第22話 東京

「それでは質屋さんに会いに行きましょうか。」

鏡造が一同に告げる。

建介と大塚一家は東京に着くとすぐに宿屋に向かった。荷物を置いて一休みしている時であった。


質屋さん。本名浜口蓮蔵が営む浜口質店に着いた。

 中から主人である浜口が出てくる。質屋は皺だらけの顔に獲物を狙う猛禽類のような目を浮かべる。


「おや、皆様よくいらっしゃいました。啓一さんを呼んできますね。」

そう云い一同を店の中へと案内した。


「啓一さんはもう来られているのですか?」

建介はすぐに思った疑問を口にすると質屋が首を横に振った。

「いいえ。うちは下宿も営んでおります。啓一さんは下宿人なのです。」

 そう云って質屋はしずしずと歩いていく。


 質屋は客間まで案内する。襖が開くと畳の上に一人の青年、大塚啓一が座って一同を待っていた。

 「啓一。勉學は勤しんでいるか?」

 「もちろんだよ。父さん。」

 父親、鏡造の陽気な問いかけに啓一は迷惑そうな顔をする。

 目鼻の形は初音譲りのようだが、本人は母親のような妖艶な笑みも父親のような陽気な笑みも見当たらなかった。

 ただ両親が話し終えるのを今か今かと待ち構えてるようだった。


 「兄さん。」

 藤世が啓一に話しかけた。その途端、啓一の顔から不快感が消えた。若者らしい覇気ある日常会話が始まった。

 「おっ藤ちゃん。元気にしてたか。女學校はどうだ。」

 「うん。楽しい女學校生活を送らせてもらっているよ。」

 藤世はふふっと笑っている。養父母のような含みある笑みではなく年頃の少女らしい笑みだ

 

 「んっ。その人は?」

 啓一が建介に気が付いたようだ。そこで建介が自己紹介をした。

 「はじめまして。月島建介と申します。探偵をしています。」

 「探偵…。ああ手紙で読みました。謎道樂の會に参加されていると。」

 「そうです…。」

 啓一は建介を訝しく思っている様子は無いが手紙という台詞に引っ掛かった。

 (僕の事は、どこまで手紙で広められ ているのだろうか…。)


 しばらくの間、建介、大塚家、質屋の間でたわいのない会話が続いた。

 最近の生活はどうだとか、何か楽しいことは無かったかと本当に些細な内容であった。

 藤世の元両親の事件については誰一人として触れる者はいなかった。


 確か篠原で上京に同行するよう求められた時に藤世の事件が気になることを指摘された。それでてっきり東京にて何か教えてもらえるのかと思ったが違うようだった。

 (それとも…)

 建介は啓一をちらりと見た。


 啓一は藤世と仲がいいようだ。

 藤世の事件を探ることに難色を示すかもしれない。だとしたら鏡造たちは彼の前で話さないだろう。


 そして啓一は、建介が事件に関心を持っていることを知っているのだろうか?

 大塚夫妻と藤世には質屋が手紙で教えてしまっていた。啓一は質屋の下宿にいるわけだ。篠原の家族よりも質屋の近くにいるのだ。質屋が彼にも教えている可能性がある。

 しかし、啓一はまともな感性を持っていそうだから、他の家族と違う扱いになっているかもしれない。


 (その前に質屋さん…)

 建介は無愛想に会話に交わる質屋を眺める。

 建介に藤世の両親が殺人事件の被害者であると教えたのは質屋だ。そして建介が捜査するのを後押ししたのも質屋だった。

 それなのに大塚一家に建介が事件に関心を持っていると教えている。


 (質屋さん…。あんた。協力しているんですか?邪魔しているのですか?)

 建介は大塚家のいないところで質屋を問い詰めようと考えた。


そう思案している内に大塚夫妻と質屋を中心に会話が進んでいき、談合はお開きとなった。


「質屋さん。面白い話をありがとうございます。」

子どものようにウキウキとする鏡造の礼に質屋がやれやれとため息をつく。

「小説に使えそうですかな?」

「はい。助かります。本当にあなたは親のように尊敬しますよ。」

「あなたが子なら疲れるでしょうにね。」


一同は浜口質店からぞろぞろと出て行った。


「あの月島さんと言いましたね。」

建介が大塚家が質屋から離れるのを待っていた時、後ろから啓一に声をかけられた。


「お話しがあるのですがいいですか?」

「何か相談事かい?」

  「父さんには関係ないでしょう。」

鏡造がからかうように口を挟むと啓一は顔を歪ませた。


 「月島さん。お話いいですか?」

 「ええ…。」


 

