第5話 少女
御父さんが怪我で引退してから早くも二年が過ぎた。
あーしは父の後を継ぐように遺物さらいの仕事をしている。
廃墟に忍び込み、過去の遺物を発掘する。
それを修繕し商いにして生計を立てている。
御母さんは危険だからと反対するけど、あーしの性にあっている気がした。
まぁ、それだけが理由では無いけど。
「ここかな」
大きな柱が2つある場所。
その片方の柱に併設された建物に彼女はいる。
ずっと探していた人がここに。
ドアを開けると涼やかな風が入ってくる。
外との温度差がそう感じさせるのだろうか。
「誰か居ますか……?」
返事は無い。
「んー、別の所だったのかなぁ」
正確な場所を知っている訳では無い、似た建物と間違えた可能性もある。
中に入ろうかと思うが、人が居たら襲われるかも知れない。
廃墟に住みついている人間は危険な場合が多いと御父さんから厳しく言われている。
「どうしよっかなぁ」
危険を管理するのは重要だ、遺物さらいを続けていく以上は注意する必要がある。
実際、御父さんの言い付けを守らずに痛い目を見た事があった。
今はなるべく人の住め無さそうな建物ばかり漁っている。
その理論で考えると、この場所は判断に迷う部分がある。
近くに水源が無さそうという立地的な面で見れば、まず人は居ないだろう。
ホコリもほとんど無く、温度が一定に保たれている快適な空間には人の営みを感じる。
「いや、人じゃなければ……」
目的の相手は人では無いのだ。
あーしは思い切って足を踏み入れる。
この数年間は、この為に存在していたのだから。
背後を取られるのが一番の危険だと知っている。
死角を潰しながら建物を漁っていった。
一階は問題ない、透明な仕切りで囲まれた部屋の中にも誰も居なかった。
警戒を緩めずに二階に向かう。
……困ってしまった。
二階の部屋は多く、階段は上った所は中央になる。
つまり左右のどちらを確認しようとも死角が生まれてしまうのだ。
引き返すならここだろう。
これ以上は危険度が上がり過ぎる。
だけど……。
計算する。
この場所からクルマまで走って掛かる時間と距離。
其処から算出して、判断を決めた。
「誰かいませんか!!」
大きな声を出す。
もし怪しそうな人物だったら即逃げる。
ここが最終地点だった。
――ガチャッ。
やがて一つの部屋のドアが開く。
ドクッと心臓が強く脈打ち始めた。
緊張感で足が震えている。
「……はーい! ここにいまーす!!」
だから、聞こえてきた優し気な声に息を飲んだ。
部屋から出てきたのは、少し派手な髪の色をした綺麗な女性。
この瞬間には不釣り合いな容姿に、思わず見惚れてしまった。
「申し訳ございません、部屋の御掃除をしておりまして!?」
女性は慌てて近寄ってくる。
逃げる為に取っていた距離はあっさりと詰められてしまった。
だけど、心配する必要はもう無いだろう。
「あなたが先絵さん?」
「はい! 初めましてマイマザー」
そう言うとスカートの端を持って御辞儀をする。
「自律思考AI搭載の人型人形SAKI-A10109、個体識別名”先絵トドク”と申します」
御父さんに聴いていた通りだった。
あーしは最初に伝えたかった事を伝える。
「いつもラジオ聴いてるよ」
「……ぱぁ!」
ぱぁ……?
