焼きそば

矢野幸大

第1話



「お祭りで食べる焼きそばは格別だわ」

去年大学の近くの神社で開催されるお祭りに行った時『君』は焼きそばを頼み、頬張りながらそう言っていた。

 ついでに『僕』も焼きそばを頼んでいたが、正直焼きそばよりもかき氷やりんご飴といった、まさにお祭りならではといったものを買ったほうがいいような気がする。

 君と交流をかわすようになってから、もうだいぶ経つが、改めて思うことは君はやはり『あの人』に酷く似ているということだ。君の仕草や、僕に向ける視線はまるであの人の生き写しだ。



 今日は空が高い。嫌気がさすほどさんさんと輝く太陽に目が焼かれそうだ。

スマホのリマインダーを開くと今日の日付に「蟹山神社祭り」と表示されている。

待ち合わせ時間の三十分前は流石に早すぎたらしくまだサークルの誰もきていなかった。去年もサークルのメンバーと蟹山神社祭りに遊びに行った。その時はまだ『あいつ』がいた。

あいつだけがこの世界からいなくなってしまった。



 『君』に初めて会ったのは大学一年の春だった。入学シーズンを過ぎ、校内に植えられた桜並木からはとうに花びらが散っていた。

どこから漏れたのかは分からないが僕について嫌なうわさが出回っていた。

僕に『前科がある』というものだ。実際それは事実だったが、その噂は僕の新生活に大きな打撃をもたらした。話しかけても、よそよそしい反応のことが多く、ただ歩いているだけでも好奇の目線を浴びせられ、何か小声で話しているのが聞こえてくる。これらに僕はかなり参っていた。

 周りに聞くこともできないので講義は一秒たりとも聞き逃すことはできないし、一人の昼食は孤独を感じた。

「はあ」

トイレの個室は僕にとって大学内で唯一の心が休まる場だった。講義と講義の間は専らここにいた。居心地はもちろん良くないが教室にいるよりましだ。

「だから絶対やばいって!」

騒がしい足音とともに誰かがトイレに入ってきたようだ。

「結局あいつって過去になにした人なの?」

「盗みとか人刺したとかいろいろ言われてるけど、やばいやつなのは間違いない。結局ああいう大人しそうなやつが一番怖いんだよな」

僕の話をしていることは明白だった。頭が痛くなってくる。

しかし、人の噂も七十五日というし今だけの辛抱だ、と自分に言い聞かせてみる。

「うるさいんですけど」

今話していた二人とは違う三人目の声。大きな声ではないのに一際響いて聞こえた。

「は?」

さっきまで話して男が不機嫌そうに返す。

「なんだよ、いきなり——」

「俺今年から花の大学生だしなんでも全力でやろうと思ってたのに、まじでお前ら講義中うるさすぎだから!」

まくしたてるように話され、二人は言い返せないようだった。ぽかんとした顔が脳裏に浮かぶ。かくいう僕も何言ってるんだこいつはという気持ちだった。

「まじで話したいなら近くの店とかで話せよなー迷惑だから」

一通り話して満足したのか大きく息をつく。二人は引き気味に「い、行こうぜ」といいながらトイレから出ていった。

僕は少し躊躇いつつも個室から出ると、君はひどく驚いた顔で「いたの⁉」と叫んだ。

 しかし、僕の驚きの方が大きかったように思える。何故なら君は驚くほどにあの人に似ていたから。

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