。

「私が悪魔を攻撃してみましょう」ビクター。

 ビクターはヤギに向かって走っていく。アインとカベルも後に続く。

「おい、待て! 下手に刺激するでないぞ!」大臣。

 サンドロが止めるのも聞かず、ビクターは向かい来るモンスターを聖剣で一撃で倒してヤギへと走る。そしてジャンプして、先ほどノダオブナガが傷つけたヤギの胸を聖剣で斬りつける。続いて、カインとアベルもジャンプして同じところを聖なるダガーで斬りつける。

「ィテエエエエーーーーーッ!」

 低い声で痛がるヤギの悪魔。傷口が大きく開くが、血は吹き出ない。ヤギの目の色が黄色から赤に変わる。そしてビクターたちを蹴ろうと前足を後ろに下げる。アインとカベルは素早くその場から離れたが、ビクターはヤギの攻撃を避けようとしない。ヤギの前足がビクターを蹴る。その瞬間、ビクターはジャンプして、両足を聖剣の柄にかけて、全体重を乗せてヤギの前足に聖剣を突き刺す。

「ィテエエエエーーーーーッ!」

 ビクターは反動で聖剣もろともふっ飛ばされる。ビクターが飛ばされた地点にカピバラたちが待っていて、ビクターはもふもふな背中でキャッチされた。すぐにアインとカベルが回復魔法を唱えた。