先絵さんは嬉しそうな表情を浮かべていた。
あーしは一度クルマに戻ると荷物を取ってくる。
「おっも……」
鉄で出来た箱はとても重たい。
中身が詰まっているから余計だ。
「んがー! うんがー!!」
砂の上に下すと引きずりながら建物に向かった。
「御待たせ……、ぜひぃ……」
息切れして変な声が出てしまった。
「御疲れ様です! むむ、このロッカーは一体……?」
興味深そうに注視する先絵さん。
可愛いなこの人……。
「これは御届け物さー、随分御待たせしちゃったけど」
「……?」
先絵さんは首を傾げている。
そりゃそうか、これは一方的な約束。
我儘なんだから。
あーしは鉄の扉を開く。
「……!」
先絵さんが目を見開いた。
其処には、眠った姿の人。
「これは……」
人型の人形があった。
黒髪で黒い衣装を身に纏った女性型の姿をしている。
「先絵さんと同じ機械人形だと思うんだ、違うかな?」
先絵さんは眠った人形に手を伸ばす。
その頬を愛おしそうに撫でた。
「はい、間違いありません。私の姉妹機になります」
「……良かった」
素直にそう思う。
「ただ、エネルギーが枯渇してる様なんだ」
「はい。見た所、損傷は無さそうですし私が使っている充電設備で応用できると思います!」
「それは何処にあるの?」
「三階にあります!」
「おぉー」
三階まで運ばなきゃなのか……。
割と重たいので大変だ。
そんなあーしを察したのか先絵さんが声を上げる。
「私に御任せ下さい!!」
箱から取り出した機械人形の御腹の辺りを抱える。
「ゆっくりー、焦らないようにー」
先絵さんは自分に言い聞かせる様にそう言うと。
「よいしょ、よいしょ」
ゆっくりと機械人形を運んで行く先絵さん。
「……」
んがーと叫んでいた自分を思い出して少し悲しくなった。
あーしは後を追って階段を上った。
三階には発電用の設備があった。
察するにこれだけで建物内の電気を賄っている様だ。
大型の機械にも思えるが、どういう仕組みかは見当も付かない。
「こちらです!」
先絵さんが手で指し示した場所にあるのは椅子だった。
「よいしょ」
機械人形を椅子に座らせる。
どうやらこれで充電ができるらしい。
過去の文明は凄い発明をしていた物だ。
もし寝具型の充電設備が用意したならば、もはや人との差異を感じる事は少ないだろう。
「初回充電には時間が掛かると思います。また後ほど再起動を試してみましょう!」
先絵さんはそう言うと言葉を続ける。
「宜しければ二階の部屋で御休みいただけますが」
「いや、大丈夫。それより話したい事があるんだ」
「御話ですか?」
充電が終わるまでの間、あーしは先絵さんと話しをする事にした。
一階にある椅子に座って向かいあう。
話したい事は沢山あった。
だけど、一番聞きたかった事を訪ねてみる。
「先絵さんは、たまに訪ねてくる人の事を覚えている?」
ラジオを聞いていると、たまに立ち寄っただろう人が出演している事がある。
「はい! 最近ですとキクコさんに、ダイナさんニミさん、サナさんにシタリさん、他にも……」
「リオって人、知ってる?」
「……はい。勿論覚えています」
そう言って柔らかい笑みを浮かべた先絵さんに、胸が疼いた。
「ンーナさんの事もそうですし、トイレの衛生の事も考えて下さいました」
「んーなぉ」
いつの間にか猫が這いよっている。
御父さんから聞いた猫型の機械だ。
「何より、ラジオがちゃんと放送されていると調べて下さいました」
これも聞いた話だった。
御父さんはラジオのリスナーなのに言い出せなかったと。
「とても感謝しています」
そう言って微笑む先絵さん。
ラジオがちゃんと流れているか。
それは誰かとの繋がりが残っているかに等しいのだろう。
先絵さんには心がある。
だからそれは人と同じで、とても大切な事に違いないのだ。
「ところで、どうしてリオさんの事を?」
「ふふーん、秘密」
「なんと! 気になります……」
少し恨めし気な顔を冗談っぽく作る先絵さん。
うわぁ、本当に人間みたいだ……。
「あ……!」
ふと何かを思い出した様に先絵さんが声をあげる。
「し、失礼致しました!?」
急に謝る先絵さんに首を傾げる。
「御名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「あー」
そういや言ってなかったっけ。
「あーしはルカです」
「ルカさん! 宜しく御願い致します!!」
そしてまた笑みを浮かべるのだった。
「そろそろラジオの放送時間なのです」
もう昼か、早いなぁ。
「宜しければ御一緒に放送してみませんか!」
「え、遠慮しときます」
「そうですか……」
ちょっと寂しそうに見える先絵さん。
一階にある透明な仕切りで囲まれた部屋に先絵さんは入る。
椅子に座ったまま、その後姿を見送った。
やがて時間が来るとラジオの放送が始まる。
部屋の奥に見えるのはリスナーからの御便り。
もう今は生きていない時代の人々の声。
それを詠み上げる先絵さんの声が、部屋の外にある機械から薄っすらと流れている。
あーしが居る机の方まで聞こえてきた。
「あぁ、落ち着く声だな……」
あまり高くなくて、まどろみを覚える様な優しい声だ。
何より、聴きなれた声だから余計にそう思う。
あーしは小さな頃からこのラジオを聴いて育った。
最初は御父さんが聴いていたからってのもあるけど。
過去の人々の営みを聴いて、想像する。
もう存在しない物が、どんな物か妄想する。
娯楽の少ないこの世界では、それは何よりも楽しい時間だった。
昔のギャルって人が自分の事をあーしって呼ぶのが面白くて、今も真似をしている。
色んな価値観を知る事ができた。
先絵さんの声が好きで、先絵さんの詠い方が好きで。
本当は少し憧れていたんだ。
だから、御父さんに先絵さんが機械人形だと聴かされた時は驚いた。
何であの時、あーしに本当の事を言ったのだろう。
何で……。
……。
「あれ……」
あーし、寝てた?
