第30話 犯人の抵抗

 私の様子がおかしいことに気付いたアキくんは、パソコンから目を離して手を握ってくれた。



「ユキちゃん、どうしたの?」

「いま、付喪神たちが来て、葵さんが蔵を燃やすつもりだって」



 混乱して上手く話せない私と違って、アキくんはそれを聞くと真剣な顔で黙りこんだ。



「金品を狙ってる葵さんがむやみに燃やすメリットはない。ねえ、どうしてそう思ったのか、聞いてもいい?」

『あの女、ライターを持ってったの。私の物にならないんなら、全部なくなってしまえって!』

『怖い顔をしてた!怖い顔をしてた!』



 なんて八つ当たりだ。私は怒りがわいてくるのをぐっと堪えてそれを伝えると、アキくんは目の色を変えてパソコンを操作する。



「こういう蔵って必ず消防システムがあるはずなんだけど……あった!」



 そして目的の物を見つけると、私の方に画面を向けた。蔵の間取りだ。



「これを起動させれば、たとえ火をつけられなくても目くらましにはなると思う」



 どれのことを指してるか分からなかったが、肩に止まっていた金色の鳥が口を開く。



『消防システム、見たことあるわ。私が連れてってあげる』

「付喪神が案内してくれるって!私が行ってくるから、アキくんはここで葵さんを見張って!」



 立ち上がった瞬間、がしっと腕を掴まれた。



「待って。火がつけられるかもしれない場所に、ユキちゃん一人を行かせられないよ」

「でも、ここを空けるわけにはいかないよ。まだ何かが起きるかもしれないのに」

「じゃあぼくが行く!」

「付喪神が見えないアキくんじゃあ、見つけるのが遅くなっちゃう」



 アキくんがぐっと押し黙る。

 私はふと、お互いに助け合う仲間になるという言葉を思い出した。



「アキくん。私じゃてんぱって、警察とかに上手く事情を説明できないよ。だから、私は私にできることをやるの」

「…………でも」

「中に入らないようにする。約束するよ」



 アキくんはじっと私の目を見つめると、やがて根負けしたようにうなずいた。



「……約束だよ」

『ついてきて』



 話がついた瞬間、金色の鳥はひらりと飛び上がった。私は慌ててその後を追いかける。



(自分の物にならないから燃やすなんて、そんなの許せない!)



 あそこに置いてあったのは、どれもたくさんの人の手を渡ってきた物ばかりだ。

 いろんな思いがあって、今あの蔵で眠っている。そんなものたちが、私ののように消えていくのは、放っておけない。


 私は全力で蔵まで走ると、金色の鳥の案内に沿って裏側に回る。

 ここは後から建てられた場所だからか、すぐ近くに木がたくさん生えている。蔵に火の手が上がれば、あっという間に燃え広がってしまうだろう。



『ここよ。緑のボタンを押せばいいって言っていたわ』



 消防システムは、蔵の裏の中央にあった。地面すれすれにあるそれは、壁と同化するように設置されている。

 しゃがんで蓋を開ければ、中からコントロールパネルが出てきた。見た目に合わず、意外と現代的だ。



(あ、でもこれじゃいつ起動させればいいか分からない……)



 とりあえずまだ何事もなさそうなことに安心して、少し息を整える。

 どこかで中の様子を確認できるところはないかと周りを見渡せば、私は消防システムの少し右に変わった形のレンガが埋まっていることに気が付いた。

 よく見ればそれは換気口で、試しに触ってみれば見た目にそぐわずすぐ取り外せた。



「これって器物破損にならないよね……?」



 とうとう私まで悪いことしちゃったと思いつつ、私は身をかがめて聞き耳を立てた。



「っていうかねえ、私にも千代さまの遺産を手にする権利があるのよ!」



 ちょうど葵さんの金切り声が聞こえて、びくりと肩が跳ねる。



「おかしいでしょッ!私は千代様に一生尽くしてきたのに、死んではいおしまい!次は奥様に仕えてねってふざけてるの!?餞別に少しくらいは金よこしなさいよ!」

「葵さん、あんたはあくまでも使用人だ。ちゃんと給料ももらっているのに、それ以上を望むのは違うと思うな」

「ええ、金持ちの坊ちゃんには分からないでしょうね!」



 もう少しかがんで、中の様子を見る。

 桜二くんと颯馬くんは、二人で挟むように葵さんを囲んでいた。



「葵さんより古株の使用人だっている。あの人たちは、まじめに自分の職務を果たしているぞ」

「はあ?馬鹿正直に働いてる奴らがなんて知らないわよ。ああ、主人がケチなら使用人も同じなのね。金は腐るほどあるんだから、少しくらいいいじゃない!」



 私は颯馬くんの気持ちを想像して、胸が痛くなる。

 桜二くんもこれ以上は話にならないと判断したのか、颯馬くんの顔を見てうなずいた。



「理由次第じゃ見逃そうって考えてたけど、その必要はなさそうだね」

「警備員にはもう連絡してある。後のことは父さんたちが決める」



 そういって颯馬くんが葵さんに近づこうとしたとき、葵さんは突然気がふれたように笑い出した。



「あっはははは!ああ、そうね、私はこれでおしまいなのよ。金も、信用も、全部なくなって……はは、」



 一見脱力しているだけのように見えるが、颯馬くんは本能的に何かを感じ取ったのか、ピタリと立ち止まる。

 直後、葵さんはすばやくエプロンのポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。



(ライターと……あの紙切れ!)



 颯馬くんはそれを見ると慌てて伸ばすが、紙に火をつけられる方が早かった。

 その火の明かりが見え瞬間、私は迷わず消防システムを起動させた。


 瞬間、天井にあるスプリンクラーから水が勢いで放出される。

 炎はすぐに消えたし、これほど濡れていたらもう火が付くことはないだろう。まだ止まらない水の中、桜二くんが慌てて地面にことがっている寄木細工を回収しに行くのが見えた。



 私はてっきりこれで終わりだと思って、ほっと息をつく。

 そして立ち上がろうとしたその時、葵さんが再びポケットに手を伸ばすのが見えてしまった。



「くそ、煙センサーの反応が早いじゃない!」


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