第77話 小旅行

 村の生活にも、だんだん慣れてきた。

 さすがに何もしないのも飽きてきたので、俺は魔術を使って村人のボランティアを始めた。


 使うのは主に土魔術だ。

 家の補修をしたり、村の周りの塀を強化したり、川の堤防を強化したり。

 それらはとても感謝されて、色々なお礼をもらった。

 お礼は全部、シータへと渡したが。


「ハジメの魔術、やっぱりすごいよね!

 ほら、前から私が言ってた通りでしょ?」


 今しがた堤防を作った俺を、ドヤ顔でニーナが見つめてくる。

 確かにニーナは、俺が初めてファイアを使った時からずっと、俺の魔術を褒めてくれていた。


「ああ、そうだな。

 ニーナの言う通りだったよ。

 俺の魔術は、少し人よりもすごいみたいだ」

「ね、だから言ったじゃない!

 全く、ハジメは昔から、自信が足りないんだから」


 ニーナは嬉しそうに寸評してくる。

 なんで俺のことなのに、俺に対してこんなに自慢気なんだ。


 彼女も、魔術の訓練は継続しているらしい。

 アイスの魔術なら、かなりの回数が使えるようになったらしく、もう冷蔵庫の氷を絶やすことはない。

 さらに、頼まれた時には他の村人のために魔術を使って、村で重宝されているのだという。


「やっぱり、ハジメは私よりずっとすごい魔術師だったね」


 その言葉に、一切の嫌味はなく。

 嬉しさだけが伝わってきた。

 なんだかこっちまで嬉しくなってしまう。

 まったく、やっぱりニーナはニーナのままだな。




 そんなことをしながら、のんびりと過ごしていたある日。

 ふと、思い立った。


 ――そうだ。

 海を見に行こう。


 サンドラ村はこの大陸の、東の端っこに位置する村なのだ。

 ここから2日ほど歩けば、大陸の東端にたどり着くはず。


 別に海に何の用があるわけでもない。

 だが、ちょっとした旅行気分で足を伸ばしてみたくなった。

 もしアバロンに戻るとしたら、一生見られないかもしれないのだ。

 見ておいて損はないだろう。


 その日のうちに準備を済ませ。

 翌朝に出発した。


 行き方は、シータが知っていた。

 村に流れている川をそのまま下っていけば、2-3日で着くという。


 旅は道連れと、ニーナを誘ってみたが断られた。

 服の依頼がたてこんでいるらしい。

 最近は、シータよりも数多くの服を手がけているんだそうだ。

 「シータに代わってもらえば?」と言いかけたが、さすがに無責任だと思い諦めた。



 ―――――



 そんなわけで、俺は今森の中を歩いている。

 村に流れる川を下っていたら、半日ほどで森に突き当たった。

 それからはずっと森の中。

 辿っている川を見失うことはないが、たまに合流してたりする。

 帰り道で間違えないか、少し不安だ。


 すでに、2日は歩いている。

 森の中だが、魔物は全然いない。

 昔はそれが当たり前だったが、今となってはむしろ違和感を感じるな。

 今にもグレイウルフが襲いかかってきやしないかと、無意識に警戒してしまう。

 一向に現れる気配はないが。


 野営を2度行ったが、リュックの中の保存食は全然食べていない。

 簡単に獲物が手に入るからだ。

 ここまでの道中で、鹿を一頭と、一角ウサギを2羽頂いた。


 昔は獲るのに苦労したが、今では風魔術で一発だ。

 捌くのも慣れたもの。

 こうして考えると、俺も成長したものだ。


 さて、なけなしの自尊心を高めながら歩いていると。

 少しずつ、潮の匂いが鼻をつくようになってきた。

 微かだが、波の音も聞こえる。

 海が近づいてきたのだ。


 なんだか、足がはやる。

 子どもの時に遠足で目的地が近づいてきた時の、あの感じだ。


 そのまましばらく歩いたら、ついに森が途切れ、砂浜が見えた。

 いても立ってもいられず、ダッシュで砂浜へと向かう。


 快晴の空の下。

 ザクザクザクと、砂浜特有の足音が響く。

 目の前には、大きな海が広がっていた。

 初めてお目にかかる、こちらの世界の海だ。


「……でかいなぁ」


 思わず呟いた。

 やはり海は大きかった。


 波が寄せては返し、その度に砂浜に濃淡を作った。

 水平線の彼方には、海と混ざり合いそうな、雲一つない空。


 なかなかに見応えがある景色だ。

 来てよかった。


 しばらくそのまま、ぼんやりとながめていた。


 服を脱いで泳ぎたくなったが、それは我慢する。

 残念ながらこの世界の海には、魔物がうようよしているらしい。


 船で海を渡ろうと、何度も試みられては失敗してきたのだという。

 木製の船では、船底に噛みつかれて穴を開けられるらしい。

 そして鉄の船を作る技術力はまだない。

 結果として、海は魔物のものになっているのだ。


 美味しい魚もたくさん泳いでいるのだろうが、残念ながら漁はできない。

 だからこちらの世界で食卓に並ぶのは、川魚のみだ。

 昔、一度でいいから大トロというのを食べてみたいと思っていたが、その願いは叶わなそうだ。


「さて、寝床でもつくるか」


 せっかくなので、一泊していくことにした。

 潮騒の中で眠るのは、心地良さそうだ。


 土魔術でテントと椅子を作り、薪を集めて焚き火を行う。

 持ってきたポットに水を入れて、焚き火にくべた後。

 沸いたお湯を使って、カシーをドリップした。


 椅子に座りながら、一服。

 開放感がすごく、気分がいい。

 これはクセになりそうだ。

 カシーが空になると、少し眠気がやってきた。


 まぁ、この辺りに襲ってくるような魔物がいないことは確認済みだ。

 このまま寝てしまっても、問題あるまい。

 遅めの昼寝を決め込むとしよう。



 ―――――



 目が覚めたら、日が沈みかかっていた。

 しかし野営の準備は既に終わっている。

 夜になる前にやることは、特にない。

 しばし、オレンジ色の海と空を堪能して過ごした。


 間もなく、夜になった。

 真っ暗で何も見えない中に、波の音だけが響いている。

 海の中には魔物がうじゃうじゃいるかと思うと、少し不気味さが出てきた。

 焚き火の明るさだけが頼りだ。


 しかし。

 上を見上げれば、満天の星空だ。

 村でも味わえるが、背の高い建物などが視界に入る。

 水平線のすぐ上に星が見えるのは、なかなかオツな光景だ。


「綺麗だなぁ」


 俺は、テントに入るのがバカらしくなり。

 砂浜に雑魚寝して、夜を明かすことにした。




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