第15話 旅行①

 今日は、旅行に出発する日だ。


 ニーナが珍しく早起きして、準備を万端に整えていた。

「ハジメ遅いよ、早く早く!」と急かしてくる。

 出発する時刻は決めていたというのに。

 なんとも分かりやすいテンションの上がり方だ。


 俺は荷造りをして台所へ。

 台所には、シータがカシーをすすりながら待っていた。


「おはよう、シータ」

「ああ、おはようハジメ」


 今日は朝食はなしだ。

 街で美味しそうなところを探して食べることにしている。


「ねぇお母さん、準備できた?

 早く行こーよー」

「ちょっと待ちなさい。もう少ししたら出るから」


 ニーナが早く行こうよおばけと化している。

 朝日が昇る2時間前には起きていたようだ。

 遠足の前日は眠れないタイプだな。


 俺は冷蔵庫や畑、貯水槽などを確認して回った。

 2日間、いなくても問題ないようにしておく。

 さらに、戸締りも確認。

 万事問題なし。

 シータにそのことを伝え、了解を得た。


「じゃあ、そろそろ出発しようかしら」


 シータが言ったその途端。

 待ってました、とばかりにニーナが自分の荷物を持って外に飛び出していった。

 元気だな。




 -----




 獣道を、雑談しながら歩く。

 話題はとりとめもないことだ。


「そういえばジェーンちゃん、結婚したわね」

「うん。私も式にお呼ばれしたの。ジェーンさん、とってもきれいだったよ」

「そう。あなたは誰かいないの?

 お休みのときにこっそり誰かと会ってたりとか」

「え!?

 いないよー。そんなの」

「俺は、村の男たちはみんな、ニーナの事を狙ってるって聞いたことがあるけどな」

「わっ、やめてよそれ。

 かなり前にジャック君が言ってたやつじゃん。

 あれは多分、ジャック君の勘違いだよ。

 別に誰かに話しかけられたりとか、全然ないもん。

 たまにチラチラ見てる人はいるけど」

「そう。でもジャック君は、あなたのこと好きなんじゃないかしら」

「えー? うー、そうかもしれないけど……私はそういうの、わかんない」

「俺はジャック君、案外いいやつだと思うけどな」

「ハジメまで!

 やめてよもう。別の話しよ、別の話」


 ニーナが耳まで真っ赤になっている。


「……それにしても、あなたたちの魔術のおかげで家は大助かりだわ。

 魔術ってすごいわねぇ」


 見かねたシータが、助け舟を出した。

 そういえば、彼女はニーナの魔術習得に少し消極的だったんじゃなかったけ。

 もう気にしてないのだろうか。


「でしょー。ホントに便利だよね。

 がんばって練習して良かったー」

「本当に使えるようになるなんてな。

 最初は絶対無理だと思ったけど」

「とか言ってるけど、フタを開けたら、ハジメは魔術の天才だったもんね」

「そんなにすごいの?」

「うん、すごいんだよお母さん。

 最初ね、私とおんなじ、ちっちゃな火を出す魔術を練習してたの。

 ハジメはまだ1回も成功してなくて。

 私、がんばれーって思ってたんだけど、そしたら突然おっっっきな炎が頭の上に出てきたの!

 何が起こったかわかんなくって。もう、すごかったんだよ」

「そんなにすごくないよ。多分、よくあることなんだろ」

「ないよー。絶対ない。すごいってば」

「私も今度、見せてもらおうかしらねぇ」

「それがいいよ! あ、そういえばさ……」


 雑談の話題は尽きなかった。

 カシルス畑炎上未遂をバラされそうになって少しヒヤッとしたが。

 ニーナも俺の知らないところで、けっこう村の人たちとの交流があるようだ。

 若者達の噂話なんかも出てくる。


 益体もない話で盛り上がり、気づけばレンガ道が見えてきた。


「ねぇ、馬車が止まってるよ。珍しいね」


 ニーナが言う。

 確かに獣道との分岐点に、馬車が止まっていた。

 2頭立ての、立派な馬車だ。

 フフフ。

 ニーナに、ちょっとしたサプライズだ。


「アレに乗って街に行くぞ」

「え?」

「アレは俺たちが乗るための馬車なんだ」

「ええー!?」


 そう。

 実は俺が予約しておいた。

 宿の予約のために、前もって街に行った時だ。

 馬車の貸し出しの店があったので、一緒に予約しておいたのだ。

 知らなかったのはニーナだけだ。


「だから出発がちょっと遅めだったんだ!

