婚約破棄は結構ですが、殿下が肩を抱いているのは私の義弟です〜手を離して下さいませ!〜

ゆーぴー

婚約破棄どころではありません

「ローザ、出てこい!お前との婚約は破棄する!!!」


 シャンデリアが煌めき、心地よい音楽が鳴り響く。令嬢達が蝶のようにダンスを踊り、紳士達がワインを傾けるはずの舞踏会は水を打ったように静まりかえった。


 婚約者である王太子から直々に指名されたローザは、ブロンドの髪にサファイアの様な青い目を持ち、いつも微笑みを絶やさない。

 しかし、今日はその美しい顔を曇らせ片手に持った扇の下で溜息を隠しながら、前に進み出る。


「マンデ侯爵家が娘、ローザが王太子殿下のご下命により参りました」


「……それで、婚約破棄とはどういうことでしょうか?」



「俺はもうローザには飽き飽きしたんだ。最初は顔もスタイルもいいお前を気に入っていたが、口を開けば小言ばかり!」



「それが婚約破棄の理由ですか?分かりました、承りますわ」


 人形のように表情のないローザが反論もせず、婚約破棄を受け入れたことで傍観者達がざわめき出す。

 女癖が悪く頭も悪いことで有名な殿下はともかく、貞淑で聡明なローザが政略結婚の意味を理解していないはずがないからだ。



 すんなりと婚約破棄が受け入れられたことで調子に乗ったのだろう。

 俯きがちに彼の隣に控えていた黒髪の美少女の肩を抱いて、鼻の下を伸ばした王太子は酔っ払ったエロ親父のようだ。


「やけに物分かりがいいじゃないか。俺はこのレナと新たに婚約する。レナはお前の遠縁なんだろう?侯爵に養子縁組させれば問題あるまい」


「何よりレナはお前と違って控えめだからな。いつもニコニコして余計なことを喋らないし、男を立てることを知ってる素晴らしい女だ!」


 レナと呼ばれた少女は王太子の言葉に肩を震わせ、青ざめているようだった。



「レオナルドの話は本当だったのですね……殿下、その手をお離し下さいませ!!!」


 先程までとはうってかわって感情を露わにしたローザは、レナと呼ばれた少女の肩を抱く殿下の手を扇ではたきとばした。

 痛みに驚いた隙をついて少女を自分の後ろに隠した彼女は、ゴミを見るような眼差しを王太子に向ける。


「殿下が女癖が悪いのは知ってましたけれど、我が義弟にまで手を出すなんて!」


「人の性癖はそれぞれでしょうけど、嫌がるレオナルドに女装させて侍らせ、おまけに結婚するなんて変態ですわ!!!」


 涙目になりながら、必死にレオナルド少年を守るローザの『変態ですわ』は舞踏会中に響き渡り、こだましていた。



 ★



「お、俺は変態などではない!レナは女だろうが!!!」


 衝撃的な言葉に固まっていた王太子がようやく我に返る頃には、舞踏会に集まっていた貴族全員に『変態だ』という目を向けられていた。


「昨日レオナルドに、無理矢理女装させられているうえに求婚までされてしまった、と聞かされた私の気持ちがわかりますか?」


「分かるわけないだろう!!!」


 食い気味に答える王太子の言葉に被せるようにローザは告げる。


「殿下は女性とあれば見境ありませんが、ご令嬢も同意の上なら仕方ないと今まで放置していたのは私です」


「でも、だからこそ男性であるレオナルドを女装させてレナと呼び求婚したなんて信じられませんでした。ごめんなさい、レオナルド」




「姉さま。姉さまは悪くありません!僕を守って下さったではありませんか」


 美少女が女装した美少年を抱きしめ、涙を流しながら謝る姿はある意味眼福で、会場中からホぉと溜息が溢れる。


「殿下は私の初恋でしたの。だからこそ、今まで歯を食いしばり耐えてきましたがホトホト愛想がつきましたわ」


「な、何を言ってるんだ!俺はレナが男だなんて知らなかったと言ってるだろうがっ」


 王太子は反射的にレオナルドに手を伸ばすが、ローザの扇にピシャリと叩かれる。


「今日の騒動は陛下の御耳にも伝わるでしょうし、婚約破棄は大歓迎ですわ」


「ですが、レオナルドは絶対渡しません!!!」


 ローザは可哀想なレオナルドを守るように抱き寄せながら、会場を後にした。

 レオナルドの口元に微かな笑みが浮かんでいることに気が付いたのは彼らの父、マンデ侯爵だけであった。



 ★



 ローザと王太子の婚約は政略的なものだった。ローザの母が隣国の外交を担う侯爵家の生まれであり、急成長を遂げている隣国と良い関係性を結ぶためにローザが選ばれたのだ。


 しかし、お見合いのためにセッティングされたティータイムでローザは王太子に恋をした。

 幼い頃から女好きな王太子にとって、可愛い女の子を口説くなど日常茶飯事であったのだが、その余裕が幼いローザには大人びて見えたのだ。

 恋心を原動力にそれから彼女は努力した。

 しかし、少しでも早く王太子妃に相応しくなろうと、勉学もマナーも必死で取り組むうちに王太子の粗が見えてくる。