 この時、ヤギの悪魔はその巨体を動かした。ジャポニカン軍の方へと徐々にスピードを上げて向かってくるのだ。

「おい、来るぞ!」兵士。

「ヤバいぞ」国王。

「土魔法!」

 サンドロが土魔法を唱える。地面が盛り上がり、急斜面の高い壁が現れる。ヤギはその壁に激突する。

「サンドロ大臣の魔法が悪魔を防いだぞ!」兵士。

「うおおーーー!」兵士。

 しかし、ヤギの悪魔はその土の壁の急斜面を登ってくる。

「何じゃと……」大臣。

 ヤギは登りきって、壁の上で普通に四足立ち。そして、目の色が黄色に戻って、またじっと動かなくなる。

「ヤギって、断崖絶壁を登ったりするからな」ハリー。

「はぁ、はい……」かおりん。

「ビクターよ、怪我はないか?」国王。

「ええ、私にはヤギの悪魔の攻撃はほとんど当たってません。むしろクロスカウンターで、聖剣がヒットしました」ビクター。

「しかし、悪魔の傷はふさがっておるのう」メイジ。

「ハエの悪魔の時もそうでしたが、やはりこの聖剣で悪魔を倒すのは無理なのでしょうか」ビクター。


 この騒動のすぐ近くでは、すぺるんがバカ犬とともに戦闘していた。アホ雉がバカ犬に話しかける。

「バカ犬、お前そんなにガンガン張り切ってたら、疲れるで。ペース考えや」アホ雉。

「俺には疲れなど無縁だ」バカ犬。

「そんなんアホが言うことやで」アホ雉。

「ということは、お前が言うことだな」バカ犬。

「そうや……いや、ちゃうちゃう」一人ツッコミのアホ雉。

「お前ら、こんな時に漫才してんのかよ」すぺるん。

「わてらにとっては、戦闘に身を置いてる時にバカ話するのは日常のことやったしな、懐かしいんやわ」アホ雉。

「クソ猿のことを思い出す」バカ犬。

「ふーん。俺らのパーティーは、戦闘中はいつも超真剣だった。それ以外ではバカ話してたけどな」すぺるん。

 戦闘中にも関わらず、お気楽な感じのおバカたち。そんな状況の中、陣営の背後から何かが近づいてくる。

「おい、モンスターだ!」兵士。

「後方から来るぞ!」兵士。

「何じゃと!」大臣。

 ジャポニカン軍の後ろに、モンスターの大群がいるのだ。巨大な羽を持つトカゲのモンスター、巨大なキノコのモンスターが100体以上も。

「どこから現れた?」バカ犬。

「わからんけど、倒さなしゃーないで」アホ雉。

「ていうか、コニタン、どこだ!?」すぺるん。

 後方にいるはずのコニタンのことを思い出して呼ぶすぺるん。

「コニターン!」すぺるん。

 すると、聞き覚えがあるが、ここでは絶対に聞くことのないはずの声が返ってくる。

「コニタンさんは、ここにいますよー」

 みんなが信じられない表情でその声の方を見る。地面に這いつくばった馬の背の上で気絶しているコニタンの側にいる女を。

「ドロシー!」

 真っ先に声を上げて反応したのは、ハリーだった。何と、そこにいたのはドロシーだったのだ。

「何してるんだ、ドロシー! こんな所で!」ハリー。

「えっ! 何でドロシーさんが!?」かおりん。

「ドロシーさん!?」アイン。

「こんな危険な場所で!」カベル。

「ふぉふぉふぉ。あの時の娘か」メイジ。

 誰もコニタンのことなど忘れて、驚きの声を上げた。しかし、当のドロシー本人は平然としている。

「ドロシー! 何やってるんだ!」ハリー。

「あっ、ハリーさん。探してたんですよ」ドロシー。

「探してた?」ハリー。

「パスタを買いに出かけて戻ったら、家がなくなってたんです」ドロシー。

「え!? そりゃ、火事になったからな。いや、そんなことより、危ないだろ、こんな所にいたら!」ハリー。

「大丈夫ですよ」ドロシー。

「大丈夫じゃない! モンスターがたくさんいるだろ!」ハリー。

「それが、大丈夫なんですよ。私、実はまだ電気を帯びてるみたいで、そのおかげでモンスターが近寄ってこないんです」ドロシー。

「えっ!? どうゆうこと?」ハリー。

「見てて下さい」

 そう言って、ドロシーは気絶中のコニタンにタッチする。バチバチッ!

「ひいいいぃぃ……」

 強い静電気が走ってコニタンは一瞬目を覚ますが、すぐにまた気を失う。

「ほら」ドロシー。

「……えっ……」ハリー。

「呪いは完全に解けておるのだが、一度帯びた特殊な属性は中々抜けきらんのかのう。ふぉふぉふぉ」メイジ。

「だから、ほら」

 ドロシーはモンスターの方へ走っていくが、モンスターは道を開けるようにドロシーから離れる。

「……え?」ハリー。

「……ある意味、最強……」すぺるん。

「だから、私がコニタンさんの近くにいますね」ドロシー。

「……あ、ああ、そうだな……」ハリー。

 どう反応していいのかわからないハリー。それを見ていた休憩中のシタインがドロシーに近づいていく。

「あんたがドロシーか。僕は悪魔の腐乱犬死体。ハリーのしもべやねん。シタインて呼んでや。よろしくやで」シタイン。

「まあ、かわいい胴長犬。よしよしよし」撫でるドロシー。

「かわいいなんて、照れるわー」シタイン。

「かわいくねえだろ」すぺるん。

「何やて! バウバウ」すぺるんに吠えるシタイン。

 すぺるんの海老斬丸が腐りだして、灰になって散り散り消えていく。

「おわっ、俺の海老斬丸が……」すぺるん。

「ちょっと、シタインさん、この状況でそんなことやめて下さい」かおりん。

「シタイン、刀を戻してやってくれ」ハリー。

「ハリーが言うんなら、しょーがないな。ウバウバ」シタイン。

 海老斬丸が徐々に元の形に戻っていく。

「おお、俺の海老斬丸っ」すぺるん。

「俺のおかげで元に戻った。これで貸しが3だな」ハリー。

「うるせえ! そんなことより、戦うぞ!」すぺるん。

「ああ」ハリー。

 すぺるんはモンスターに突進し刀で斬り込んでいく。バカ犬も負けじとガントレットで殴り込んでいく。アホ雉は剣で攻撃していく。ハリーはマントからバットとボールを取り出して攻撃する。

