第91話 魔族の話②

 ――ついに、この日が来た。


 気の遠くなるような年月をかけて。

 ようやく、準備が整った。


 ここは西の大陸の西端。

 魔王は部隊から離れ、星を眺める。


 ヴィルガイアを滅ぼしてから、1000年以上。

 ひたすら、この時を待ち続けた。


 彼の国が滅んでからは。

 ヒトとの交戦をさらに減らし、こちらから攻めることは、全くしなくなった。

 王の最期の魔術で、戦力を消耗したためだ。

 さらに、ヴィルガイアを滅ぼしたことにより、時間が魔族に有利に働くと考えていたため。


 その作戦は、望外の利益をもたらした。

 愚かなヒト共は、こちらが攻めずにいると、同士討ちを始めたのだ。

 偵察部隊を通して観察していると、明らかに防衛の練度が下がっていった。


 特に魔術に関しては、明らかに衰退した。

 習得が難しいものも多いのだろう。

 魔術の多くは、少しずつ伝承が途切れ、使える者がいなくなっていったようだ。

 攻め入るには、明らかな好機であった。


 しかし、彼は慎重を喫した。

 まだ、同胞の数が十分ではない。

 そう判断した。


 魔族の数が増えるのは、膨大な時間がかかる。

 ひと組のつがいから、子が生まれるのに50年。

 戦力として育つのに10年はかかる。

 育たない子は、魔物に襲われて死ぬこともある。

 求める数を揃えるには、まだ時間が必要だった。


 100年経ち、200年経ち、500年経ち。

 少しずつ、少しずつ、魔族はその数を増やしていった。


 ……そしてついに。

 ヴィルガイアが滅んで、1000年が経った今。

 彼が目標とした頭数が、揃った。

 その数――100万。


 100万の軍勢をもって、ヒト共を全て殺し尽くす。

 それは全ての魔族にとって、これ以上ない愉悦であった。


「クックックッ……」


 作戦を検討した結果。

 かつて森で魔物と争っていた際に、最も有効だった方法をとることにした。

 それは、挟撃。


 戦力を2つに割り、半分を以前ヴィルガイアへ侵攻したルートで東の大陸へと向かわせる。

 つまり、西の大陸の西端から、イカダで東の大陸の東端に送り込むのだ。

 予期しない方向から50万もの魔族が攻めてくれば、ヒト共は大混乱だろう。

 そちらの部隊で、ある程度の戦果を挙げたのち。

 背後を脅かされた前線に、残りの半数で侵攻する。


 今の戦力差なら、真正面から攻めても滅ぼせる自信はあった。

 しかし彼は、ヒト共をもっと混乱させたかった。

 襲来を予期していないヒトを狩るのは、魔族にとって極上の遊びだ。


 ヴィルガイアと同じことを、大陸中で起こす。

 今まで我慢させた分、部下たちを大いに楽しませてやろう。

 これが、最後なのだから。


 さぁ、楽しい宴の始まりだ。

 魔王は、部隊の前へと歩み出て。

 命令を下した。


 星の瞬くその夜。

 50万の魔族の軍勢が、東の大陸へ向けて出発した。

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