 お母さんも知ってたんでしょ! ひどい!」

「まぁそう言うなよ。ちょっと驚かせたくってさ」

「もう!」


 文句を言いながらも、ニーナは嬉しそうだ。


 皆で馬車に乗り込んだ。

 中はフカフカのソファで、乗り心地抜群だ。

 ちょっと揺れるが、全然気にならない。

 ニーナは大はしゃぎだった。

 そんなニーナを眺めていると、俺も気分が高揚してきた。

 ……旅行ってのは、いいもんだなぁ。



 ―――――



 街に着き、馬車を店に返す。

 快適な道のりだった。

 ちなみに帰りの馬車も予約してある。


 宿に到着すると、入り口からして、高級感が漂っていた。

 彫刻付きの立派な門。

 それをくぐると、庭園が見えた。

 腰くらいまでの高さの木々が刈り込まれて、幾何学模様に仕上げられている。

 真ん中には池があり、そばにテラス席がいくつか設けられている。

 そこでお茶を飲んでくつろいでいる人もいる。

 とても優雅だ。


 庭園を横目に歩き、フロントへ。

 チェックインはまだできないが、荷物だけ預かってもらった。




「……これからどこに行く?」


 ニーナが尋ねる。

 疑問形でありながら、その2つの瞳は朝ごはんを食べようと訴えていた。

 俺も同意だ。


「とりあえず、腹ごしらえかな」

「そうね。お腹が減ったわ」


 シータも賛同してくれた。

 よし、朝ごはんだ。


 食べるものをあーだこーだと話し合い、パンケーキの店に入った。

 ふわふわ、もちもちとした生地のケーキの上に、クリームやフルーツが乗っているのがメインの店だ。

 俺は甘いものの気分ではなかったので、肉類や野菜が乗った塩っ辛いやつにした。

 なかなか美味い。

 ニーナとシータは、甘いやつを脇目もふらず食べていた。

 シータも甘いのが好きなのか。

 こうして見ると、やっぱり親子だな、と思う。


 そう思った時。

 ほんの少しだけ、寂しさを覚えた。




 朝食の後は、ニーナが乗馬をしてみたい、と言い出した。

 馬車を借りた店で、馬もレンタルできる。

 体験乗馬なんてものもあるらしく、インストラクターをつけることも可能と書いてあった。

 それを見たのだろう。

 悪くないアイデアだ。


 馬車の店に戻り、乗馬をしてみることにした。

 店の人に連れられて、かなり広い場所に出る。

 店の人が小屋から馬を引いてきて、1人ずつ一緒に乗せてくれた。


 途中、ニーナが1人で乗ってみたいと主張し、インストラクターなしの乗馬にチャレンジした。

 最初は恐る恐る乗っていたニーナだが、徐々に慣れてきたのか、最終的には馬を走らせ、縦横無尽に駆けていた。

 俺にはそんな勇気がなく、店の人とパカラパカラとその辺を歩いて終わった。

 シータも同様だ。


 しかし、なかなか楽しかった。

 馬の背に乗ると、景色が予想以上に高く見えた。

 その視界のまま動くことができるというのは、新鮮なものだ。

 加えて、生き物に乗っているという独特の心地良さがあった。



 また腹が減ったとニーナが言うので、喫茶店に入り、昼食を食べた。

 食後のカシーを啜りながら、次は何するか話す。

 すると今度は、シータが時計塔に登ってみたいと言いだした。


 時計塔とは、この街で最も高い建造物だ。

 観光スポットでもある。

 てっぺんに登って街を見渡すのは気持ちがいいらしい。

 といっても、高さはせいぜい30メートルくらいだが。


「いいよ!」


 ニーナは二つ返事でOKだ。

 もちろん俺にも断る理由はない。


 時計塔まで歩くこと30分ほど。

 近くで見ると、なかなか迫力があった。

 入り口でお金を払い、いざ上へ。

 この世界にエレベーターなんてあるわけはなく、当然のように歩きだ。

 螺旋階段をひたすら上り、屋上へ出た。


 屋上では、街が一望できた。

 高さは以前の世界と比べものにならないが。

 しかし他に高い建物がないため、見晴らしはとても良い。


「すごい! 人がゴミみたい!」


 ニーナもご満悦だ。

 シータはというと、何やら景色を見ながら物思いにふけっていた。

 何だか尻のあたりがムズムズしたが、とりあえず俺も高い眺めを堪能することにした。



 その後は、ショッピングに興じた。

 オシャレなグラスだとか、ランプだとか、そんなものを見て回った。

 シータは食器を買っていた。

 普段は帰りの距離が気になって手が出ないが、今回は馬車だ。

 荷が重くても問題ない。


 俺も何か買おうかと思ったが、特に欲しいものもなかった。

 金はそこそこ持ってるんだが……。


 とりあえずあらかた満足したところで、宿に戻ることにした。

 ちょうどチェックインの時間だ。




 宿に着くと、フロントで部屋の鍵を渡された。

 鍵は2つ。

 予約する時に、シータたちとは部屋を分けたのだ。

 流石に、同じ部屋というわけにはいくまい。


 と思ったら。


「えー、ハジメ、同じ部屋じゃないの?」


 などと、ニーナが言いだした。


「当たり前だろ。ジャック君に殺されちまうよ」


 俺はそう返事をする。

 自然に口から出た言葉だったが。

 何故だか、ニーナが不機嫌になった。


「何それ。冗談? 面白くないよ。

 いいじゃない、同じ部屋で」


 珍しく、ニーナが冷たい。

 何だってんだ。


「ダメだ。大体俺はどこで着替えりゃいいんだ。

 それにお前が着替えてる時、どうしてりゃいいんだ」

「そんなのお風呂でもトイレでもいいし、ちょっと目をつぶってればいいじゃん。

 それが嫌なら、着替えてる時でも別に、普通に部屋にいていいよ」

「そんなわけにいくか」

「なんで?」


 なんでって、そりゃそうだろ。

 だって――。


「……とにかくもう部屋は取ってるんだ。俺はそっちに行く」

「えー。せっかくの家族旅行なのに……」

「飯の時間になったら、ロビーに集合で」


 一方的にそう告げて。

 俺はその場を立ち去った。


 ……何を言ってるんだニーナは。

 同じ部屋なんて、無理に決まってるだろ。


 俺は、居候だ。

 もちろん、俺は彼女達に愛情を感じている。

 言ってしまえば、彼女達が大好きだ。


 長々と一緒に暮らしてきたし。

 彼女らが本当によくしてくれるから。

 たまに勘違いしそうになるときもある。

 でもダメだろう。

 同じ部屋で一晩過ごすなんてのは、分不相応な行為だ。


 自分の部屋の扉を開け。

 荷物を投げ捨ててベッドに転がった。

 部屋には洗練された調度品が置いてあり、窓から覗く景色は美しいものだった。


 しかし、俺はそれらを眺める気もせず、ぼんやりと天井を見つめていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る