第14話 悩み
魔術が使えるようになって、しばらく時間が過ぎた。
俺が魔力切れを起こさない理屈は分からないままだ。
あんな巨大な炎を作ってしまう理由も不明。
俺が周囲の魔力を取り込まないことが関係しているのかもしれない。
とりあえずそれ以上の追究は諦めて、他の属性の魔術を練習することにした。
結果として、4属性の初級魔術を大体3つずつ、使えるようになった。
それなりの時間はかかったが、最初の一歩と比べれば大したことはなかった。
ニーナも他の属性の練習をしたが、使えるのは火と水だけのようだ。
使える属性は、生まれ持ったものも大きいらしい。
さて、魔術のおかげで変わったことがある。
魔術を使えるようになって、生活がかなり便利になった。
特に、アイスの魔術が非常に有用だった。
肉や魚を隣町で仕入れて、冷凍した状態で家に置くことができるのだ。
できるだけ断熱できそうな素材で箱を作り、それを冷蔵庫と称して、氷づけにした肉や魚を入れている。
ニーナと俺が、当番で冷蔵庫の氷を保つようにした。
俺の氷は大きすぎて、使い勝手にやや難があるが。
とにかく毎日新鮮な肉や魚が食べられて幸せだ。
そんな感じで、4大元素の魔術はある程度キリがいいところまで来た。
なので今度は、ニーナと一緒に治癒魔術の習得を目指すことにした。
教本によると、治癒魔術は一段階レベルが高いらしい。
一冊の内容全てが治癒魔術について書かれた本を、ニーナと半額ずつ出しあって購入した。
それからは、毎日夜に治癒魔術の練習を行った。
今度は家の中でできる分、少し楽だった。
そしてなんと。
練習を始めて2か月もたたないうちに、俺は初級治癒魔術を習得してしまった。
通常は半年から1年はかかるらしい。ニーナもまだできない。
今回は、以前の世界の知識が役に立った。
治癒魔術を習得するにあたって、重要なことは2つだった。
1つは、対象の属性を正確に把握することだ。
魔術を習得してから分かったが、生き物にも属性が宿っている。
普段は意識されないが、集中すると感じることができるのだ。
たとえば、ニーナは火と水、わずかに風だ。
シータは水と風と土。
それらの属性を、詠唱前にできる限り正確に把握すること。
それが重要なポイントの1つとなる。
そして2つ目。
こちらが、俺が早くに治癒魔術を習得できた要因だ。
治癒魔術を遂行するためには、対象の構造を理解しておくことが必要だったのだ。
つまり、解剖学の知識が不可欠なのである。
実のところ治癒魔術の教本は、そのほとんどが解剖のスケッチだった。
そして俺は、小学生の時に居場所がなくて、よく図書室で時間を潰していた。
人体の構造について書かれた本を読んでいたこともあった。
関連した本を読破して、医の道を志そうかと思ったこともあったくらいだ。
もちろん所詮は小学校の図書室に置いてある程度の本。
専門書には及びもつかないお粗末な知識だが、非常に役立った。
魔術教本のスケッチも、もちろん正確ではある。
骨や筋肉などの大きな組織は、分かりやすく描かれている。
しかし、神経や血管、微小な組織構造は把握されていない。
そのうえ、臓器ごとの役割も曖昧だ。
心臓が血液を送る装置だということ。
肺が空気を交換する部位だということ。
そんなのは書かれているが。
しかし肝臓や膵臓の働きとなると、黒液がどうの緑液がどうのと、もっともらしくはあるものの、本質の分からない言葉が並んでいる。
まぁ、これでも明確にイメージできれば、治癒は可能なのだろうが。
そんな感じで、俺は少し早めに初級治癒魔術を習得した。
俺に先を越されてしょんぼりしてたニーナにも、もとの世界の知識を教えてやった。
知識がごっちゃになるとよくないのではと思い、俺が習得するまでは黙っていたのだ。
肝臓は解毒や栄養の蓄積。
膵臓は消化酵素の分泌。
腎臓は尿を生成するところ。
などといった具合に教えてみると、なんとなくのイメージがついたようだ。
やはり事実と近い知識というのは、有用なのだろう。
これで、誰かがケガをしても颯爽と現れて治してやれる。
魔術師らしくなってきた。
―――――
さて、そんなことをしている間に、この村に来て、もうすぐ3年だ。
俺も18歳になる。
正確には分からないが。
もう街を歩いても、子ども扱いされることはない。
今の環境は、とても居心地がいい。
シータもニーナも本当によくしてくれるし、俺も彼女達を大切に思っている。
手伝いで関わる村の人たちもいい人ばかりだ。
たまに街に行くのも楽しい。
しかし。
このままでいいのだろうか。
この村で、この生活をずっと続けて。
後悔しないだろうか。
本当に精一杯生きたといえるだろうか。
……最近、悩み始めた。
何故、俺はこの世界にやってきたのか。
その大きな疑問を、解決できていない。
この村にいても、解き明かすことはできないだろう。
村を出て、世界を見て回るべきだ。
そう思う自分がいる。しかし。
ダメだろうか?
