第7話「おまえら化粧取ってみろ! ブ、ブスが・別人が!」(前話と地続きです)

「さあ。ぼっち同士キモいっしょ・エモいっしょ」

「どっちぃ? マナ興味なぁし」


 僕のずっと後ろから・僕らの対極から、騒がしい昼休みの教室にあってはっきりと聞こえた。3ギャルがたぶん見てる・イジってる。黒川(萌々奈)の席は巡条さんと真逆、廊下際最後尾。前田とどこかへいなくなる日もあれば、赤崎(茉那)&青山(未那)と食べる・駄弁る日も。


「なんか転校生さー、ずっと勉強見てなーい? シュウはそんなのしてくんないんだけどー」


 でかい・高い声で笑ってる。もう4週間=ほぼ1か月経つけど僕はいまだ転校生らしい。

 果たして巡条さんは聞こえているのかいないのか、お茶をもう一杯飲もうととくとく注ぐ。


「勉強じゃなくて胸でも見てるっしょ」

「きもぉい、ミナの言うとおりかもぉ。あのおばさん結構あるよねぇ」


 おば――さん? 巡条さんのことか・悪口か?


「いや、興味あんじゃーん。おばさんが巨乳とかアタシ知んないしー」

「マナも知らないってぇ。ぱっと見あるなぁってだけぇ。まあおばさんだしそろそろ垂れそぉ」

「てかおばさん、スカート長すぎっしょ。なんとかの泣きどころくらいまであるっしょ」


 そこでぷっと・どっとまた大笑い。


「…………」


 おばさんおばさん言うなよ・ふざけんなよ。大人びてることへのひがみか・やっかみか?


「雪佐く~ん? どうしたの~?」

「ん? どうもしないよ」

「そう~? もう一杯乾杯しましょ~」


 僕の水筒を取ってコップになみなみとつぐ。聞こえてないのかな・気にしてないのかな……。


「転校生も大概ダサくなーい? ああいうシャツイン・ボタンぜんぶ留め男子アタシ無理ー」

「わかるわかる、きっちりしすぎてサラリーマン。見た目からして中身もつまんないっしょ」


 ……僕の悪口はこの際いい。普通にダサいから・つまんないから。でも――


「そういやおばさん、名前どんなだっけ? 下の」

「下のー? なーんか結構かわいくなかったー?」

「おばさんのくせにねぇ。うーん……出てこなぁい。マナ委員とか載ってる張り紙見てくるぅ」


 巡条さんの悪口は我慢も看過もできない。これ以上『おばさん』と罵るなら――黙ってない。


「は~い、かんぱ~い」


 ハイタッチみたいに再度軽く合わす。まだまだ麦茶がおいしいわ~とニコニコニっコニコ。


「カレンカレン! 花と恋でカレンだったぁ!」

「えー、超かわいー。おばさんには似合わなーい・もったいなーい」

「カズコとかヨシコとかサチコとかノリコとかマサコっしょ。おばさんに似合うの・妥当なの」


 いよいよ腹も席も立った。

 肩を怒らせてずんずん向かい、机に拳固を・憤怒を叩きつける。


「いいかげんにしろっ……!」


 3ギャルはきょとんと・教室はしーんとした。

 大それたことをしたと足がすくむ・寿命が縮む。けど破れかぶれで言ってやる。


「よくまあ大声で人の悪口言えるもんだな!? ぜんぶ聞いてたからな・聞こえてきたからな! こんな狭い世界で調子乗んな! おまえらみたいなお山の大将がいるから学校クソなんだよ!」

「……はぁ?」


 黒川がガタっと立つ・ムカっといきりたつ。色黒の小顔を寄せてきて低い声でまくしたてる。


「アタシらにケンカ売ってんの・シネって言ってんの? テメーこそ急に調子乗んなクソが。おばさんにおばさんって言ってなにが悪いわけ? アタシらにギャルって言うのと一緒だろ。彼氏ヅラしていいカッコすんなザコ。テメーみてぇな空気、いてもいなくても学校最高だから」


 ネイルの鋭い茶色い手で突き飛ばされた。長い・汚い金髪をふぁさっと脚も腕も組んで座る。

 そっぽを向いた総大将とは反対に、赤崎・青山はにらんでくる。ちょっともう泣きそう……。


「ふ、ふざけんな、巡条さんに謝れ! おまえら化粧取ってみろ! ブ、ブスが・別人が!」


 ふたりより先に烈火のごとく黒川がまた立った。胸倉をつかんでくる・ドスをきかせてくる。


「ああん!? もっぺん言ってみろ、ぶっ飛ばす・ぶっ殺す!」

「やめて……!」


 悲しそうに・涙しそうに巡条さんが止めにきた。


「雪佐くんいいの、私おばさんだから……。――黒川さん、ごめんなさ~い……」


 まるで息子がご迷惑をとでも頭を下げる。謝ることも認めることもないのに……!


「ごめんなさ~い、じゃないっての。アタシほんとアンタ大っ嫌いだから。お、ば、さ、ん」


 巡条さんを忌々しげに見ながら吐き捨てて、僕につかみかかっていた両手を荒っぽく放す。

 直後、2チャラ(前田・後藤)が教室に戻ってきた(たぶん学食にでも食べに行ってた)。


「おー、萌々奈どした? セッタとジュンジョーさんもこんなとこで涙目でどした?」


 ……誰が雪駄だ・履き物だ。おまえの彼女怖すぎるんだよ・女反社だよ……。


「べっつにー。シュウー・ケイー、ナンヂャモンヂャしよー」


 何事もなかったかのように例の元首呼び捨てゲーしだす。いや、元首呼び捨てゲーではない。

 僕らはとぼとぼ席に戻った。食べ終わったから机を元に戻し、それっきり重苦しい沈黙に。

 しばらくして巡条さんはぽつりと漏らした。


「……ありがとう。私のために怒ってくれて……嬉しかったわ」


 そして僕を、この関係を断ちたいと言った。


        ◎

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