 大塚一家はこの後東京見物をするそうだ。建介は一家と別れ啓一についていった。

 啓一に連れられてやって来たのはミルクホールだった。

 店内では若者たちがワイワイと騒いでいた。

 

 「あの人たちから妹のことについて何か云われませんでしたか?」

 「何かというのは?」

 啓一の剣幕に建介の顔に冷や汗が浮かぶ。

 

 「藤ちゃん…藤世の生みの親についてです。そのことについて何か変な話をされませんでしたか?」

 「いいえ…別に…。」

 「何も話してくれなかったから記者を使って藤世のことを調べていたのですか?」

 「えっ?」

 

 「近所で新聞記者が藤世の親の事件を探っていると噂になっていました。」

 「あっそれは…。」

 建介は返す言葉もなかった。


「やめてもらえませんか。あの子に変な噂が立ちますので。」

「申し訳ありません…。」

啓一の怒りはもっともである。鏡造と初音なら面白そうに建介たちの動きを見物しそうだが啓一は常識的だった。


 「といってもあの父と母なら何を云って何をするか分からない。誤解が生まれないように先に僕の方から云わせてもらいますね。」

「いいんですか?」


「変に悪い見方をされるよりはましです。」

啓一は神妙に語りだした。

 

「藤世の親は流されやすい人でした。美談を聞けばすぐに感動して娘にああすべきと強く言い聞かせました。自身がそれほどの人物でないというのに。」

啓一の口調は静かで丁寧だがどことなく怒りを感じさせた。


「そして幼い藤世は両親に云われるまま、両親の望む行動を取ります。しかし両親が別の美談に感化されると藤世も別の行動を取らされます。」

「常に親に振り回されていたということですか。」

「そうなんですよ。」

啓一は大きく息を吸う。


「親に云われるまま人に優しくする。人を許す。本人はどんなに嫌な思いをしても悪口を云うことすら許されない。大人からしたら行儀の良い子。子どもからしたら都合の良い子。」

「…。」


「そして周囲の人。近所の人間と親族はその夫婦に呆れます。そして藤世に大変だねと云うのですが…。」

啓一が一度話を区切った。


「藤世の親本人には直接何も云わず。それどころか教育熱心でと褒めました。」

「それはどういうことですか?」

「皆、陰口で非難するだけで面と向かって非難しなかったんですよ。全員八方美人なんです。」

 啓一の拳は震えているように見えた。


 「うちの両親が当時、藤世の親に『そんなに道徳詰め込んだら壊れるよ』と云ったことがありました。そしたら『子供に優しさを教えて何が悪いのか』と怒られました。」

啓一は自身を落ち着かせるように息を吐いた。


「まあ、うちの親の云うことを向こうが聞かないのも道理でしょう。息子の僕から見ても堂々とした奇怪さなのですから。」

「確かに…大塚先生ならば…。あっすみません。」

建介は思わず頷いてしまった。慌てて啓一に謝るが、啓一は気にすることはなかった。


「いいですよ。本当のことなので。それよりも話を続けてもいいですか?」

「どうぞ。」


「藤世の方では親への愛情が生まれませんでした。そんな時、事件が起こりました。」

啓一の口調が一層重くなった。


「藤世の親が殺され、藤世だけが生き残りました。親戚と近所の人間は最初は藤世に同情しました。そして藤世に求める姿がありました。『親を突然失った悲劇の少女』。そして、日頃振り回されても『それでも大事な親だ』と嘆き悲しむ姿。」

「しかし実際の姿は違った。」

「ええ。葬式では藤世は親から解放されたことを喜んでいました。正直僕からしたら当然の姿だと思いました。」


世間は美談だ人情物に弱い 。

本人がどう思っていようと喜びと悲しみを自分勝手に予想して押し付ける。

葬儀で見せた藤世の姿は彼女の今までため込んできた本音の寄せ集めなのだろう。


「あてが外れた人々は口々に『気味が悪い』『親を嫌うあまり殺したんじゃないか』と云い出しました。」

啓一は建介に願い出た。


「妹は探られることに何も云わないでしょう、でもあの子について悪い噂が出かねないことを考慮してください。」



 









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