気が付けば外は暗闇の世界になっている。
机に突っ伏して涎を垂らしていた様だ。
これはちょっと乙女的には良くないなぁ。
あーしだって、恥じらいはある。
ふと肩に暖かさを覚えて気付く。
掛け布団を乗せてくれていたみたいだった。
誰が?
考えるまでもない、先絵さんだ。
先絵さんは放送室の中に居た。
時間は夜に変わったが、また別の放送時間なのだろう。
凄いなぁっと思う。
同じ事は毎日続けるのは簡単な事じゃない。
それも楽しそうに続けられるのは特別な事だ。
機械だから出来て当然、そんな風には思えない。
肩に覚えた暖かさが、これでもかと主張しているからだ。
寝起きの冴えない頭に染み入る様な言葉が紡がれていく。
この心地良い瞬間がずっと続いて欲しい。
だが、それも長くは無かった。
コトッコトッ。
何やら不穏な音が聞こえてきたからだ。
「……?」
何かが歩く様な音がしている。
ここには先絵さんしか居ないはずなのに……。
その先絵さんはラジオの放送中だ。
一体何処から……?
気になったあーしは階段の方へと向かう。
二階は明かりが点いていなくて暗い。
「んーなぉ」
その時、二階から猫が降りてきていた。
「何だ、ンーナちゃんか……って」
その後ろには蠢く怪しい影!!
「ひぎぃあぁあ!?」
驚きのあまり声を上げてしまった。
臨戦態勢!? 臨戦態勢!?!?
心の中で呪文を唱える。
「臨戦態勢ー!?」
取り合えず体を丸めて体当たりの構えだ。
空手の時に一番役に立つは体重だと教わった。
基本は逃げろとも聞いていたけど!?
ゆらっとした影が下に降りてくる。
「ルカさん大丈夫ですか!?」
その時、こちらに気付いた先絵さんが慌ててやってきた。
「貴女は……!」
そして影を見て、声を掛けるのだった。
一階の電灯に照らされて、影はその姿を現わす。
「……ここは何処なの……?」
震えた様な声で呟いたのは、あーしが連れてきた機械人形だった。
黒い服が闇に溶け込んで分かりにくくなってしまっていた様だ。
「……ひ、ひぃ……。……誰なの……?」
何故かその子も酷く怯えていた。
「大丈夫ですよ、安心してください。貴女に危害を加える人は居ません」
黒髪の機械人形は、知らない場所に置き去りにされた子供の様に震えている。
「ここはラジオステーションです!」
「……人型人形……?」
先絵さんを見つめるとそう呟いた。
「申し遅れました。私はSAKI-A10109、個体識別名”先絵トドク”と申します」
「……SAKI-A……」
「はい! 貴女もそうですよね?」
「……119は……SAKI-A119……」
「やはり! 私の御姉様ですね!」
「……違います……」
「えぇー!?」
「……違うもん……」
拗ねた様に呟く黒髪の機械人形さん。
「ははっ、わざわざ言い直してるし」
あーしは思わず笑ってしまった。
それに先絵さんが慌てている姿も可笑しかった。
ふと気にかかったので訊いてみる。
「貴女も先絵さんなの?」
「……119は……119……」
「いちいちきゅーさん?」
呼びにくい名前だと思う。
「……今は……」
「西暦2200年以降です。私の内臓時計もズレが生じていますので、正確な年数は測定されていません」
「……そう……なんだ……」
119さんは何かを察した様に悲しそうな顔を浮かべる。
眠りに付いている間に、とても長い年月が過ぎてしまっていたのだろう。
きっと知っている人間が生きていないぐらいの年月が。
「御姉様、これからは私が一緒です!!」
励ます様に先絵さんが声を上げた。
「……御姉様は……止めて……」
「何故ですかー!?」
同じ人型人形と言っても性格は違うらしい。
「……ぷしゅん……」
……ぷしゅん?
