第31話 私たちだからできたこと
葵さんは火をつけるだけにとどまらず、折り畳みナイフまで用意していた。
元はどんなつもりで使う予定だったかは分からないが、今その切り先は颯馬くんに向けられていた。
「避けて!」
私は力の限り叫んだ。
颯馬くんが身をひねるのと、葵さんが水の弾幕から飛び出したの同時だった。
水のおかげで視界が遮られていた葵さんの狙いは大雑把で、颯馬くんは小さな動きで避ける。逆に全力で突進していた葵さんは、標的をはずしたことで大きくバランスを崩した。
颯馬くんはその隙を見逃さず、振り返りざまに葵さんの手首を叩いてナイフは落とす。そしてそのまま葵さんの腕をつかむと、警察のように手際よく後ろにまとめて抑える。
すぐに寄木細工を回収した桜二くんが颯馬くんのそばまで来て、葵さんの前にあったナイフを蹴り飛ばした。
まるで刑事ドラマのワンシーンのようだ。
『ありがとう、きれいな目の子。本当にありがとう』
「ううん、力になれてよかったよ」
金色の鳥にお礼を言って、私は眼鏡をかけた。これでお別れだと考えると寂しかったが、付喪神と笑ってさよならするのは初めてだと思い出す。そう考えると悪くないような気がして、知らず知らず口角が上がる。
急いで正門に回ると、すでにそこには警備員に引き渡されようとしている葵さんの姿が。
アキくんもその近くで立っていたので、警備員に連絡したのは桜二くんじゃなかったんだなと分かった。あの状況でとんだブラフである。
「雪乃!やっぱりさっきの声は気のせいじゃなかったんだな!」
「いくら何でも早すぎると思ったら、お前が消防システムを起動してくれたのか」
週末明けに学校で会ったようなテンションで声をかけてきた二人は、案の定全身びしょ濡れだった。
だけど二人はそれすらも様になっていて、むしろ夕日を反射させてキラキラ輝いている。なんだかすごくまぶしく感じられて、私は目を細めて二人を見つめた。
「その制服、月曜までに乾く?」
アキくんが、ブレザーを脱いで雑巾しぼりをしている二人にそう聞く。
二人は絞っても絞っても水が出てくるブレザーをじっと見つめると、同時に笑い出した。
「「無理だな」」
(そんな絞り方したら、たとえ乾いたとしてもヨレヨレになってるよ……)
でもまあ、二人なら制服の一着二着ダメになっても問題ないか。
それより、私はもう少しこの達成感に浸っていたかった。ぼんやりと水を滴らせている二人を見つめていると、ふと目が合う。
二人はわずかに目を丸くすると、びっくりするくらい優しい笑顔を浮かべた。颯馬くんは太陽のように華やかで、桜二くんは月のように穏やかに。
ひとまず私も笑顔を返せば、二人はさらに笑みを深くした。アキくんが、二人の前に立つ。
「人の幼馴染みに色目を使わないでくれる」
そう言いながら、乱暴にタオルを投げつけた。
「色目なんて使ってないぞ!?」
「お前が一番それを言うな!この天然ゴリラ!」
「そうだそうだ、仕事放り出してイチャつきやがって」
私はさっと三人から目をそらした。桜二くん、あの時聞いてたのか!
髪を拭きながら野次を飛ばす桜二くんに、アキくんは可燃ごみを見るような視線を送った。
「ぼく、白鳥が喧嘩売ってきたの忘れないからね」
「敵に塩送ってやったのに!?」
「余計なお世話だから!その塩いつか馬にけられたお前の傷口に塗り込んでやる」
早くこの話題から離れてほしい。
そう思いながら、私は太陽が沈んでいくのを眺めた。なんであれ、これで全部終わったんだ。
(私の目、ちゃんと役に立てたかな)
たった一週間で、この力に対する考え方がずいぶんと変わった気がする。
この間まで、もう二度と使いたくないって思っていた。誰にも一生理解されることなく、一人で抱えていくものだとふさぎ込んでいた。
これは異常じゃなくて、私の特性って思えるようになったんだ。
今でもまだ誰構わずに言いふらすつもりはないけど、こんな風に誰かを助けられるのなら、付喪神が見えるのも悪くない。
よく考えたら物と話せるって、すごいことじゃない?
そうホクホクしながら屋敷に入ったけど、私たちが無理をしたのは事実で。
ピッキングやらハッキングはバレなかったけど、私たちは警備員たちに盛大に怒られたのだった。
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