第80話 魔法都市ヴィルガイア②
ヴィルガイア国王、エドワード=フォン=ヴィルガイア。
彼には野望があった。
それは、魔族との戦争で命を落とす人をなくすこと。
幼い頃から、親しい者を魔族との戦争で失ってきた。
子どもの頃、何人もの友人の親が戦争で死に、友人の泣き顔を見た。
青年になり、その友人たちが、戦争で死んでいった。
初恋の人も、戦争で死んだ。
それは、この世界においては、ありふれた話だ。
全ての国は、戦争に協力する義務がある。
戦線から遠く離れたヴィルガイアの地においても、それは例外ではない。
エドワードを含め、ほぼ全ての国民は魔族を見たこともないというのに。
その得体の知れない存在によって、大切な人が消えていく。
しかしそれは、誰もが受け入れている、当然の話。
誰かが魔族と戦わなければ。
ヒトは滅んでしまうというのだから。
エドワードも、そのことは理解していた。
しかし、理性と感情は別にある。
親しい者が死ぬ度に、エドワードの心は軋み、その痛みに悲鳴を上げた。
エドワードはずっと、戦争の終結を願っていた。
そして15歳になった日。
ヴィルガイアにおいて、成人として扱われるようになった日。
エドワードは己に誓った。
この国の王となり、魔族との戦争を終結に導くことを。
ほとんどの王政の国家と同じく、ヴィルガイアの王もまた、王子の中から選ばれる。
王子たちは、その生きざまによって自らの器を王に示し。
王の判断で、次の王が決まるのだ。
そして、ヴィルガイアは伊達に魔法都市と呼ばれているわけではない。
元をただせば、その王族というものの成り立ちすら、魔術の才によるものなのだ。
すなわち、このヴィルガイアにおいて。
魔術の功績は、唯一無二の価値基準である。
15歳の誕生日の翌日から。
エドワードはひたすらに、魔術の研究に没頭した。
日々の生活から、一切の無駄を省き。
その才の全てを、魔術の研究に注いだ。
朝日より早く目覚め、研究をし。
誰もが寝静まった真夜中まで、研究をしていた。
専門とする研究は、転移魔術。
最高の頭脳を持つ、幾多の魔術師達が挑戦し。
その全てが未踏に終わった、超高難度の魔術だ。
しかし、それが完成すれば。
現在の世界の状況を、根本から変えることができる。
そのメリットを挙げれば、枚挙にいとまがない。
情報の伝達にかかる時間がなくなる。
各地から即座に戦地へと、兵を送り込むことができるようになる。
魔族の住む西の大陸に、奇襲をかけることもできるようになるだろう。
現状、魔術の発展により、少しずつヒトは魔族に対して優位に立つことが可能になってきている。
その発展に、ヴィルガイアが大きく寄与したことは言うまでもない。
特に、四大聖級魔術の発見が大きかった。
何度も魔族に滅ぼされそうになっていた、かつてとは異なり。
ようやく、ヒトは魔族と対等以上に戦えるようになってきたのだ。
しかし、まだ足りない。
戦争を終結させるには、もう一歩。
もう一つ、大きな進歩が必要だった。
そしてエドワードは、転移魔術こそが、その進歩のカギとなり得るものだと信じていた。
研究に没頭した結果。
エドワードは18歳の時に、偉業を成し遂げた。
それは、転移魔術の基礎理論の構築だった。
机上の空論でしかなかった転移魔術を、実現可能性のあるものへと昇華させた。
その論文は大きく評価され。
その世紀を代表する論文の一つとなった。
実用化には遠いが、過去の天才達が挑み、敗れたその魔術の理論化に成功したのだ。
エドワードの名は、一躍世界へと知れ渡った。
そして王は。
その能力、その性格、その功績を見て。
次の王に、エドワードを選んだ。
25歳の時。
エドワード=フォン=ヴィルガイアは、王となった。
しかし、まだ半分。
エドワードの目指す頂は、さらに高みにあった。
王となり、その権限を躊躇なく利用しながら。
エドワードはさらに、転移魔術の研究を進めていった。
―――――
「アルバス、首尾はどうだ?」
子どもが生まれてから、3日が過ぎた。
この日、エドワードは国立魔術研究所を訪ねた。
「おう、上々だぜ。陛下」
広い部屋の隅に机があり、大量の本が積まれている。
アルバスと呼ばれた男は。
そこにかじりつくように、何やら図形を描いていた。
「陛下はよせ。
……それで? 結果は?」
「成功だ。見てろよ?」
アルバスは、引き出しから一枚の紙を取り出した。
紙の上には、奇妙な幾何学模様が描かれている。
それを床に敷き、その上に羽ペンを置いた。
「魔力は大丈夫か?」
「心配いらねえよ」
アルバスは羽ペンに向かって手をかざす。
すると――。
「おおっ!」
紙の上にあった羽ペンが消えた。
それと同時に、エドワードの目の前に羽ペンが現れ、落ちる。
ペン先が床に触れ、カツンと音を立てた。
「どうだ?」
「完璧だ!
