第46話 学年末試験

 さて、エミリーに現状を相談してから2ヶ月が経った。


 その間、特に変わらず勉強漬けの毎日だったが、嬉しかったことが1つ。

 ニーナから手紙が届いた。


 内容の大半は当たり障りないことだった。

 村の生活に大きな変化はなく、元気でやっているということだ。


 俺がいなくなったことで朝の卵がちょっと多いとか、

 俺のために家に置いたカシーだが、シータが毎日飲んでるとか、

 少しずつニーナの服を御すようになったとか、

 そんな、村での近況報告が続き。

 最後に、俺への励ましのメッセージが書かれていた。


「がんばってね、ハジメ。

 いつでも応援してるからね」


 読んだらとても元気が出た。

 心機一転、がんばるとしよう。


 近況を再度、手紙で送っておいた。




 さて、魔術の方はというと、ついに無詠唱で初級魔術を使えるようになった。

 普通に学習していたら1年かかるところを、半年もかからずに習得してしまった。


 ……俺って天才なのか?

 と自惚れたくなるが、あのスパルタ銀髪ツインテール少女に来る日も来る日も罵倒されながら勉強してたら、誰でも覚えられる気もする。

 途中で心が折れなければだが。

 折れなかった心だけは、誇ってもいいのかもしれない。



 そしてもうすぐ、学年末試験だ。


 この1年間の総まとめ。

 この試験に通らないと、次の学年には上がれない。

 気合を入れていこう。


 とはいえ、やる事は特に変わらないが。

 いつも通り、図書室でエミリーと勉強をするだけだ。



 ―――――



「……では、エミリーに問題です」

「へぇ、あなたごときがこの私に問題を出そうというの?

 片腹痛くて涙が出るわ」


 相変わらず調子にのってやがる。

 俺の問題を聞いてビビるなよ。


「初級魔術において、同種の魔術をもとの半分の規模で3術併施し、1術は10ピート離れた位置に発動する場合、もとの魔術を通常施行する場合と比較して、消費魔力は何倍になるでしょうか?

 ただし、ラニグマイト係数は1.2、フォーン定数は0.4、空間は理想状態とします」


 自信満々に出題した俺を。

 エミリーは、ミミズを見るような目で見ていた。


「2.7倍。

 バカにしているのかしら。

 ミミズでももう少しマシな問題を考えそうなものだけど。

 だいたいその問題を出すなら、空間属性の規定が必須でしょう。理想状態の概念に属性は含まれてないんだから。

 使用魔術と空間の属性が無干渉と考えていいなら、2.7倍が答えよ」


 もう、細かいとこまでうるさいんだから。


「あのね、正しく前提が与えられない問題なんて、解く価値もないわ。

 解いてあげただけありがたいと思いなさい」


 そう言って、エミリーは自分の勉強に戻った。


 ……ダメだ。

 やっぱりエミリーに魔術の問題なんて出すもんじゃないな。

 暗算で答えを出されて罵倒された上に、問題にまでイチャモンを付けてくる。


 エミリーは前年度のテストで、学年唯一の満点だったそうだ。

 この分だと、今年もそんな気がするな……。


 エミリーはひとまず置いといて、自分の勉強に集中することにした。



 ―――――



 試験当日。


 試験は座学と実技の両方が問われ、午前に座学、午後に実技の試験が行われる。


 教室に行くと、さすがにクラスメイトは緊張の面持ちだった。

 教科書を開いて復習している者が大多数だ。

 エミリーをチラッと見ると、彼女も本を読んでいた。

 しかしそれは教科書ではなく、恐らく試験と関係のない魔術の本だ。

 試験など余裕ということか。


 教師がやって来ると、ざわついていた教室がピタリと静かになった。

 いくつかの説明の後、答案用紙が配られていく。

 俺の前にも用紙がやってきた。

 よし。やるぞ。


「始め」


 教師の合図で、試験が始まった。

 紙をめくる音。

 そして一斉に、ペンで文字を書く音が響きわたる。

 大丈夫。

 変な計算ミスなんかさえしなければ通るはずだ。

 それだけの勉強はしてきた。


 俺は集中して、全100問の問題を解き続けた。




 それから4時間ほどが経ち。


「やめ」


 教師の声で、座学の試験が終了した。

 張りつめていた教室の空気が緩む。

 ざわざわと皆が話し始める中で、答案用紙が後ろから前へと集められていった。

 俺はほとんどの問題を埋めることができた。

 手応えありだ。


 教室内は、できたとかできなかったとかの会話や、答え合わせをするクラスメイトの声で騒がしくなった。

 昼休憩を挟んで、次は実技試験だ。

 俺は昼飯を食べに、教室を出ることにした。




 学院にはバカでかい広場があり、実技試験はそこで行われる。


 普段は多くの生徒がそこで魔術の練習をしている。

 広場には1つの大きな円が描かれており、魔術はその外から中に向かって行うルールだ。

 危険に配慮してのことで、円外に影響する魔術を行ったら厳重処分となっている。


 そういえば出会った時のエミリーは、校舎裏で中級魔術を使っていた。

 今更だがアレは、退学ものではなかろうか。

 ……まぁいいか。


 広場に集まると名前を呼ばれて、約10人ずつのグループに分かれ、整列した。

 1グループにつき1人の教師がつき、採点するようだ。


 たまたま、エミリーと同じグループだった。

 皆緊張した面持ちだが、エミリーは退屈そうで、早く終われと言わんばかりの表情だ。

 見ていると目が合った。

 せいぜいがんばりなさい、と口パクで言われた。

 励ましてるのか馬鹿にしてるのか、判断が難しい。


 前のグループが終了し、俺達の番になった。


「名前を呼ばれたものは前に出て、無詠唱で初級魔術を行うように。属性は問わない」


 教師が言い、1人ずつ呼ばれて魔術を行った。

 皆問題なくクリアしていく。


「エミリー=フォン=グレンデル」

「はい」


 エミリーの番だ。

 彼女も全く問題なく、無詠唱で風魔術を行った。

 その後数名の生徒が呼ばれて、ついに俺の番になった。


「ハジメ=タナカ」

「はい」


 前に出て、意識を集中する。

 練習では、特に失敗したことはない。

 普段通りやればできるはずだ。


 勉強のおかげで、イメージのどの部分がどう作用するのか、明確に感じることができるようになった。

 目を閉じて、イメージを作る。

 ファイアの魔術だ。

 拳大の炎。

 いけ。


 目を開けると、俺の前には炎が出現していた。

 よし。成功だ。


 回れ右して列に戻る。

 エミリーと目が合ったので、親指を立ててみる。

 しかし彼女は、非常に不可解そうな顔をしていた。

 どうやらこちらの世界には、サムズアップの文化はないらしい。


 こうして、試験は無事に終了した。

 結果が出るのは2日後。


 なんだか一段落した気分だ。

 ここのところ試験勉強ばかりだったし、しばらくは羽を伸ばすとしよう。

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