話を遮る様に119さんは黙ってしまう。
「御姉様?」
あーし達は様子を伺う様に顔を覗き込むと。
目に光が無かった。
「充電が切れた……?」
「その様ですね」
残念ながら、まだ充電が不十分だったらしい。
「待ってて下さい御姉様、すぐに充電台まで御運び致します!!」
「あーしも手伝うよ」
「ありがとうございます!」
あーし達は、119さんを三階の椅子に置くと一階まで戻ってきた。
「申し訳ありませんが、少し失礼致します!」
先絵さんは御辞儀をすると踵を返した。
ラジオを途中で抜け出して来た事が気にかかっていた様だ。
「急がないと……」
せかせかと放送室に入っていく先絵さん。
ラジオを放り出した理由をどう説明するのだろう。
「……よし」
あーしは意を決すると、先絵さんの後を追って放送室に入っていった。
『ルカさん?』
『ごめんね、あーしのせいでラジオを中断しちゃって』
『いえ、ルカさんのせいでは』
『ありがと。御一緒しても良い?』
『……はい、是非!』
少し緊張した。
子供の頃から憧れていたラジオに自分が出演している。
不思議な感覚だった。
『あーしは遺物さらいを生業にしているんだ』
『遺物さらいですか?』
『うん。過去の遺産、旧文明の機械何かを回収して修理しているんだ』
『なんと! その様な御仕事があるんですね!』
『面白いでしょ』
あーしは笑みを浮かべた。
草木の枯れた世界でも機械何かの人工物は割と生き残っていたりする。
目の前の先絵さんの様に。
『危険は無いのですか?』
『あるよー、すっごくある。特に壊れた建造物の中を探索する時は大変』
建物が倒壊する場合もあるし、野生の獣に襲われた事もあった。
『でも御父さんと一緒だったから』
『御父様であり、御仕事の師でもあったのですね』
『うん。でも……』
思い出すのはあの瞬間。
『あ、あーしが御父さんの言う事を聞かずに勝手に進んじゃって』
思い出したくない、その瞬間ばかりだ。
『倒壊してきた建物に御父さんの足が……』
『……さぞ、御辛かったですね』
『そうだと思う……』
先絵さんは何かを察した様に頷いた。
『でも御父さんは怪我をして痛いはずなのに言うんだ』
あーし安心させようとするかの様に。
御父さんは優しい笑みを浮かべていた。
『あーしに無事かって……』
泣きそうだった。
いっそ泣いて楽になりたかった。
『御父さんに謝りたかった。あーしが無茶な事をして怪我をして、歩く事も一人じゃ難しくて』
でもそれが出来ずに今も居る。
『ずっと謝りたかった……』
今まで言えなかった想いを言葉にする。
想いを言葉にするのが、こんなに難しい何て知らなかった……。
『一つ、御便りを詠み上げても宜しいでしょうか?』
『先絵さん?』
『この御便りは、ルカさんの想いに沿う様に思うのです』
あーしの為に詠ってくれるという。
その気持ちに応えたいと思った。
『聞かせて欲しい』
先絵さんは頷くと、便りを見る事もなくそらんじ始めた。
『母が病気で亡くなりました』
ドクッと胸が高鳴った。
『もう五年ほど前の話です。いつも私の事ばかり気にかけていた人で、小言が多かった事を覚えています。でも、それまでの私は面倒に思うばかりで優しい言葉もあまり掛けて上げられなかった様に思います』
それは絶対後悔するやつだと思った。
『そんな私が幸せになれるはすがありません。申し訳無さを感じた私は、せめて出来る事をと勉学に励みました。その為か何とか進学する事が出来たのです。それでも悔恨の念は消えず、私は幸せになどなるべきじゃない。ずっとそう思っていました』
あーしもそうだ、御父さんに怪我をさせてしまった分あーしが頑張る。
でも何処か、自分の事は置き去りにしてきた。
『昨日、大学の時間を間違えてしまった私は近くのパン屋さんに立ち寄ったんです。良い匂いだなって棚を眺めていると。焼きたてのメロンパンが目につきました。子供の頃、よく母におねだりをして買ってもらった事を覚えています』
我儘、なのかな……。
『私は食べる場所を探して歩き、いつもは通り過ぎるだけだった近くの公園のベンチに座り、生い茂る木々の通りを眺め、買ったばかりの甘くて香ばしいメロンパンを頬張りました。それだけの事だったのに』
先絵さんはこちらを向いて言葉を続けた。
『何だか騒がしい世界が静かに思えて、心地の良さを覚えたんです。振り返ってみても、思い出すのは母の笑顔ばかりで。だから素直に思えたんです、今この瞬間は幸せだなって』
この瞬間の幸せ……。
『幸せだと思っても良いんだ。そう思えたんです。自ら不幸を背負いこむ事を、母は望んでいないでしょう。私だってそうです、望むのは大切な人の幸せばかりですから。だってそうじゃないですか、誰かの為に幸せを否定するのならば、誰一人幸せに何てなれないのですから』
それは、あーしには思いも付かない考え方だった。
今まで自分がこうなんだろうと勝手に思ってきた。
けど、御父さんに訊ねた事は無い。
あーしを助けた事を後悔していない?