 ローザはその度に初恋が霞んでいくのを感じながらも、彼を窘めてきた。それも自分の仕事だからだと。


「ご令嬢を片っ端から口説くなど辞めてください」

「隣国の語学だけでもマスターなさいませ」


 窘めても窘めても、王太子は治らない。最近は嫌味を返してくる彼を初恋の人なのだから、と自分に言い聞かせていた。

 そんな時なのだ。王太子が義弟に女装させている、と聞いたのは。


 ★


 コンコン 

 扉を叩く音がして控えめなレオナルドの声が届く。


「姉さま。執務中なのにごめんなさい」


「大丈夫よ。入って構わないわ、レオナルド」


 一人娘のローザが王家に嫁ぐため、遠縁から養子に来たレオナルドはまだ十二歳。儚げな風貌のためローザにはとても純真な男の子に映っていたが、侯爵はよく『優秀なのはいいが、あれは腹黒い』と称していた。


「姉さま、聞いてほしいことがあるのです」


「まぁ何かしら?」


 あまり義弟から頼られたことのないローザは少しは姉らしいことが出来るかもしれない、とニマニマしてしまう。


「姉さまの婚約者の殿下が、僕に女の子の格好をしろって言ってくるんだ。おまけに求婚された」


 しかし、次の瞬間にその期待は打ち砕かれる。

 

 え? 殿下が女装を強要???


 おまけに求婚ってどういうことかしら……


 あまりのショックに、さすがのローザもすぐには返答出来ずにいると、レオナルドが悲しそうな顔をした。


「信じられないって顔してるよ、姉さま。殿下よりも僕を信じてくれないの?」


「ちょっと待って、レオナルド。頭がついていかないわ」


「はっ。そうだろうね。明日の舞踏会で殿下は姉さまとの婚約を破棄して、僕と結婚するらしいよ」



 いつもとは全く違う、自嘲気味に笑いながら執務室を出ていくレオナルドを、ローザはただ見ていることしか出来なかった。


 それでも彼女は王太子を信じた。

 いや、正確には女癖の悪さと引き際の良さを信じた。王太子は片っ端から令嬢を口説くが、去るもの追わずな性格のために、今まで大きな問題にはならなかったのだ。


 ならば、嫌がるレオナルドに女装を強要し、あまつさえ結婚しようなどとするだろうか?


ーーいや、しない。




 しかし、頭を抱えながら自分が出した結論は間違っていたことをローザは舞踏会で思い知らされた。


 王太子の横で俯く、女装させられたレオナルド。

 婚約を結ぶと言われて、肩を震わせ青ざめているレオナルド。


ーー私はいったい何を見ていたのだろう



 その光景はローザが王太子を見限るには十分過ぎるものだった。


 優秀な彼女が婚約破棄を受け入れたこと。

 何より、侯爵家の令息であるレオナルドに女装を強要し、あまつさえ求婚したことは社交界の醜聞となり、国王夫妻も目を瞑ることは出来ずに王太子は廃嫡となる。



 婚約破棄された令嬢に、貰い手などないと修道院に行こうとしたローザ。それを必死に阻止しようとするレオナルドとの間に、いつしか恋心が芽生え幸せな夫婦となったのはまたべつのお話。


めでたしめでたし。



おまけ


 今年、十歳になったばかりのレオナルドは、はっきり言って精神を病んでいた。


 彼はマンデ侯爵家の遠縁とはいっても末端の男爵家の生まれで平民に近い生活をしていたが、優しい父としっかり者の母、元気の塊みたいな弟に囲まれ幸せだった。

 


 しかし、そんな幸せは流行り病によって崩れ去る。

 最初に倒れたのは母、次は弟だった。病を治す薬は高額で平民みたいな男爵家が手を出せる代物ではなかった。


 

「レオナルド……養子にいってくれないか」


「父上……分かりました」



 身売りのようにマンデ侯爵家に養子に出された。頭では分かっている、母と弟の命には代えられない。

 だが、いくら優秀でも幼い彼には辛かったのだ。

 知らない人を家族と呼ぶことも。

 両親に囲まれて幸せそうに微笑むローザを見ることも。


 だからこそ、新しい家族、特に義姉のローザからは距離を置いた。


 それでもレオナルドは領地経営を学び、貴族の社交を学ぶうちに、知る。ローザの婚約者が控えめに言って最低で、ローザ自身の心め離れつつあるのに歯を食いしばるように耐えていることを。

 彼女は貴族令嬢の仮面をつけるのがとても上手いが、その心が優しすぎることも。

 自分を本当の弟のように思ってくれていることも。


 レオナルドは貴族社会を理解している。政略結婚は簡単には解消出来ない。

 例えば王太子があり得ない失態を犯すくらいのことがなければ。


 レオナルドは知っている。自分の容姿が儚げで可愛らしいことも。女の子の服を着れば少女と偽ることが出来るくらいには。



だから彼は、婚約者の家に遊びに来た王太子に声をかける。


「初めまして、殿下。わたくし、侯爵家遠縁のレナと申します」

 

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