第18話 アキくんの特技
先に衝撃から立ち直ったのは、白鳥くんだった。
湖面のように青い瞳をまん丸にして、アキくんの肩をガシリと掴んだ。
「この際なんでピッキングが得意なのかは聞かないけど、開けられるのってアレだよね?普通の家の鍵とか、電子ロックとか」
「桜二、お前も混乱してるぞ。電子ロックは普通、ピッキングできない」
普通の家の鍵もだよ。
そう思ったけど、一条くんなら力技でこじ開けられそうだ。
「昔、刑事ドラマで見たピッキング技術がかっこよくてさ、いろんな錠前とかの鍵開けとかしてたんだ~」
「どこでテレてんの。趣味の悪い子供だな」
えへへと照れ臭そうに笑ったアキくんに、白鳥くんは引いたように半目になる。
それからため息をつくと、やれやれといった感じで首を振った。
「あのね、この屋敷の鍵が市販のものと同じだと思わない方がいいよ。一見古臭そうなセキリュティでも、全部最新式の特注モノに取り換えられてる。母屋の蔵とか、国立銀行と同じレベルだよ」
「お前、今まで俺んちの鍵を古臭いと思ってたのか?」
「やだなあ、言葉のあやだよ」
そういわれても、アキくんは柔らかい笑顔を崩さなかった。
「うん、知ってるよ。さっき道すがらにいろいろみたけど、使われてなさそうなところは普通の鍵で、人通りが多いところはパスワード入力に指紋認証、声紋認証だよね?」
「……よく分かったな」
一条くんは肯定しなかったが、その返事が答えだった。
「これくらいなら、ちょっと工夫すれば開くよ。ぼく、手先が器用なんだ」
「それは手先が器用で済ませられることか?」
「まあ、実際に鍵の形を確認するまでは絶対に開くとは言えないけど、何もしないよりはマシだと思うよ」
アキくんはそういいながら、ボストンバッグから小さなプラスチック容器を取り出した。乳白色のそれは中の物が少し透けて見える。セロハンテープと……細長い針金のようなものがたくさん入ってる。
「はは、もう行く気満々じゃん。よし、オレも気になってきたし、お手並み拝見だな」
「お前が許可を出すな」
一条くんは楽しそうに立ち上がった白鳥くんにじとりとした視線を向ける。
しかしそんな鋭い視線を軽々と受け流した白鳥くんは、真っ当な指摘をしている幼馴染みに反論した。
「別にいいじゃん、物置になりかけてる部屋の鍵開けるくらい。オレがちゃんと見てるから中身なんて盗らせないし、こいつらはそんなコトしないでしょ」
「――それもそうか」
(納得しちゃったーっ!)
かくして、探し物をしに来た私たちは、人の家をピッキングすることになった。
一条くんがいるし、きっと犯罪じゃないはず!
椿の間は、千代さんの部屋の真逆のところにある。そのため、どうしても大広間の近くを通らなければならなかった。
中に入らなくてもよさそうだが、それでも大人がたくさんいるだろう。うろうろするなと叱られそうで少し怖い。
そして悪い予感ほどよく当たるものだ。
「クッソ!なんでこんなに見つからねえんだよ!もう一週間は探してるんだぞ!?」
「落ち着けよ兄さん。そんな大声出したら聞かれるだろ」
「みんな鍵探しに夢中でここには誰もいねえよ!」
大広間を少し過ぎたところにある部屋の中から、男の人の声が聞こえた。
私たちはそっと通り過ぎようとしたが、聞こえてきた会話に一条くんが立ち止まる。
「ったく、やっと婆さんの喪があけて本家に来れたのに、爺さんの別邸の鍵が見つからないときた!中には爺さんが大切にしてたもんがあるんだろ?」
「ああ、なんでも地下に宝物庫があるらしい。全部売れば一生遊んで暮らせる金が手に入る話だぞ」
「ふん、当主さまもさっさと扉なんて壊しちまえばいいのによ、わざわざ鍵探しなんて面倒なことして」
私はてっきりみんな親切心で鍵を探しているのだと思っていた。一条くんみたいに、大切にしていたものをなくしたままにしたくないっていう気持ちと同じだと思ってた。
でも、この人たちは違う。お金のために動いてる。物を大切にしようって、少しも考えてない。男たちの話を聞いてるうちにムカつきはじめて、鍵なんて一生見つからなければいいと思った。
「一条くん、椿の間に行こうよ」
「……そうだな」
こんな話、これ以上一条くんに聞かせたくなかった。早くこの場から離したくて、私は立ち尽くしていた一条くんの背中を押した。
そして男たちの話し声が聞こえなくなったところで、一条くんはくるりと振り向く。
「雪乃、椿の間はこっちじゃない」
「えっ?あ、そうなんだ……?あ、あはは、よく考えたら私、椿の間がどこにあるか全く知らなかったな……」
(そういうことは早く言ってよー!一条くん何も言わないで進むから、こっちだと思っちゃったじゃん!)
一瞬で顔が赤くなるのを感じながら、私はなんとか笑った。
笑われることを覚悟したが、一条くんはひどく優しい笑顔を浮かべていた。まるで日なたの木漏れ日みたいに暖かくて、私は違う意味でドキドキしてしまった。
「ありがとう、雪乃。嬉しかったぞ」
「……ど、どういたしまして?」
なんだかすごくいたたまれなくなって、私はそう言うのが精いっぱいだった。
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