第27話 本音と建て前

 何の前触れまなく落とされた爆弾に、危うく手に持っていたグラスを落としかけた。

 だけど颯馬くんはぜんぜん気にした様子もなく、そのまま独り言のように静かにつぶやく。



「今日なんてずっと楽しくてさ、あっという間に時間が過ぎていくんだ。今まで、こんなことは一度もなかったのに」



 可笑しそうに笑った颯馬くんは、とてもやさしい目をしていた。廊下で見たのと同じ目だ。

 その目に見つめられると、私は溶けてしまいそうになる。視線に温度なんて、あるわけないのに。



「女の子と話すとき、いつも品定めされてるような気分なんだ。雪乃からはそういうの感じないからかな、一緒にいてすごく落ちつく」

「……それは」



 あの子たちは本気で颯馬くんが好きだからだ。颯馬くんのことが知りたいから、どんな些細なことでも見逃さないようにしているの。

 そりゃあ、やりすぎはよくないと思うけど。


(私は、どうなんだろう)



 今この瞬間も息苦しいくらいドキドキしているけど、正直自分の気持ちが分からない。



「だからか?雪乃の目って、すごく綺麗で好きなんだ。ずっと見てられる」



 その瞬間、私は首がちぎれるくらい勢いよく目をそらした。



「あ、なんでそらすんだよ」



 颯馬くんが残念そうな声を上げる。



(無理無理無理無理!そんなこと言われてまっすぐ顔見れるわけないよ!)



 今、私は人に見せられないような顔をしてる。心臓なんてもう爆発しそうなくらい早いし、むしろなんで無事なのかが不思議だ。

 私はもうすでにいっぱいいっぱいなのに、颯馬くんはまだ解放してくれなかった。



「雪乃が一生懸命頑張ってくれてるのに、こんな事思うのは失礼だけどさ」



 やめておけばいいのに、私の耳は馬鹿正直に颯馬くんの声を拾う。甘くて、どこか熱をはらんだ声だ。



「もっと一緒にいたいなって、どうしても考えちまうんだ。俺たちはもう仲間でこれからも一緒にいるのに、変な話だよなって、雪乃!?どこに行くんだ!?」

「わ、私!寄木細工が完成したか、見てくるね!」



 とうとう耐え切れなくなった私は、早口でそう言い残して逃げ出した。桜二くんが何か言っていたようだけど、今はなにも考えられない。

 怒るなら、突然変なことを言い出した颯馬君にして。





 ふわふわと空に浮いてる雲のような状態で部屋に戻ると、アキくんはすでに作業を終わらせた後だった。

 ちゃぶ台の上には寄木細工が置いてあって、眼鏡をかけた今じゃパッと見どっちが本物かわからないくらいよくできている。



「もう完成したんだね。すごい、ささくれまで同じだ」

「あとは乾くのを待つだけだよ。それより、戻ってきたのはユキちゃんだけなの?」



 顔を上げたアキくんは当然の疑問を口にして、私の顔を見てピタリと笑顔のまま固まった。



「――ユキちゃん、なんかあった?」



 確信がある聞き方だった。誤魔化そうとして、やめた。アキくんが私騙されるなんて、今までに一度もなかったからだ。



「よく分かったね」

「わかるよ、幼馴染みだもん。……ユキちゃんの変化なら、誰よりも最初に気付く自信があるよ」



 その言葉に、さっき颯馬くんにアキくんは心配性だと話していたことを思い出す。

 同時にその後のことも連鎖的に思い出してしまって、私は慌ててそれを振り払った。



「……顔、赤いよ」

「そ、そう!?走ってきたからかな!」



 目ざとく指摘された。アキくんはたれ目なはずだが、今は吊り上がっているような気がする。



「ふうん。で、何があったの?」



 見逃してくれるつもりはないらしい。

 アキくんはじっと私を見つめており、このままだとうっかり口を滑らせてしまいそうだ。私が恥ずかしくて死んでしまう。



「ええと、颯馬くんと話をしてて、ちょっと」

「へぇ、どんな話をしてたらそんな顔になるのかな?」

「えっ、私、変な顔してた!?」



 思わず手で頬を隠した。心なしか少し熱い気がする。

 アキくんはそんな私を苦い物でも口に入れたかのような顔で見つめたかと思うと、次の瞬間には笑顔を浮かべていた。



「冗談だよ。なに、本当になんかあったの〜?」

「な、ないよ!」



 ニヨニヨと私を肘で突っつくアキくんはいつも通りのように見えた。

 だから私は安心してしまい、そのあとに小さくぼそりとつぶやかれた言葉を聞き逃してしまった。



「はぁ、これだからあいつのことが嫌いなんだよ。……ぼくだって――」

「アキくん?」



 聞き返すと、俯いていたアキくんはパッと顔を上げて笑った。その顔は傷ついたように見えたけど、私が聞く前に寄木細工を顔の前に突き出された。



「なんでもなーい。はい、これを白鳥に渡しておいて」

「え、アキくんは行かないの?」

「うん。今はあいつらの顔見たくないや」



 反射で受け取ってしまったけど、作った本人が渡した方がいい気がする。



「さっき白鳥からメッセージ来たの。椿の間の鍵を開けといてって。まったく、人使いが荒いよねぇ」



 やれやれと肩をすくめたアキくんはくるりと身をひるがえすと、振り返ることなく部屋を出てってしまった。

 部屋に取り残された私はしばらく呆然としてしまったが、アキくんは本当に一人で行ってしまったようだ。それに後ろ髪をひかれつつ、私は桜二くんに偽物の寄木細工を持って行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る