魔法陣を見せてくれ」
アルバスは床に敷いた紙を拾い、エドワードに渡した。
「ほらよ。
やっぱりお前の言う通り、魔法陣に二重円を採用したのがよかった。
あそこから正解を見つけるのは、ただの作業だったよ」
「いや、それでもやり遂げられるやつは、この国に2人といないだろう。
よくやってくれた」
アルバス=ロレント伯爵は、エドワードの子どもの頃からの友人だ。
魔術の才に恵まれ、互いに切磋琢磨しつつ、ともに青春を過ごしてきた。
加えて。
アルバスは他人にはない、ある特殊な才能を持つ。
それはエドワードの悲願をより確実なものにする、唯一無二の才能。
「……ようやく、この時がきたな」
この日。
10年以上の歳月をかけて、ついに。
――転移魔術が、完成した。
エドワードは、己の手が震えていることに気付く。
それは歓喜の発露か、武者震いか。
全身に気力が満ちていた。
「ああ。
だが、本当にやるのか?
俺の感覚なんて、怪しげなものを根拠に。
どうなってもしらねえぞ?」
頭を掻きながら、アルバスは知己を見る。
その目は、かつて王になると宣言した時と同じ、強い意志を秘めた目だった。
「15の時からずっと。
今この瞬間のために、やってきたんだ。
ここまできて、やめられるか」
「……わかってるよ。
聞いてみただけだ」
アルバスは肩をすくめ、ポケットから葉巻を取り出した。
「子ども、生まれたんだな」
「ああ」
「かわいいか?」
「……かわいい。
この世のものとは思えんほどだ」
アルバスは葉巻を咥え、魔術で火をつける。
子どもの話題になった途端、エドワードの顔が緩んだ。
先程までとはまるで別人のようだ。
「お前がそんな顔をするようになるとはなぁ」
「お前も、いつか親になれば分かる」
「いい。俺は一人で魔術をいじくってんのが性に合ってる。
結婚も子どもも、御免だね」
「……そうか」
アルバスにはかつて妻がいたが、魔族との戦争で失っていた。
彼が研究所で寝泊まりすることが多くなったのは、それからだ。
「俺はもう、魔族に殺される者がいない世界にしたいんだ。
俺の子――レオナルドにも、平和な世界を生きてほしい。
この魔術なら、それができると信じている」
ふぅ、とアルバスは煙を吐き出した。
「分かってるさ、エド。
お前は昔から、変わんねぇな」
「それはお互い様だ。
……俺にも一本、もらえるか?」
「……吸うのか? やめてただろ?」
「記念にな」
アルバスは葉巻を取り出し、エドワードに投げ渡した。
それを受け取り、口にくわえて火をつける。
しばし、二人は無言で葉巻を味わった。
―――――
このヴィルガイアで、アルバスのみが持つ能力。
――それは、魔力の気配を感じる力。
誰しもが多少は持ち合わせている感覚だ。
しかしアルバスのそれは。
他者とは、比べ物にならないほど鋭敏だった。
幼少期は、それが何なのかわかっていなかった。
色や音と同じように。
アルバスの世界に当たり前に存在し、世界とはそのようなものだと認識していた。
幼年学校に入り。
そばで誰かが魔術を発動したときに、初めてそれを理解する。
生まれた時から、どこかで何かが減っている感覚があった。
それは誰かが魔術を発動したために。
世界の魔力が、減少していたのだ。
魔力がなくなる時は、術者の周囲に、一時的に魔力の存在しない空間ができる。
しかしそうなると、真空に接した空気のように、すぐに周囲の魔力がその空間を埋める。
そうして、またもとの均一な魔力に覆われた世界になる。
それが、この世界に住むほとんどの者が感じている共通の認識だ。
しかし、アルバスから見ると、少しだけ事実とは異なった。
もちろん、その者の周囲の魔力は使用されて消える。
そして魔術を発動する前と後では、極々わずかに、
世界に満ちる魔力が、極わずかに薄くなる。
大規模な魔術になるほど、その差は大きくなる。
つまり、魔術を行使すると、世界から魔力は消えるのだ。
このままでは、魔力が枯渇してしまう。
幼少期、アルバスはそれを懸念したことがあった。
しかし実際のところは、そうはならなかった。
減ったはずの総量は、時間が経つと少しずつ回復し、元に戻るのだった。
これを疑問に思ったアルバスは、魔力が回復する源泉を探した。
そして、答えを見つけた。
魔力が回復する源泉。
それは、ヒトの死であった。
ヒトが死ぬと、世界の魔力が回復した。
他の動物では、魔力は回復しなかった。
そして、魔物は様子が異なった。
