第76話 今後の方針③
さて。
今日で、村に帰ってきて10日目になる。
帰って来てからずっと。
だらだらと、ニートのように生活している。
やったことといえば、ジャック君との食事くらいだ。
ジャック君は、なかなかの好青年に成長していた。
開口一番、「あの時は本当に申し訳ありませんでした」と、ビシッと謝られた。
ニーナに対する思いは昔から変わらないようで。
ニーナを幸せにするために、家業を継ぎつつ資格の勉強なんかをしているそうだ。
ニーナも、その頑張っている姿に惹かれている様子だった。
俺もその様子を見て、彼にならニーナを任せられると思った。
……のだが。
実際にジャック君と会ってみて、ニーナとの仲睦まじい様子を見せられると。
なにやら、心の中にスキマ風が吹いたような気がした。
もちろん俺はニーナに幸せになって欲しいし、それには相手が必要なのだ。
分かっちゃいるのだが、ニーナが離れていくような気がして、寂しさを感じる。
表に出さないようにはしたが。
娘を持つ父親というのは、こういう思いをしていたのか。
結婚式で、新婦の父が泣くわけだ。
そして、何よりも。
皆が人生のステージを進めているというのに、俺だけが同じところに留まってしまっている気がしてしまう。
もちろん、旅によって得られたものはたくさんあった。
しかし肝心の目的が果たせてない以上。
根本的な部分では、旅に出る前と変わっていない。
人生ゲームで例えるなら、みんなが就職、結婚なんかをしてる時に、「転移の原因を探す旅にでる。100回休み」なんてコマに止まってるような感覚だ。
俺だってもう、結婚していたっておかしくはない年だというのに。
やはり、焦ってしまう。
本当に、人生をそんなものに捧げていいのだろうか。
とはいえ、未だに俺の自分への自信のなさは健在だ。
この世界に来てもう相当な時間が経つというのに、未だに明日も自分がここにいられると、無条件に信じられない。
ベッドで寝たら、同じベッドで朝目覚める。
そんな、誰もが持っている当たり前の安心感が、俺にはないのだ。
眠った翌朝には、別の世界に飛ばされるかもしれないし、地球に戻ってしまうかもしれない。
原因が分からないのだから、他の何かが起こってもおかしくはないだろう。
そんな不安を解消するためには、やはり、原因を探るしかない。
それは間違いない。
間違いないのだ。
ここまでの話は、何度となく俺の中で議論されてきたことだ。
そしてその度に、「原因を探すしかない」という結論になり、その考えをより強固にしてきた。
しかし旅を経て。
村に帰ってきた今。
少し違う視点から、それについて考えてみたい。
俺の、最終的な目的は、何なのだろうか。
まず、そこから考えてみた。
すると、簡単に答えは出た。
俺の目的。
――それは、幸せになることだ。
転移の原因を探すのは、あくまでそのための手段でしかない。
ただ、これまでは、その手段は必須なのだと思っていた。
この不安を取り除かないと、幸せになどなれないと思っていた。
しかし。
あの時クリスが言ってくれた言葉。
「自分の価値は、他者が決める」
その言葉が、別の道を示してくれた気がした。
子どもの頃から、俺が誰かに受け入れられたことなんて、一度もなかった。
そのうえに転移なんてものが身に降りかかった、奇妙な人間。
こんな自分が何者かも分からないような人間は、価値が低いと思っていた。
こんな訳の分からない存在を、好きになってくれる人なんていないと信じていた。
昔ニーナ達と旅行をしたときに、同じ部屋で寝るのをためらったことや。
クリスに自殺願望と言われたそれと。
本質的には同じかもしれない。
俺は自分自身に、価値を見いだせていなかった。
だから女の子と付き合ったり、家庭を築いたりなんて、考えられなかった。
だがそんな俺を。
あの魅力的な2人の女の子が、好きだと言ってくれるなら。
こんな俺に、価値があるのだと信じてくれるのなら。
自分から見た自分の評価なんてかなぐり捨てて。
そっちを信じればいいのかもしれない。
この世界で、最初に思ったことを思い出す。
打算なしの友情を。
掛け値なしの愛情を。
生きている意味を。
手に入れたいと、俺はそう願った。
前者2つはすでに叶った。
考えてみれば、それだけで以前よりずっと幸せだ。
こちらに来て、出会った人達のおかげだ。
こんなに大切に思える存在があるなんて、以前の世界では考えられなかった。
「生きている意味」なんて、自分を見てくれる相手が決めてくれたらいいんじゃないか。
そんなものは、自分で決めるものじゃない。
誰かに必要とされて、大切だと思ってもらえたなら。
それだけで、生きてることに意味がある。
いや、それこそが、生きている意味なんだと。
そんな風に、考え始めた。
例え、自分に自信がなくなっても。
誰かがずっとそばにいて、自分を愛してくれるというのなら。
俺は、幸せに生きていける気がする。
……だとしたら。
もう結論は出たようなものだ。
クリスとエミリーの思いを受け入れて、どちらかを選んで。
旅なんかやめて、どこかの街で一緒に生きていく。
それが俺の人生。
それが一番幸せじゃないか。
もちろん様々な苦労はあるだろう。
理不尽な不幸に、嘆くこともあるだろう。
それでも、俺のことを想ってくれる人がそばにいるなら。
俺は幸せだと、そう信じることができる。
たまにみんなで酒でも飲めたら、それだけで最高だ。
そんな未来が、とても輝かしく思えた。
しかしまぁ、問題点はあるが。
まず、どちらを選ぶのかという問題。
そして、クリスとエミリーのどちらかを選んだら。
三人の友情に、亀裂が入るのではないかという問題。
だが、それは副次的なものだ。
これまでに展開した論理が正しいなら、俺はそっちを選ぶべきなのだ。
……よし、決めた。
あとひと月の間に考えが変わらなければ、そうすることにしよう。
すなわち。
転移魔術の探索など諦めて。
アバロンで冒険者か魔術学院の講師にでもなって。
クリスとエミリーのどちらかと、一緒に人生を歩む。
そう決めてしまえば。
かなり、気が楽になった。
正直、もはや手がかりがなくなった転移魔術を探し続けることに、疲れていたのかもしれない。
このままあとひと月。
村でゆっくりと過ごしながら。
今後の人生を、決定しよう。
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