第92話 エミリーとのデート①
エミリーとクリスが村の端に住むようになってから、10日ほどが過ぎた。
村の雰囲気も少しずつ落ち着きを取り戻している。
彼女らの家を訪ねて玉砕する男は後を絶たないが。
ちなみに家は俺が土魔術で作ったものだ。
枠組みと壁を最初に作り、窓ガラスや扉などはクレタの街で仕入れてきた。
ややちぐはぐな外観だが。
まぁ即席にしては悪くないだろう。
エミリーは、俺が渡した魔導書を読んで過ごしているようだ。
クリスは退屈だったのか、森で狩りをしていることが多い。
よく大量の獲物を村の人達に分けている。
たまにエミリーと一緒に狩りにいくこともあるようだ。
―――――
「ハジメ、モテモテなんだねぇ。
どっちが本命なのかなぁ?」
テーブルでカシ―を飲んでいると、ニーナが話しかけてきた。
ニヤニヤした笑みが顔に張り付いている。
「うるさい。ニーナには関係ないだろ」
「えー、関係あるよ。
だってもしかしたら、お義姉さんになるかもしれないんでしょ?」
「ほっといてくれ」
「あー、またそんなこと言って。
ほら、自分の考えって案外分からないかもよ?
かわいい妹に相談してみたら?」
「うるさいな、もう」
なんでコイツが、事情を正確に把握しているのか。
それは、クリスとエミリーが話したからだ。
この家から移るときに、二人があらましを全て、ニーナとシータにも話した。
俺はそんな必要はないと反対したが、二人は譲らなかった。
俺の家族に事情を説明するのは当然だと。
適当な言葉でごまかしたりしたくないとのことだ。
しかしそのせいでここ最近、俺はずっとニーナにからかわれている。
どうやら、ジャック君との関係をつついていた恨みを晴らしているらしい。
身から出たサビというやつだ。
くそう。
「まぁ二人ともいい人だし、すごい美人さんだもんねー。
そりゃ悩むよねー。
私だったら選べないなー」
ニーナが軽口をたたきながら、対面の椅子に座る。
その手にはカップがあったので、ポットからカシ―を注いでやった。
「……俺だって選べねーっての」
ぼそりと呟く。
なんでこんなことになったのだろうか。
まぁ、先延ばしにしていた問題で、いつかは決めなければいけないことだったが。
ある側面から見れば、俺は世界最高の幸せ者に思える。
あんな美女二人から言い寄られ、選ぶ権利があるというのだから。
しかし別の側面を見ると、とてつもなく不幸な人間だ。
あの二人のどちらかを、切り捨てなければいけないのだから。
俺がどちらかを選べば、その瞬間に今の関係は崩れる。
元のままのパーティでいられはしないだろう。
三人の旅は、本当に楽しかった。
正直、俺はそのままの関係でいたかった。
恐らく、二人もいくらかはそう思っていただろう。
関係が崩れることも分かっていたはずだ。
しかし、それでも踏み出した。
停滞に身を置くことを、よしとしなかった。
そんな二人の思い。
正面から答えなければならないだろう。
自分がどちらの方が好きなのか。
だが正直なところ、俺は恋愛感情というものがよく分からない。
二人のことを魅力的だとは思うが、それは仲間としてという側面が強いように思う。
もしかしたら、どちらにも恋愛感情など抱いていないという可能性もある。
恋愛対象として、好きか否か。
そんなことを考えるには、経験値が少なすぎる気がする。
なにせついこの前まで、頭の片隅にもなかった命題だ。
どうしたものか……。
「ハジメ、顔がすごいことになってるよ?」
「……うるさい」
とりあえず、カシ―をもう一口すすった。
―――――
その日の午後。
エミリーが家に訪ねてきた。
「おう、どうした?」
エミリーはいつものゴスロリ姿だ。
村ではめちゃくちゃ浮いてるが、本人はまるで気にしていないらしい。
「あの、ハジメ。
私と街に出かけない?」
エミリーが言った。
用意したセリフを、そのまま言葉にしたような感じだ。
「別にいいけど、どうしたんだ?
何か買いたいものでもあるのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「?
なら何で街に?」
俺の質問に、エミリーは言葉を詰まらせる。
少し間をおいて深呼吸した後、真っ赤な顔で言った。
「……昨日の夜、クリスと話し合ったの。
このままだと、ハジメはどっちも選ばないかもしれないと思って。
それでその、ひとりずつハジメとデ、デートしてみるのはどうかなってことになって……」
視線をさまよわせ、もじもじしながらエミリーは続ける。
「3日後の朝に門の前で待ち合わせ。……どう?」
「……了解した」
返事を聞くとすぐに回れ右して、小走りでエミリーは帰っていった。
その後ろ姿を見ながら思う。
……俺の性格は、どうやらかなり深く読まれているらしい。
このまま一人で考えるだけで、一か月を過ごした場合。
確かに、どちらも選ばなかった可能性はある気がする。
その前に、先手を打たれた。
もしかしたら彼女達は、俺以上に俺自身について把握しているのかもしれない。
―――――
3日後。
ベルの音がして、ニーナに煽られながら玄関に向かう。
「お、おはようハジメ。
……今日はいい天気ね」
そこには、普段よりもめかしこんだエミリーが立っていた。
ほんのり化粧をして、真っ白な頬に赤みがさしている。
ゴスロリ服は普段の暗めの単色ではなく、淡いパステルカラーに。
耳にはシルバーのイヤリング。
ツインテールの髪留めも、かわいいリボンになっていた。
「…………」
「何よ……ど、どこか変かしら?」
正直、見入ってしまった。
まるで絵画から出てきたかのような。
現実味が薄れるほどの美しさだった。
「い、いや、なんでもない。
えーと、服、似合ってると思うぞ」
「ホ、ホント?
クリスに見立ててもらったの。
私はもう少し地味なのにしようと思ってたんだけど」
「多分、今着てるやつの方がいいと思う」
「……よかった。
ハ、ハジメも、似合ってるわよ」
俺も一応、普段よりは洒落た服を着ている。
こちらに帰って来てから、シータが作ってくれたものだ。
このエミリーと並んで歩いたら、どうあがいても不釣り合いになりそうだが。
服ではなく、それ以外の差で。
「じゃ、じゃあ、行くわよ」
「お、おう」
動揺が冷めない中、ぎくしゃくと歩き始めた。
ふと振り返ると、玄関の隙間からニーナがニヤニヤした目で見ていた。
……お前はとっとと、服作りの仕事でもせんかい。
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