終章 それぞれのおもい

第28話 ベッドの下の

 桜二くんに寄木細工を渡すと、不思議そうな顔をされた。

 だけどそれも寄木細工を見たらどうでもよくなったようで、目を輝かせてアキくんを褒めていた。


 ……桜二くんは私が蔵を飛び出していった理由を聞かなかった。まるで最初からそんなことがなかったような態度だ。



「千代さんの筆跡を真似て書いたんだ。これを椿の間の……そうだね、床にでも適当に落としてくればいいよ」



 そういうと、桜二くんはポケットから紙切れを私に渡した。

 蔵の手書き間取り図だ。あおの隅っこに……今桜二くんの後ろに当たる空間が丸で囲まれていた。



「こっちのセットはもう終わるから、それ置いたら部屋でアキと待ってて。あ、一人で椿の間行ける?」

「もう間違えたりしないよ!」



 違う道を進んでいったことをからかわれているってすぐに分かった。あれは道を知らなかったからだし。



「ははっ、それならよかった。暗い顔をしていたから、てっきり道が分からなくて困ってるのかなって」



 本当に、桜二くんは人の気持ちに敏感だ。私はあいまいな笑顔を浮かべる。

 そうすると、やっぱり桜二くんが深く踏みこんでくるようなことはしなかった。


 頼まれた仕事をこなそうと踵を返すと、桜二くんの透明感のある声が背中に届く。



「アキに伝言。お前の気持ちは無意識の天然物に負けるほど軽いのかってよろしく」



 どういうことだろうと振り返るも、桜二くんはにっこりと笑うだけだった。

 仕方なく、私は首をひねりながら椿の間に向かった。お昼休憩なのか、通りかかった大広間にはたくさんの人がいる。これなら桜二くんが目立たないようにするのも理解できる。


 運よく誰とも会うことなく椿の間までたどり着けた私は、控えめに扉をノックする。



「アキくん、私だよ」

「ユキちゃん?」



 すぐにアキくんが顔を出した。その顔はいつも通りに見えて、少しほっとする。



「入れ違いにならなくてよかった。桜二くんがこの紙を適当に落とせって」

「あいつは何してるの?」

「アキくんが作った偽物をセットしてるよ」



 アキくんは私を中に入れると、メモを覗き込んできた。よそから見たら距離が近いらしいけど、私たちにとってはこれが普通だ。



「あ、あと桜二くんから伝言があるよ」



 桜二くんが言っていたことをそのまま伝えた。気持ち桜二くんの真似をしてみる。

 アキくんは大きく目を見開くと、片目を細めて笑った。その背中から黒いオーラが見えるというか、笑ってるのに威圧感を感じる。



「ふふ、上等じゃん。そっちがその気ならぼくだって本気で行くよ」

「ええと、アキくん……?」

「うんうん、あいつらの雄姿、見に行こっか」



 アキくんの方が桜二くんたちとの付き合いが長いからか、どうやら通じ合っているものがあるらしい。

 それに少し寂しく思ってると、アキくんが突然はっとしたように顔を上げた。



「足音が聞こえる……もう来ちゃったか。ユキちゃん、それそっちの角に落として隠れよう」



 慌てて紙切れをアキくんが指したところに落とせば、強く腕をひかれた。

 何が何だかよくわからないうちに背後からアキくんにぎゅっとと抱え込まれて、気が付けば一緒に床に倒れていた。



(というかここ、ベッドの下!?)



 レースになっているシーツのおかげで、私は隙間から外を見ることができた。

 アキくんは私を抱きしめたまま、可能な限り後ろに下がる。身長そう変わらないのに、私はすっぽり収まってしまっていた。背中があたたかい……っ。


 耳元でアキくんの息遣いが聞こえてきて、私の心臓はそのたびに早くなる。耳を抑えたかったが、強く抱きしめられているのでそれもできない。



「……来た」



(うわー-っ、耳音でしゃべらないでっ!!)



 すっと扉が開いて、誰かが入ってくる。

 私は背中に感じるアキくんの気配から意識をそらすために、必死にその人物を観察した。


 足元しか見えないその人は忍び足で、何かを探しているような動きを見せている。

 一歩進むたびに、アキくんが私を抱きしめる力が強くなる。いろんな意味でドキドキしていると、その人は立ち止まった。



「……あった!」



 葵さんの声だ。

 彼女は私が置いた紙切れを見つけると、そそくさと拾い上げた。私たちからはその姿が丸見えだが、向こうは床に顔をくっつけて覗き込まない限り気づかないだろう。



(アキくん、あの一瞬でよくこんな場所を見つけたなあ)



 結局葵さんは私たちには気づかず、紙切れをエプロンのポケットにしまって急いで部屋を出て行った。その足音が完全に聞こえなくなると、私はやっとアキくんから解放されてベットの下から出てこれた。

 部屋の空気がものすごく冷たく感じる。今日だけで心臓がもろくなったと思う。



「ふう、ベッドの下までちゃんと掃除されててよかった。ぞうきんになるかと思ったのに」



 アキくんは簡単に服についた埃を払うと、感心したように言った。私はアキくんに抱えられていたおかげか、小さなごみもついてない。



(そういえば私、アキくんに抱きしめられてた!?)



 さっきまでの状況を思い出してしまって、顔が一気に熱くなる。慌てて下を向くけど、アキくんは目ざとくそれに気づいた。

 わざわざしゃがんで私を見上げる。



「顔、赤いね?」

「それはっ、ベッドの下が暑かったから」

「ふうん、そうなんだ~?むしろ床が冷たかったと思うんだけど」



 さっきと打って変わって、アキくんの機嫌がめちゃくちゃいい。

 もともとたれ目なのに、さらに甘く緩んでいた。頬を少し赤らめ、唇は緩く弧を描いている。喜びをかみしめている顔だ。



「わ、私体温高いから!それより、早く戻ろ!葵さんが来たこと、報告しなくちゃ」



 私はその目線から逃れるように立ち上げると、そっぽ向いて話題を変えた。

 くすりと笑った気配がして、アキくんも立ち上がる。



「その必要はないよ。これも白鳥の計画のうちだったんだ」



 そういうと、ひらりとスマホを振った。

 目に入ったトーク履歴では、たった今アキくんが「葵さん、紙を拾ったよ」っていうメッセージを送信したところだ。既読は、すでについている。



「ライブ配信するってさ」



 アキくんがいたずらっぽく片目をつぶった。

 いつの間にかクライマックスまで来ていたことに、私は開いた口がふさがらなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る