第2話「24歳で高1ってどういうあれなんだろ……」
24歳で高1ってどういうあれなんだろ……。言葉は悪いけど成績ボロっボロで万年留年? オール1、2っていうんだからなくはないというか、それ以外にこれって理由ないというか。だとしても8留は尋常じゃない・正気じゃない……。仮に有名大学でもとっくに中退してそう。なら――ひきこもってた? 成績じゃなくて出席が足りなくてずっと進級できてない、とか。けど元ひきこもりって感じはしない。たぶん傍目にもおとなしいってだけでとくに暗くはない。それとも――病気? なんか難病で長いこと入院してて、今年やっと治ってリスタート……? またこれ少々言葉っていうか表現悪いけど、巡条さんってはかなげだから・幸薄めだから……。
結論は出ない・事情はわからない。ただもう野暮な詮索はよそう。巡条さんは巡条さんだ。
まだ16時前で10月前のまあまあ暑い放課後の教室、僕たちふたりだけ残って中学の勉強する。英語と数学、どっちにするかで巡条さんは前者に。中1の単語の読みからはじめたけど――
「これは?」
「るあいけ~」
「……ライク。これは?」
「ふあい――ぐうと~」
「……ファイト。これは?」
「あ~ん、長いわ~・難しいわ~……。あいん――てる、えすと、あいんぐ~?」
「……インタレスティング」
むしろすごいよ・シャレてるよ、アインテルエストアイング……。ドイツとかの都市っぽい。
「ぎゃ、逆にこれなら読めるっていうのある?」
「ん~、そうね~……」
問題集に大きな垂れ目を落とす・走らす。そんな横顔を遠慮も性懲りもなく僕は盗み見る。
綺麗な白い肌・長い髪。頬も口紅もうっすら桃色で、まつげはくるんと整然と逆立ってる。目も心もグイグイひかれるのは、右口の端のほくろと左肩に広がる束ねた髪、たわわな胸元。……横顔の範囲、普通に超えてました。細かいことはさておいて――そりゃあ24だなぁって。
僕の所感も視姦も知ることなく、巡条さんはようやくある単語を指して自信満々に言った。
「ふぁぼるあいて~!」
「……フェイバリット」
その、iをまんまアイって読むのまず直そう……。
にしても中1英語からしてこのレベル――はっきり言って果てしなく・間違いなく先は長い。たとえ毎日でも休み時間と放課後だけで、今度の中間・期末テストで赤点回避できるかな……。バイトない火木・学校ない土日は家行って教えてあげたい――とか思ったけど他意しかない。
うっかりしてると敬語になるのと闘いつつ、今までどおり対等な同級生として話す・接す。
16時をまわってちょっとして。両腕を前に伸びをして巡条さんは出し抜けに切り出した。
「もし私といることで嫌な目に遭ったら言ってね~。今日の雪佐くんに負けじと怒るわ~」
「……巡条さんって怒れるの?」
「む~ぅ、当たり前じゃな~い」
片頬ぷくーっとむっとする。可憐というより華麗な花恋さんだけど仕草はまさに。
「……ごくっ」
小さくふくらませた向かって左頬を指で軽く突いてみた(変な唾を飲み込み勇気を振り絞り)。
「ぅ」
か細くうめいた(?)きり赤くなって目を伏せる。…………。
「怒らせようと思ってやったんだけど……?」
するとはっとして顔を・声をあげた。
「も、も~ぅ」
弱い……。バイト先の人にもそりゃ言われる……。黒川が恐竜とすれば巡条さんトカゲ……。
指先で触れた美肌・柔肌を忘れまいとしつつ、中1英語を引き続き教えていく。
僕も出し抜けに聞いてみた。
「あ、あのさ……巡条さんが24歳ってクラスのみんなは知ってるんだよね?」
今思えば誰もがどこか敬遠してるのは、年の差のせいってなんとなくわかった。けど――
「いつ・どう知れ渡ったの?」
僕は色っぽいと・大人っぽいと感じこそすれ、まさか成人女性とは思いも疑いもしなかった。固定観念(高1=満16歳)は大いにあったけど、制服着てても体操服着てても違和感ない。
「あら~、お世辞でも嬉しいわ~。けれどないのは現役感よ~」
「そんなことないって……お世辞じゃないって」
ただひとつ言わせてもらうなら――もっと脚出せばいいのに。長身でスタイルいいんだから。スカートはすねまで長いし体操服も長袖・長ズボン。冬でもみんな下は普通に半ズボンなのに。
「ダサいというかイモくさいからでしょ~? わかるわ~、中学生の頃はそうだったわ~」
「だったら今もそうしたらいいのに」
「ふふっ、おばさんの肌なんて恥ずかしくって見せられませ~ん」
おばさんじゃないです、お姉さんです! 胸張ってください・脚出してください!
お姉さんは話を戻した・答えを返した。
「いつ・どう知れ渡ったかっていうとね~、きっと7月上旬かしら~・前田くんかしら~」
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