『馬鹿だな、あーしは……』
そんな事、訊かなくても分かるじゃないか。
先絵さんはこちらを見て微笑みを浮かべる。
『御父様の事が大好きなんですね』
『うん……』
先絵さんの言葉に素直に頷く。
『きっと御父様も、ルカさんが大好きだから無茶をされたんだと思いますよ』
『……っ』
息を飲む、呼吸が乱れる。
涙が出てしまった……。
ずっと我慢していた心が言っている。
そんな事をする必要など無かったのだと。
正面から想いを受け止めるべきだったのだと。
『……うん』
ちゃんと、自分自身が教えてくれていた。
放送が終わると、隣の部屋で先絵さんに伝える事にした。
「実は言ってなかったけど、御父さんの名前はリオって言うんだ」
「リオさんの娘さんなのですか?」
「そだよー」
照れ隠しに軽い感じで言った。
「そうだったのですね! わぁー凄いです凄いです!!」
心底驚いた様にはしゃぐ先絵さん。
「命を繋ぎ、命を紡いでいく。やはりマイマザーは凄いですね!」
誰よりも人類を慈しんでくれる彼女が、心から愛おしく思える。
だから一つ御願いが浮かんだ。
「先絵さんじゃなく、トドクさんと呼んでもいい?」
「はい。どう呼んでいただいても問題ありません!」
「うん、改めて宜しくね。トドクさん」
「はい! ルカさん!!」
御父さんが呼んでいた先絵さんという呼び方。
何となく釣られてそう呼んでいたけど。
あーしはトドクさんと呼ぶ事にするよ。
御父さんが言えなかった先へ。
なーんて。
笑って誤魔化してから呟く。
「あーしにとっても特別で大切な人になったよ、御父さん」
紡いでくれた絆に、感謝の言葉を述べるのだった。
次の日の朝。
「119さんはもう大丈夫?」
「……充電完了です……バッチリです……」
声だけ聞いているとそんな気はしないなぁ。
「……シリアルナンバー10109……」
「何でしょうか御姉様?」
「……貴女の個体識別名は……どうやって決めたですか……?」
「ある人が名付けてくれました、ですが……」
「……ある人……?」
「残念ながら記憶が不具合により再現できません。私が再起動した時に認識できたのは、この個体識別名だけです」
どうやらトドクさんの記憶には空白の期間があるらしい。
「あーし分かるよ、10ってトオとも数えるの。それで9はクとも読むから」
「そ、そうだったのですね……!」
「気付いてなかったんだ」
「衝撃の事実です!?」
ビックリしているトドクさんが何だか可笑しかった。
「……なるほど……言葉遊びなのですか……」
「そっか、119だと番号だもんね」
「……嫌いじゃないですが……折角なので別の名前をと……思ったです……」
「119はそのままだとイイクになるね」
「……良い句……」
「五七五ですね!」
「……」
「御姉様の眼が冷ややかです!?」
姉妹機の存在に浮かれた様子のトドクさん。
可愛いなこの人……。
「ちなみに俳句が得意だったりするの?」
「……全然です…”後期モデル”の方が上手なぐらいです……」
「御姉様、私は”トドク”ですよ!」
トドクさん、名前で呼んで欲しいのだろうか。
「……音楽を流す機能はありますが……」
「音楽……ならピッタリだね」
「……?」
「1にはヒトツって読み方があるの」
同じ文字列でも呼び方一つで色が違って見える。
だから願いを込めて言葉を紡ぐ。
「あーしは貴女をこう呼ぶよ」
――――ヒビク。
「……ヒビク……」
「先絵ヒビクですね、御姉様!」
先へ響く。
きっとこの枯れた世界に、新しい価値観を響かせてくれる。
そう、想いを込めた。
「……了承致しました……個体識別名”先絵ヒビク”……御見知りおきを……」
どうやら受け入れてくれたらしい。
あーしが名付け親になるのはちょっと気恥ずかしいかも。