このまま、村にとどまって、幸せに暮らす。
いいじゃないか。
前の世界のものに比べれば、天と地ほど差がある一生だ。
あの時願ったものの1つは手に入れた。
愛情に包まれた、暖かな暮らし。
それでいいんじゃないか?
これまで願ったことなんて、1つも叶えられたことはなかった。
その最初の1つを守り抜いて何が悪いというのか。
もういいじゃないか。
村を出たところで、理由が見つかる保証なんてない。
それに見つかったところで、どうなるというんだ。
以前の世界に戻りたいわけでもないというのに。
……だが。
だがしかし。
やはりこのままでは、ダメなのだ。
こちらの世界に来てから、楽しく暮らしている。
でも、眠る時にいつも、不安に思うのだ。
明日になったら、世界が一変しているかもしれない。
あの時と同じことが、ここでも起こってしまうかもしれない。
自分という存在に、確証が持てないのだ。
早起きなのは、不安で眠れないからだ。
何をしていても、地に足がついていない気がする。
いくら楽しいことがあっても、夢の中のように感じる。
世界を俺だけがふわふわと漂ってるような気分だ。
自分が何者なのか、分からない。
でも。
村を出たところで、それが分かる保証などない。
何かに巻き込まれて、すぐ死んでしまうかもしれない。
そんなことになるくらいなら……。
思考はいつも堂々巡りだ。
どうしたらいいか、分からない。
―――――
「ハジメ、おはよー」
「ああ、おはようニーナ」
いつものように、ニーナが一番遅く食卓に現れた。
もはや卵を取ってくるのは、俺の役目になって久しい。
そして一番遅く起きるくせに、いつも一番眠そうな顔をしている。
「ほらほら、早く食べなさい。冷めちゃうでしょ」
シータが料理を運び終えて、席に着く。
今日のメニューは、カシルスの葉のサラダ、目玉焼き、野菜スープ、パン、カシーだ。
俺がカシーを好きだと言ったら、シータが家にインスタントを置くようにしてくれた。
牛乳と混ぜ、カシオレにして頂く。
カシオレは俺が勝手に呼んでるだけだが。
「プー助も飼ってから、毎日目玉焼きが食べられるの、うれしいね」
「確かにな。
やっぱり3人分は、ピー助だけじゃ荷が重かったな」
少し前から、鳥小屋に1羽追加したのだ。
卵の生産量は倍になり、時には人数分より多くなることもある。
「カシー、おいしい?」
「ああ、うまい」
「ちょっと頂戴。……うえ、やっぱり苦いよ」
「まぁ、飲めないなら無理することはないだろ」
家にカシーが置かれてから、ニーナは定期的に挑戦している。
今のところ、まだ苦味が口に合わないようだが。
ニーナの苦そうな顔を見て笑っていると。
ふと。
視線を感じた。
そちらを見ると、シータがこちらをじっと見ていた。
「……ねぇ、ハジメ」
「うん?」
珍しく、彼女が声をかけてきた。
「あなた、近々どこかで、2日間お休みとれないかしら」
なんだろう?
何かの用事だろうか。
不思議に思いながら、俺はスケジュールを確認する。
「えーっと、2日間となると……そうだな。次の月始めなら」
「そう。
じゃあ、そこ空けといてくれない?」
「いいけど、どうしたの?」
「いや、たまにはみんなで旅行でもいこうかと思ってね」
「旅行!?」
ニーナが反射的に声を上げた。
「ああ。あなたも手がかからなくなったし、最近服作りも余裕があるからね。
前から考えてはいたのさ」
「えー!
でも、旅行なんて初めてじゃない! どこに行くの?」
「まぁ旅行なんていっても、この辺で行けるところはクレタの街くらいだよ。
みんなで街に行って、街の高級宿で食事して1泊。
買い物でもして帰ってくるっていうのは、どうかしら?」
「賛成賛成! すごい! 楽しみ!」
「ハジメはどうだい?」
「俺も異論はないよ。……楽しみだ」
「なら、決まりだね」
「うわー、楽しみ!
高級宿の食事って、どんなのが出るんだろうね!
食べたことないのがあるかな。
ドラゴンのお肉とか、出てきたりして!」
「ほらほら、今からそんなじゃもたないよ。
休む分、今日からがんばって働くからね」
「はーい! がんばります!」
ニーナが張り切って返事をする。
こうして15日後、旅行に行くことになった。
しかしどうしたんだろう、シータは。
急に旅行なんて言い出して。
まぁ、最近ニーナも機織りを覚えてきた。
そろそろ仕事をニーナに譲って、隠居を考えたりしてるのかもしれない。
動けなくなる前に一度旅行でも、という感じだろうか。
そんな歳でもないんだが。
……まぁ、何でもいいか。
高級宿で食事と1泊というのは興味がある。
楽しませてもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます