第45話 エミリーの事情①

 さて。

 エミリーと狩りに行ったら、エミリーがゴブリン相手に上級魔術をぶっ放していた。

 上級魔術。

 そう、上級魔術である。


 上級魔術とは、現存する魔術の最高峰。

 それを使用できるものの大半は、宮廷魔術師として王宮に招かれる。

 魔術協会に所属しても引く手あまたであり、高給の仕事を選び放題。

 魔術師なら誰もが一度はその習得を目指す、上級魔術。


 そんなものを、学院の3年生にして既に修めているとは。

 エミリーは俺の予想以上にすごいやつだった。


 そして俺は気づいた。

 てことはエミリーって、魔術協会でもCランク以上なんじゃないか?

 つまり、協会の図書館にも入れるんじゃないか?


 ――エミリーに転移魔術について聞いてみよう。

 そして可能なら、図書館で調べてみてもらおう。


 今更ながら、その考えに思い至った。




 ―――――




「なぁエミリー、転移魔術って知らないか?」


 いつもの放課後。

 早速エミリーに聞いてみた。


「唐突ね。ハジメ。

 あなたには話の脈絡というものがないのかしら?

 ミミズにも劣る会話のセンスだわ」


 エミリーはあきれたような表情で、そんな返事をしてきた。


 ……まぁいい。

 今日は頼みごとがあるのだ。

 クールにいこう。クールに。


「えーと、そうだな、どこから話したものやら。

 ……実は俺って、別の世界からやって来たんだよ。

 それで、自分がこの世界に来た原因を知りたくて、村から出てきたんだ。

 そんなことができそうなのは魔術しか思い当たらなくてさ、学院に通ってるのもそれを調べるためなんだ。

 で、エミリーは上級魔術まで使えるみたいだから、何が知らないかと思って」


 エミリーはぽかんとした表情で、俺の方を見ていた。

 沈黙が流れる。


「…………」

「…………」

「…………」

「……はぁぁぁぁ!?」


 エミリーは大声を出した後、慌てて口を押さえた。


「図書室では静かにな、エミリー」

「……場所を変えるわよ」


 人を殺せそうな視線で俺を睨みつけながら、エミリーは言った。




 ーーーーー




 学院の食堂に場所を移した。

 俺がカシーを頼むと、エミリーも同じものを頼んだ。

 その歳で飲めるんだ。苦いのに。


「……結論から言うと、知らないわね」

「そうか」


 一応、エミリーは俺の言うことを信じてくれた。

 話した内容は、荒唐無稽だと思われてもしかたないと思うが。

 これまで俺と過ごした時間の積み重ねが、エミリーにその話を信じさせることを成功させたようだ。

 つまり日頃の行いってやつだな。

 ……いやでも俺の日頃の扱いはミミズだな。

 ミミズの戯言だと、受け流されている可能性もなくはない。


 しかし、エミリーは俺のいた世界について、かなり興味を持ったように見えた。

 もともと研究者気質っぽいし。

 疑問を解決しないと気が済まないタチだ。

 質問攻めに遭い、その質疑応答で1時間以上かかって、やっと俺の疑問に答えてくれた。


 出た結論は知らない、と。

 ……時間返せ!


「一応、協会の雑誌に、確かそんな論文が載ってたわよ。

 1篇だけ見たことがあるわ。

 でも試作段階もいい所で、そんな大それたことができるようなものではなかったけどね。

 あの研究が100年進んでも、別の世界に人を飛ばすなんて、できそうにないわ」


 そうか。

 以前、校長も同じことを言っていた。

 魔術の上級者2人が同じことを言うんだから、その情報は間違いないんだろう。

 最新の研究でも、異世界転移なんてものはあり得ない。

 それが結論か。

 ……振り出しに戻ってしまった。


「俺は協会の図書館を調べてみようと思って、そのために中級魔術が必要だから習得しようとしてるんだけど。

 どうかな、図書館を調べる価値ってあると思うか?」

「まぁ、現状では手がかりゼロだもの。

 このアルバーナの中で、少しでも可能性があるとしたら、魔術協会でしょうね。

 その考えは、悪くないと思うわよ」


 エミリーが珍しく、俺の考えを肯定してくれた。


「……じゃあさ、エミリー。

 図書館を調べてみてくれないか?

 簡単にでいいから。

 頼む。俺は入れないんだ」


 俺の言葉に、エミリーは悲しげな顔を見せた。


「無理よ」

「頼む。礼はするから」

「そういう問題じゃないのよ。

 ……だって私、魔術協会に所属していないもの」


 その言葉は、俺にとってかなり意外だった。

 エミリーの性格なら、絶対協会に入ってると思っていた。

 上級魔術を使えるのなら、少なくともB級会員ではあるだろうと。

 なんていうかエミリーはあそこで研究をしているのが、とても似合ってる気がするんだが。


「何で入らないんだ?

 エミリーにはすごく合ってそうなんだが」

「ダメよ。私は入ることを許されないの」


 きっぱりと言う。


「……理由を聞いても?」

「いいわよ。別に隠してるわけでもないし、グレンデル領では有名な話よ」


 そう言って、エミリーは語り始めた。



 ――80年ほど前。

 アルバーナの南に位置する国が突如宣戦布告し、アルバーナに攻めてくるという事件が起こった。


 戦線となったのは南に位置するグレンデル領。

 当然アバロンに援軍を要請したが、なんと同時に北方の国とも小競り合いから戦争に発展してしまっていた。

 後に、もともと折り合いの悪かった北の国が、南の国に打診して、タイミングを合わせて攻撃を仕掛けたと判明した。


 挟撃に遭い、アルバーナは国家の存亡まで危ぶまれる状況となった。

 その緊急事態下、王は魔術協会へ支援を要請した。

 当時、協会が抱える魔術師は多く、アルバーナに住む全員が参戦すれば状況を覆すことができるはずだった。


 しかし。

 協会員の多くは、戦線へ赴かなかった。

 国の存亡よりも自分の命を取り、他国へ亡命する者が後を経たなかった。

 それによりアルバーナは苦戦を強いられ、戦争は長期戦となった。


 時が過ぎ。

 多大な犠牲を払いながら、アルバーナはなんとか勝利を収めた。

 戦争を仕掛けた両国は過酷な条約を飲んだ結果衰弱し、現在では滅んで別の国になっている。

 結果的にアルバーナ全体としては、潤う形となった戦争だった。

 しかし、長く戦線となった北のノーデンス領と南のグレンデル領には、大きな爪痕が残った。


 あの時、協会の魔術師さえ戦線に加わっていれば。

 領に住む者達は、そんな感情を抑えることができなかった。


 この世界の国は多くの場合、徴兵制を敷いていない。

 それは戦闘訓練をした者とそうでない者が、戦力として差が大きすぎるためだ。

 ほとんどの民間人は兵士にしても、戦力にならない。

 そのため、魔術協会員は宮廷魔術師と異なり、兵役はない。


 しかし努力義務ではあり、自分が戦力になり得ると自覚する者は、原則参加を義務付けられている。


 それに従い、同様に兵役義務のない多くの冒険者や剣術道場に通う者達が国を守ろうと参戦する中。

 魔術協会員は、参加率が圧倒的に低かった。

 そして国が協会員への参戦を呼びかけた途端、他国へ逃げていく始末。

 戦後、そんな魔術協会への風当たりは強く。

 特に戦線となった南北の領では今なお魔術協会への遺恨が残っているという。




「その時の領主の孫が、私という訳よ。

 私の家は魔術協会を敵視してる。

 だから私が協会に入ることは許されないの」


 そう言って、エミリーはため息をついた。


 ……なるほど。

 そりゃ難しそうだ。

 ――あれ? 

 でも、1つ引っかかるな。


「さっき、協会の論文がどうとか言ってたのは?」


 エミリーは少し恥ずかしそうに答えた。


「協会誌の最新刊は、協会のロビーに置かれているでしょう?

 たまに会員のフリして、読みに行ってるの」


 確かにバックナンバーは図書館だが、最新刊だけはロビーに置かれている。

 しかしいいとこのお嬢様なのに、趣味が立ち読みとは。

 ちょっと親近感が湧いた。


「……分かった。

 そんな事情じゃしょうがないよな。

 話してくれてありがとう。

 そんじゃ、自分でがんばってみるよ。

 もうあとちょっとでできる気がするしな」


 俺は努めて明るく言った。

 なんだかエミリーが、悲しそうな表情をしていたからだ。

 本当は、魔術協会に入って研究をしたいのだろう。


「そうね。せいぜい頑張りなさい」


 そう言ったエミリーの横顔は、少し寂しげだった。


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