「そんなもの(刀)より、拳のほうが一撃で与えるダメージが大きいぞ」バカ犬。

「かもな。だが、こっち(刀)のほうがリーチがある」すぺるん。

「それやったら、クソ猿のブーメランのほうがすごかったで」アホ雉。

「ああ、クソ猿だったら、巨大ブーメランで一度にたくさんのモンスターに攻撃できたからな」バカ犬。

「ウッキッキッキーってな」アホ雉。

「ふん、リーチなら、俺の攻撃のほうが上だ」ハリー。

 ハリーはバットでボールを打ってモンスターに命中させていく。

「お前の戦い方は特殊過ぎるんだよ!」すぺるん。

「ハリーの場合、攻撃を当てるのに時間がかかり過ぎや。効率悪いで」アホ雉。

「ふん、だったら、これにするか」

 ハリーはそう言って、マントからブーメランを取り出して投げる。ブーメランはモンスターに命中するが、その場で勢いを失って、戻って来ない。

「戻って来なかったら、ブーメランの意味ねえだろが!」すぺるん。

「ふん、わざとだ」ハリー。

「あのな……」すぺるん。

「ウッキッキッキー」

「バカ話はやめとけ!」真剣なすぺるん。

「ウッキッキッキー」

「何や? ハリーか?」アホ雉。

「何がだ?」ハリー。

「何がって、クソ猿のものまねや」アホ雉。

「俺はそんなキャラじゃない」ハリー。

「バカ犬はものまねなんかせえへんしな」アホ雉。

「じゃあ、筋肉バカか?」ハリー。

「俺もものまねなんかしねえわ!」すぺるん。

「ウッキッキッキー」

「えっ?」アホ雉。

「ん!?」ハリー。

 この時、すぺるん、ハリー、バカ犬、アホ雉の全員が血の気が引くような思いをした。自分たちのすぐ側で、得体が知れない何かの気配を感じ取ったからだ。全員が、そいつがいつからそこにいたのか、全く気づいていなかった。しかし、クソ猿のものまねの声がそこから発せられたであろうことは瞬時に理解できた。それゆえに、全員が心臓が飛び出しそうになるくらいの恐怖を、一瞬で感じたのだ。

「ウッキッキッキー」

 ちょうどすぺるんとバカ犬の後ろあたりで声がした。二人は振り向くが、しかしそこにはもう何者もいない。

「そこに、何かが……いたぞ」ハリー。

「今……何かおったで」アホ雉

 そう言ったハリーとアホ雉は、すぺるんとバカ犬の少し後ろにいた。

「……おい、そいつ、何だ?」すぺるん。

「……」ごくりと唾を飲むバカ犬。

 すぺるんとバカ犬は、ハリーとアホ雉の間のほんの少し後ろの辺りを見て言った。ハリーとアホ雉が振り返る。そこには、何かがいたのだ。

「……」ハリー・アホ雉。

「ウッキッキッキー」

 そいつは猿の鳴き声を発していた。

「何だ……」すぺるん。

「いつ動いた?」バカ犬。

 そこにいたのは、人間のような何かだ。黒い詰め襟の学生服を着て、学生帽をかぶって、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた何かがいるのだ。