「……それと……御姉様と呼ぶ事を許可します……」
「はい! ありがとうございます、御姉様」
「……代わりに……妹にゃんと呼びます……」
「妹……」
「にゃん?」
あーしとトドクさんが首を傾げたのを見て。
ヒビクさんは困った様に左右に視線を動かすと。
「……この猫型兵器のせいです……」
ンーナちゃんに全て擦り付けていた。
「んーなぉ」
「ンーナさんは兵器では無いですよ!?」
耳を塞いで聞こえない振りをするヒビクさん。
子供みたいな姿に笑ってしまった。
「じゃあ、そろそろ」
「はい、またお会いしましょう!」
「うん。次は御父さんと御母さんを連れてくるよ」
「楽しみにしています!」
トドクさんが言うと御世辞には聞こえない。
本当に楽しみにしてくれているんだと、そう思える。
「……ピンチの時に……呼んで欲しい……」
「ヒビクさんもありがと」
ヒビクさんは薄い笑みを浮かべ。
軽く御辞儀をすると。
「……ぷしゅん……」
「あ……」
電源が落ちてしまった。
「御姉さまー!?」
ヒビクさんの充電は不安定な様だ。
「ちなみに、御父さんがここに来たのって何日前か分かる?」
去り際に聞いておきたかった事を訊ねておく。
トドクさんはヒビクさんを抱きかかえたまま答えてくれた。
「リオさんがいらっしゃったのは……」
そして、思い出す様に視線を上げると。
「10109日前になります!」
奇跡の様な言葉を紡いだ。
「あ、あははっ」
思わず笑ってしまった。
「どうかされましたか?」
「御父さんがずっと言ってたんだ」
トドクさんの名前。
「10109日を数えるまでに彼女の孤独を埋めて見せるって。独りにしないって言ってたんだ」
「リオさんが……」
トドクさんは胸元に手を置くと、大切な記憶を辿る様に呟いた。
「ありがとうございます。本当に本当に心から感謝しています」
そう泣きそうな瞳で笑ったトドクさんを見て。
御父さんの気持ちが分かってしまった。
人にしか見えないのに人じゃない。
誰よりも優しい女の人に。
愛おしさを覚えたのだろう。
「これでもうトドクさんは独りじゃないね」
「はい! 御姉様と仲良く頑張ります!」
これから先の長い時間、あーし達が人類が居なくなった未来でも独りじゃない。
うん、良かった。
素直にそう思える。
「それに、ルカさんの事も何度だって思い出します!」
あ……。
「そっか……、そうだね」
もしかしたらトドクさんは既に一人では無かったのかも知れない。
ここに訪れた全ての人達が、トドクさんの心の中にちゃんと残っている。
「リオさんにもラジオの放送が届いていたら嬉しいです」
御父さんなら”きっと”何て付けていただろうなと思った。
だから、あーしがちゃんと伝えておくね。
「”絶対”届いているよ!」
トドクさんは少し驚いた顔を浮かべて。
「はい!」
嬉しそうに笑ったのだった。
帰り道を急ぐ旅で、ラジオのスイッチを入れる。
それだけで急いでいた心が、ゆっくりでも良いよって微笑んでくれた。
『実は御姉様に会えました!』
『……先絵ヒビクです……怖い……』
『御姉様は怖がりさんなのです!』
『……違うし……』
『えぇ!? さっき御姉様が言っていたのに!?』
『……ぷしゅん……』
『御姉さまー!?』
「あはははっ!」
この枯れた世界で、笑ってしまう様な瞬間にどれだけ出会えるだろう。
多分ラジオの放送の数以上。
きっと数えられなくなるぐらい、ずっと……。
御父さん、あのね。
あーしにも友達が出来たよ!
帰ってから伝えるべき言葉を考えながら。
砂の色しかない真っ新な世界に。
「いっけぇー!!」
クルマの音を響かせるのだった。
『では次の御便りです!』
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