1−3

 ロズウェル家は国の三大貴族と言われる名家の1つ。庭もその名に相応しく、広大な敷地と草花が品良く咲き誇っている。そして隅の方に家庭菜園用の敷地も設けられている。


 リリーナがたった一人で庭の全てを担っていた。


 顔色一つ変えず、弱音も吐かず、嫌な素振りも全く見せず。虫にも素手で触れるし、泥だってゴム手袋などもせずに弄る。

 しかし、彼女的には“一人で”庭の整備をしているつもりなどない。

 植物たちと語り合えるから。

 病気を患えば他の植物たちが知らせてくれ早期対処が出来、新しい肥料も必要な時だけ声をかけてくれるし、遠い大地からの伝達で雨降りも事前に察知して水やりは不要だと言ったりと彼女の負担を減らそうと努めてくれる。

 きっと初めて出会う王城の植物たちとも彼女は上手く打ち解けていくだろう。そんな風に思いながら、草花たちは最高級の聖水を吸い込み、今日も奇跡の様に美しく生けていた。




「お父様? 今日は領地の視察へ行かれたから、普段通り、夕食には同席されるはずよ」


 長女がわざわざ両親の部屋へ来るのも稀である上にいつ父親が帰宅するのか初めて聞かれ、母クレアフィルは驚きを一瞬隠せず目を見開くが、その後普段のおしとやかな微笑みに戻り娘に穏やかな声色で


「どうしたの?」


 と尋ねた。


「夕食時にお話したいことがあります」


 子ども(といってもリリーナはもう18だが)というのは親の知らないところで成長をし、未知の世界を見せてくれる。クレアフィルは、やや緊張した顔のリリーナを見つめて


「わかりました。お父様にも帰ってきたらそう伝えておくわね」


 と優しくも少し寂しさが見え隠れした微笑で、愛おしそうにそっとリリーナの髪を撫でた。




「聞いてくださる!? 姉妹でお茶会にいらしてくださいなんて招待状が来たのよ、し·ま·い·で! 昨日の夜会で会った殿方よ! どこの家の人かは知らないけれど、私に話しかけてきたと思ったらお姉様に興味を持ってただけだったのね、あーーーー!! ほんとに腹立たしいわ!!!」


 朝に引き続き怒りを全く包み隠さない妹のカロリーナの他は俯いて苦笑をしている。

 カロにも事前に言った方が良かったかしら、と気まずそうなリリーナの向かい側には、そんなことをしたらカロはその場で聞かずにはいられない性分ですよ、と母クレアフィルの苦笑。姉妹でこの性格の違いはどうしたものか…と父であり領主のレイトスは半ば呆れて上座から二人を見比べている。

 侍女や執事たちでさえも普段適当に相槌をしたり優しく嗜めたりする主君たちとは違い、悩ましい雰囲気を醸し出しているため何かした方が良いのかと戸惑いの空気を隠せないで佇んでいる。


「カロ、あのね」


 いつもは父や母が嗜めるのに対し、珍しく口数の少ない姉が言葉を発するのだから、喚くカロリーナは口を開いたまま何も言わずに姉へ顔を向けた。


「もう私が原因であなたの恋人探しが拗れることはなくなると思うの」

「ぇえっ!?」


 カロリーナは声に出して驚き、ロズウェル夫妻は眼光鋭くリリーナを見つめた。


「私、仕事をしようと思うの。王城で」

「ええっ!? 王城で!? なんでっ」

「カロ、最後まで聞いてくれるかしら」


 カロリーナは「あらいけないわっ!」と大袈裟に両手を口元に抑えて自主的に返事をしないように努めた。

 そしてリリーナは家族全員に話しかけるように続ける。


「今日、花屋で王城庭師に偶然お会いしたんです。子どもたちの大切な花を植え直していたら、庭師にならないかと声をかけていただいて……ロズウェル家の長女の私がいつまでも引き籠もりのようなことはせずに王城で働けば、カロも揶揄されることは少なくなると思うの」

「私のために働くの!? そんなの嬉しくないわ!」


 やはりカロリーナは最後までは耐えきれなかった。


「カロ…」

「いい!? お姉様! 私は揶揄をされることなんてどうだって良いのよ! そんな男、こっちから願い下げだっつーの! 私は噂や権力に溺れるような奴にお姉様の奇跡の野菜は食べさせたくないわ! だから…っ…私のために働くのなんて反対よ!」