魔物が大量に死ぬと、一時的に魔力の減少が緩やかになる。
つまりどうやら、魔物は魔力を食らって生きていた。
――最終的に、アルバスはこう結論付けた。
ヒトが死ぬと、魔力となって世界に還元される。
あるいはそれを、魂と呼んでもいいのかもしれない。
魔力は、ヒトの魂で構成されている。
そして魔物は、その魂を食って生きている。
ヒトが本能的に魔物を嫌うのは、それが原因かもしれない。
魔物がヒトだけを襲うのも、それが原因なのかもしれない。
幼年学校の卒業時。
アルバスは、これらの考察を発表した。
しかし魔力の観測をアルバスしか行えなかったため、まともな評価は受けられず、学内で少し話題になっただけに留まった。
しかし、そんなアルバスの論文に、強く興味を持った者がいた。
エドワードだ。
エドワードは、幼年学校入学時から、天才の名を欲しいままにしていた。
テストの成績は常に1位。
その聡明さは他の優秀な生徒からも、頭一つ抜きん出ていた。
そんなエドワードは、アルバスの卒業論文に惹かれ。
魔術学校に進学後、一番に話しかけた。
アルバスの論文に、否定できる要素はどこにもない。
そのような世界である必然性はあると、アルバスに話した。
その時アルバスは、エドワードの優秀さをすでに知っていた。
自分の考えが間違っているとは思っていなかったが、そんなエドワードが絶賛してくれたことで、自信が持てた。
アルバスはエドワードと友人になり。
魔術について語り合うようになった。
しかし、仲が深まるにつれて。
アルバスはある衝動を、抑えきれなくなっていった。
生まれた時から自分が抱えている世界の秘密を、打ち明けたくなってしまっていた。
誰に言っても、馬鹿馬鹿しいと相手にされなかったこと。
そのうち、誰にも話さなくなり、胸の内に秘めていたこと。
それをエドワードになら、話しても大丈夫だと思えた。
自分と一緒に、真剣に可能性を検討してくれると、信じられた。
―――――
「……なぁ、エド。
一つ、変なことを言っていいか?」
いつもの食堂で、アルバスは言った。
「変な事?」
「ああ。
――お前が俺の感覚を、信じてくれるなら」
食後のカシ―をすすっていたエドワードは。
怪訝そうに、顔を上げた。
「感覚って……魔力感知の能力だろ?
それはもう、合ってるってことで結論ついただろ。
俺が離れた場所で魔術を使っても、お前の指摘するタイミングがドンピシャだったじゃないか。
もう俺の中では、世界はお前の論文の通りに動いてるよ」
――世界は、アルバスの論文通りに動いている。
エドワードのその言葉は、アルバスの心に残っていた最後の枷を外した。
「……そうか。
じゃあ話そう。
実はな、ガキの頃からずっと感じてたことがあるんだ。
話したら馬鹿にされるのがオチだったから、いつからか人に話すのはやめちまったが」
「……おっ?
なんだか面白そうな話だな。
聞かせろよ」
エドワードは興味を惹かれたのか、身を乗り出した。
「あのな……」
しかしアルバスはそこから、言葉を紡げなかった。
冷静に考えて、荒唐無稽な話だ。
エドワードに話しても、笑い飛ばされるのではないか。
そんな予感が、一瞬の逡巡をもたらした。
「なんだよ、早く言えよ。」
エドワードが茶化すように言う。
「うるせえ、ちょっと待て」
一生自分の中に留めておこうと思っていた。
しかし、話して信じてくれる者がいたなら、どれだけ自分は楽になるだろうか。
そんな葛藤を抱えて生きてきた。
そんな者は現れないと思っていた。
そのことに絶望していた。
……ならば今。
天秤が傾く方は、明らかだ。
アルバスは一息ついて、言った。
「あのな、実は。
俺たちの住んでる、この世界の他にも。
――
アルバスは、音が世界から消え去ってしまったかのように感じた。
……言った。
言ってしまった。
もう、後戻りはできない。
昔話した友人には、奇妙なことを言うやつだと吹聴され、疎遠になった。
家族には頭の疾患を心配され、治癒術師のもとへと連れていかれそうになった。
今度ももしかしたら、同じことが起こってしまうかもしれない。
アルバスは心臓を掴まれたような心持ちで、エドワードの顔を覗く。
そこには――。
「やっぱり面白そうな話じゃないか。
続きを聞かせてくれ」
目を輝かせ、興味津々の、エドワードの顔があった。
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