第79話 魔法都市ヴィルガイア①

<語り部視点>


 統一暦1515年。

 大陸の東の果てに、その国は誕生した。


 国と呼べるほどの広さはなく。

 魔物の狩猟による発展も見込めず。

 農業に適した肥沃な土地もない。


 しかし。

 そこに住む者達は皆、魔術への情熱を持っていた。


 始まりは、小さな集団であった。

 魔術の探求に人生を捧げる、8人。

 様々な理由で、自分の魔術研究を奪われた者達だった。

 彼らは協力して、人のいない安全な土地に住処を造り、そこで研究に没頭した。


 研究の合間に、食べ物を食べ。

 研究の合間に、水を飲み。

 研究の合間に、息をしていた。

 彼らはすべからく、魔術を愛しており。

 彼らはすべからく、魔術の天才であった。


 彼らが、研究を発表する度に。

 その発展性、美しさに気づく者が必ず存在した。

 そんな者たちが1人、また1人とそこへ加わり。

 少しずつ、人が増えていった。


 人が増えると、統制をとる必要が出てくる。

 そこで、全住民による話し合いの結果。

 最初の8人を貴族とし、中でも最も魔術の才に長けた1人を王として、王国としての体裁を取ることとなった。

 8人は研究の時間が削られることを嫌がったが、周囲の強い後押しにより、渋々受諾した。

 国名は王の名を取り、ヴィルガイア王国とした。


 それから、200年の月日が流れる。

 国の精神は、世界の魔術を少しずつ発展させていった。


 上級結界魔術の発見。

 魔法陣の実用化。

 聖級四大魔術の発見。

 転移魔術の基礎理論の構築。


 彼の国が進展させた魔術研究は枚挙に暇がなく。

 その影響は、魔族との戦闘にも如実に現れた。

 ヴィルガイアの魔術により。

 それまでとは段違いに、戦闘を有利に進められるようになったのだ。

 魔族が攻めてきても、損害なく撃退できるようになった。


 いつしかその小国は。

 感謝と敬意を込めて、魔法都市ヴィルガイアと呼ばれるようになった。



 ―――――




 統一暦1731年、ヴィルガイア王国。


 その王城の一室を、一人の男がうろうろと歩き回っていた。

 男の名は、エドワード=フォン=ヴィルガイア。

 第12代目ヴィルガイア国王、その人である。


 国王でありながら、自身も魔術の研究者として数々の功績を残した。

 特に転移魔術についての知識は、大陸に並ぶ者がないと称されるほどである。

 研究を発展させ、善政を敷く。

 賢王エドワードと、誰もが彼を敬った。


 しかしそんな彼が、寝起きの熊のように、部屋の中を歩き回っている。

 表情はすぐれず、顎髭を右手でわしゃわしゃと弄り回していた。

 溜め息をつき。

 マントが床につくのもはばからず、座り込む。


(……知らせは、まだ来ないのか)


 座り込んだまま、もう一度溜め息をつく。

 一国の王には全く相応しくない、一連の所作であった。


 その時。

 ドタバタと、廊下を走る音が聞こえてきた。


「……きたか!?」


 エドワードは立ち上がり、扉の前でスタンバイする。

 その直後に扉が開き、侍女が入ってきた。


「陛下! 無事お生まれになりました! 男の子です!」

「――でかした!」


 知らせを聞くや否や、エドワードは部屋を飛び出した。

 全速力で廊下を走り、目的地へと向かう。


「マリー! よくやった!」


 勢いよく扉を開けると、愛する妻が天蓋付きのベッドで横になっていた。

 侍女達が水を運んだり、タオルを交換したりとせわしなく動いている。

 妻は疲れ切った様子だが、その表情はとても幸せそうだ。

 こちらに気付いて、さらに深く微笑んだ。


「あなた、男の子です」


 そう言って、腕に抱いたそれをみせてくる。

 指をくわえて、スピースピーと寝息を立てる愛おしいそれは。

 妻の懐妊以来ずっと楽しみでしかたなかった、わが子の姿であった。


「よくやってくれた。マリー。

 疲れただろう。ゆっくり休むといい」


 感動に震えつつ、なんとか妻をねぎらう。

 涙が出そうになるのを、歯を食いしばって必死でこらえていた。

 そんなエドワードを見て、マリーは苦笑しつつ言った。


「ありがとうございます。ですがその前に、教えてください」

「教える?」

「ええ。この子の名前を」


 名前。

 そうだ、名前を決めなくては。

 出産前にいろいろと候補を考えていたが、陣痛が始まってうっちゃったままになっていた。

 候補はええと、何だったか……。


 普段の聡明さはどこへやら。

 エドワードは傍から見ても分かるほどに、平常心を失っていた。

 名前、名前、とぶつぶつ呟く夫に。

 さらに苦笑して、マリーは言った。


「抱いてみますか?」


 はい、と。

 布に包まれた我が子を、夫へと差し出す。


「お、おお」


 そんな、返事と呼べるかも怪しいような声を出して。

 エドワードは、手を前に出した。

 妻から我が子を受け取り、両腕に抱く。

 その瞬間。

 体温が2、3度上昇したかと思うような幸せが、胸を満たした。

 急に、視界が広くなったように感じる。


「……ははっ。

 かわいいなぁ。目元はマリーにそっくりだ」


 そのまましばらく、エドワードは我が子を抱いていた。

 赤子は相変わらず、のんきな顔でスピースピーと寝息を立てている。


「……よし、決めた。

 この子の名前は、レオナルドだ。

 レオナルド=フォン=ヴィルガイア。

 いい名前だろう?」


 自慢気に笑ったその表情は、もう落ち着きを取り戻していた。


「ええ。とっても」


 その様子を見て安心したマリーは、夫に両手を差し出す。

 名残惜しい表情をしつつ、エドワードは赤子をマリーへと返した。

 部屋の外には、出産の間に仕事が手につかなかったツケが押し寄せている。

 苦虫を嚙み潰したような顔をして。

 エドワードは、部屋を後にした。


 夫のいなくなった部屋で、一人。

 マリーは赤子――レオナルドを腕に抱き、幸せだった。


「……レオナルド。

 あなたの名前は、レオナルドよ」


 その名を呼ぶと、まるでこの世の全ての憂いが消え去ったかのような気がした。


 暖かな昼下がり。

 静かな部屋の中。

 穏やかに眠り続ける、我が子の顔を。

 マリーは、いつまでも見ていた。

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