 姉の隣に座っているカロリーナは、リリーナの両手を掴み、じっと視線を離すことなく目でも訴えている。


 今、カロは自分のせいで姉が奉公に行こうとしていると思い込んでいる………。


 そうか………………


 リリーナは握られた手をぎゅっと握り返し


「私ね、やってみたいの、庭師」


 言葉を選ぶようにぽつりぽつりと紡いでいく。


「庭師にって誘っていただけたときに、あなたのことも頭には浮かんだわ。でもね、私が庭師になりたいの。家の庭以外に自分の力で手入れが出来るのか、知ってみたい」


 カロリーナに語りかけながら、彼女自身が自分の想いと向き合えていく。

 姉妹のやりとりを見守っていた夫妻だが、父レイトスが口を開き


「王城庭師か…おそらく住み込みで働くことになるが、良いのか?」


 貴族の娘が家を出て王城の従業員の一員となる、娘に覚悟があるのか淡々と聞き出した。


「もちろん。庭師になるためなら」


 真っ直ぐな瞳で短く返答をすると、父は「うむ」と小さく頷き


「明日城で貴族会議がある。私から直に頼んでおこう」


 それだけ言うと「冷めてしまうな」とナイフとフォークを手に取った。


「ありがとうございます…!」


 ほっとして皆が食事に取り掛かると、レイトスは白身魚のムニエルをナイフで切りながら


「だが、ロズウェル家の長女であることは伏せておきなさい」


 と淡々と言うとそのままフォークで口に運び、さも重大発言をしてない様な雰囲気であったが、取り乱したことのないリリーナでさえもすぐには父の思惑が理解出来ず


「何故…でしょうか……………」


 様々な仮説を考えたが、どれも前向きなモノではなかった。


 ロズウェル家の恥だから…?

 お父様の娘であることを隠したいほどに…?

 やはり、カロの恋人探しに私は邪魔な存在なの…?


 珍しく言葉に詰まった様子に母クレアフィルは「リリー」と声をかけようとするが、


「たしかにね〜、その方が良いと思う」


 と横から妹のカロリーナでさえも父の考えにあっさりと同意した。

 ますますリリーナは家族から蔑ろにされているのかと内心焦り始めるが、言葉を選ばない妹はこう続けた。


「一般人がさぁ庭師になる分には皆興味のきの字も無いだろうけど、三大貴族のご長女様がするってなると見世物になりかねないもの。変に言い寄ってくる男とかも出そうだし、ドレスやスカートを勧めてくるお節介なメイドとかいそうだし。そんなんじゃ、せっかく庭師になっても落ち着いて草花の手入れとかが出来なさそうだもの」


 先程の後ろ向きな考えが嘘のように晴れていく。『たしかにね〜』とカロリーナが軽くした相槌にもストンと納得がいく。


 本当に、確かにそうね、カロ。


 ふっと安堵の息を鼻から軽く出し、妹にうっすら微笑むと視線を父に移して、リリーナは父の言葉を待った。


 レイトスは変わらず食事を進めながら


「リリーは領地のアジュール夫妻とは顔見知りだろう。彼らなら事情を話しても他言することはまず無いだろうから、私の領地で畑仕事をしている夫妻の娘ということで話をつけてくる。背後にロズウェル家が携わっていることは理不尽なことへの牽制にはなるはずだからな」


 リリーナが育てた野菜も丁寧にナイフで集め、レイトスだけが皿の上がキレイになった。


「それと、向こうでは野菜を育てることもやめておきなさい。間違いなく商売道具にされるだろう、貪欲の塊のような王だからな」


 そういえば父は王城での話など家族の前ではしたことが無い。愚王の下で勤めているのなら父も苦労をしていそうだなと思いつつも、あ、自分もこれからそうなるのか、とも考えに行き着いた。


「だけどな、自分の身を守る必要が起きたらロズウェル家の名を出しなさい。権力を私利私欲に振りかざすことには反吐が出るが、自己防衛に使う分には構わない。おまえは賢いが、いざこざの対処は父親に委ねさい、わかったね」

「はい、お父様。ありがとう………っ」


 言い方は淡々とはしているが、内から伝わる父の優しさに胸が熱くなる。

 レイトスはクロスで口元をさっと拭き


「美味かった」


 と呟き


「先に失礼する、悪いな」


 椅子から立ち上がり、おそらくこれから仕事をするのだろう、書斎に続く廊下へと去った。メイドたちが頭を下げて見送り、父専属の執事だけが間隔を開けてレイトスの後を静かに追った。


 父の言いつけは守ろう。

 もちろん、ユズの木との約束も。

 私はこんなにも守られているのだから。


『美味かった』


 無表情でいることが多い父だが、どこか寂しさを滲ませていた、そんな気がする。

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