「速すぎて見えなかったのか?」バカ犬。

 驚きのあまり冷静さを欠いていたのか、全員がゆっくりと深呼吸をする。それから目を凝らしてそいつを見る。そいつは、猿だ。背格好が猿なのだ。猿が学生服を着ているのだ。

「ウッキッキッキー」

 そいつは瞬時にハリーの側に移動する。

「……今、見えたか?」すぺるん。

「見えなかった……」バカ犬。

「異常な速さやな……」アホ雉。

 そいつはハリーからバットを奪い取って珍しそうに触っている。

 メイジ大神官がゆったりと歩いてきた。国王と大臣たちも一緒に。

「おお、おそらく、三大悪魔の残り、サルの悪魔だ」メイジ。

「何ということだ……」ビクター。

「こいつがモンスターを呼んだんだねえ」マジョリンヌ。

「前後を悪魔に挟まれたか……」大臣。

 その話を聞いて、動けずに固まるすぺるんたち。

「……おい、俺を攻撃しても、いいことないぞ……爽やかイケメンの俺が死んだら、世界中の女性が悲しむ。だから、あの筋肉バカを攻撃しろ……」ハリー。

「ウキッウキッ」

 サルの悪魔は白い歯を見せて笑った。

「ふざけんな! クズめ!」すぺるん。

「モンスターどうすんねん! まだ残っとるで!」アホ雉。

「魔法で何とかしろよ!」すぺるん。

「わても、剣やのうて、を使いたを使いた」アホ雉。

「寒っ」大臣。

「氷結魔法!」

 キノコのモンスターどもの足が凍りついていく。

「ウキッウキッ」笑うサルの悪魔。

「これでしばらくは足止めできるで」アホ雉。

「ところで、どうする、このサルの悪魔?」すぺるん。

「動きが速すぎる……」バカ犬。

 サルの悪魔はハリーのボールを取ってお手玉している。

「筋肉バカよ、俺の身代わりになれ。貸しをチャラにしてやる」ハリー。

「黙れ、クズが!」すぺるん。

「俺のこのイケメンな顔に傷の一つでもつけるわけにはいかない。ゲスなお前ならいいだろ」ハリー。

「俺ら、同じ汚れだろが!」すぺるん。

「違う!」ハリー。

「ウキッウキッ」笑うサルの悪魔。

 その場はすごい緊張感が漂い続けていて、すぺるんたちは誰も不用意に動けない。

「なあ、この悪魔、笑ったんちゃうか」アホ雉。

「ああ、笑ってたよな、歯、見せて」すぺるん。

「そや、ハリーとすぺるんのアホなやり取りで笑ったんちゃうか」アホ雉。

「そんなわけないだろ」すぺるん。

「いや、わてが魔法を唱えた時も笑ったで」アホ雉。

「そういえば、そんな気がする」ハリー。

 だが、そうだとしても、どうしていいのかわからない。そんな状況で、みんながコニタンの方を見た。全員がごく自然に、同じ方向を見たのだ。その視線の先に、サルの悪魔も視線を向ける。全員がヤバいと思ったが、そんなことを口に出す前に、サルの悪魔がコニタンの方へと走っていた。

「セサ――」ハリー。

 ハリーが何かを言おうとした瞬間には、サルの悪魔はコニタンとドロシーのすぐ側まで移動していた。コニタンかドロシーのどちらかが攻撃されると皆が思ったが、タクシー姿のセサミンが間一髪でコニタンとドロシーを拾い上げて逃げていた。

「ああ、良かった……」ハリー。

「ハリーが俺の名前を呼んだから、動けたんだ」セサミン。

「サルの悪魔、速すぎるぞ……」ビクター。

「ウッキ?」不思議そうなサルの悪魔。

「カイン、私たちで何とかしましょう」アイン。

「私とアインなら何とか動きについていけるかも」カベル。

「随分と余裕だねえ。どれ、助けてやるよ」

 マジョリンヌが杖を掲げて魔法を唱え始める。

「瞬足魔法!」

 マジョリンヌは瞬足魔法をアインとカベルに唱えた。神官二人の足元に青白いきりまとわりつく。マジョリンヌは鈍足魔法を唱えようとしたが、サルの悪魔が素早く動くために途中でやめた。

「よし」アイン。

「行こう」カベル。

 そしてサルの悪魔は再度、コニタンを狙う。アインとカベルも瞬時に動いて間に割って入る。そしてサルの悪魔の攻撃を二人は聖なるダガーで防いだ。

「ヴギーーーッ!」痛そうな声を上げるサル。

 サルの悪魔は空中で回転しながら着地してすぐに飛びかかってくるが、この時、近くで紫のローブを着た男が魔法を唱え終えていた。

「火炎魔法!」

 アインとカベルの前に炎の壁が出来上がり、サルの悪魔の方へとその炎が向かっていく。そして炎はサルを包み込む。

「アヂヂヂーー!」熱がるサル。

 サルの悪魔は地面を転がりながら火の粉を払いのけている。

 そしてみんなが魔法を唱えた男を見る。

「おお、金さん」すぺるん。

「金さんか」ハリー。

「金さん」アイン・カベル。

「待たせたな」金さん。


 絶妙のタイミングでカッコよく現れた金さん。これで役者は揃ったぞ。

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